第16話 行動力の塊を抑え込むための捕まえ方について

 思考実験サークル初の動画は輝のウインク顔がアップになったサムネイルの効果もあってか、1週間で1万再生と上々の滑り出しを見せた。美空先輩は動画の再生数に手応えを感じているようで、解説動画だっていうのに部室でBGM代わりにヘビーローテーションしている。


「これできっとサークルに入りたいって人が来てくれるよね?」

「そうですね。きっと」


 俺は乾いた笑いを浮かべながら同意する。美空先輩と二人きりのサークルが終わるなんて寂しい。なんてことは少しも思っていなかった。

 俺は美空先輩の向かい側に座って、手元のスマホで動画を見てみる。


 そこには動画のコメントがたくさんついているけど、内容は輝がかわいいとか付き合いたいとか結婚したいとかそんなのばっかりだ。解説内容について触れているのは片手で数えられるくらいしかない。これじゃ輝が有名になることはあっても思考実験サークルに新しいメンバーが増えることは当分なさそうだ。


「ねぇ、次はどんな感じにしよう? なんか文字がくるくる回ったりキラキラさせたらおもしろいかもしれないねぇ」

「そんな中学生が作ったパワポみたいな」


 解説動画だっていうのにそれじゃ集中できそうもない。動画の視聴者も輝の姿ばかりを追って解説なんて聞いてないみたいだけど。


「続けていればきっと効果が出てきますよ」


 そんな慰めを言いながら、俺はまた動画のコメントをスクロールしていく。たくさんのコメントを読んでいるのは、別にコメントがついているのが嬉しいわけでも次の動画に意見を取り入れようとしているわけでもない。


 何か、輝について書かれていることがないかを探していた。

 想像以上に伸びた動画のコメントの中にもしかしたら輝を知っている人がいるかもしれない。


 そんな期待を抱きながら1000近くまで届いているコメントを読んでいく。俺はその中に何があってほしいと思っているんだろう。


 輝の正体がわかったとして、俺は何をすればいいんだろう。ここに輝が女の子だと書いてあったら、家族や友人が帰ってきてほしいと書いてあったら、そう思いながらもコメントを流して読んでいく。それでも輝の正体に繋がりそうなコメントは見つからなかった。


「なんでほっとしてるんだろうな、俺は」


 美空先輩に聞こえないように小さく呟く。無限に広がり続けるインターネットの海に動画を一つ投稿したところで、世界中の誰の目にも届くわけじゃない。輝のことを知っている人間がこの動画を見ているとも限らない。


「こーくん? こーくんってばっ!」

「うわっ! 美空先輩、近いですって」


 声をかけられて振り向くと、テーブルの向かいに座っていたはずの美空先輩が俺の耳元まで顔を寄せていた。顔が近すぎる。思わず飛び退いてしまった。ちょっともったいなかった。


「さっきから呼んでるのに全然反応ないんだもん。何か調べ物?」

「えぇ、そんなところです」


 動画のコメントを見ていたことはバレてないみたいだ。こっそりと開いていたアプリを閉じてスマホをポケットに放り込んだ。


「じゃあ、さっきまでの私の話も聞いてくれてなかったんだねぇ」

「あ、えっと、すみません」


「もう、じゃあ今度はちゃんと聞いてね。次の動画はロケにしようと思うの」

「ロケ、って外で撮るんですか?」


「うん。思考実験は実際に自然や建物を見て思いついたことを頭の中で実行するでしょ。だからそういう気付きのところから説明したくて」


 美空先輩はにっこりと笑って俺の肩に軽い手を乗せている。本当に基本的に頭はいいんだよな、先輩って。


 美空先輩に初めて会ったときもきれいで頭がよくて天から二物も三物も与えられている人っているんだなぁ、と感心したことを覚えている。その代わりに神様からものすごい思考回路を与えられてしまっているんだけど。


「撮影機材は借りられるし、思考実験の成り立ちから解説すれば、もっと興味を持ってもらえると思うんだよねぇ」


「そ、そうですね」

「じゃあ、今からいこっか!」

「ま、待ってください!」


 いつもの発作が始まった美空先輩を慌てて止める。思わず手を握ってしまった。でもこの手を離すと美空先輩は部室を飛び出して、気付いたら新幹線や飛行機に乗り込んでいてもおかしくない。そのくらいの行動力があるのだ。


「どこに行くつもりですか?」

「ほら、有名なガリレオが実験したピサの斜塔とか。実際はやってないって説があってね。ガリレオはまず思考実験で」

「今から行くのは無理ですから!」


 本当に今から空港に行って直接飛行機に乗り込む勢いだ。


「じゃあさ、ちょっと近くでいいから付き合って」


 美空先輩が微笑む。その魔力に体が溶けるように緩んでいく。ふわりと浮かび上がったような俺の体は美空先輩のか弱い力に抵抗できないまま、手を繋いで部室から連れ出された。

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