第7話 休日に憧れの人と待ち合わせることによる変化
「うん、いいよぉ。今からでもどーんとこい」
緊張で震える手を抑えながら電話をかけた俺に対して、美空先輩はいつものふわふわとしたマシュマロみたいな声で快諾した。なんで今まで電話をかけなかったんだろうという
「いいんですか? お休みなのに」
「お休みだからいいの。それにこーくんってば初めての一人暮らしだから大変だと思ってたのに全然相談してくれなかったんだもの」
輝の視線が背中を刺すのを感じながら通話を終えると、脳内で想像していたのと寸分も違わない輝の不満そうな顔が俺の目に映る。
「なんでそんなに不機嫌なんだよ。お前だっていつまでも俺の服借りてたら嫌だろ?」
「ちゃんと僕が洗濯してるから大丈夫だもん。こーすけのパーカーあったかいし」
「安物だからちゃんとしたものを買ったらもっとあったかいぞ」
まだ機嫌の直らない輝を置いて、俺はスマホで銀行アプリを起動する。残高は十分だ。
大学生という将来に無限の夢が広がるこの時期は、まったく収入がなくてもクレジットカードを契約できる。あまり無駄遣いをするつもりもないが、それなりの服を買おうと思ったらお金がかかる。輝が女の子と仮定している以上、少なくとも今みたいに安物のパーカーばかりを着せるつもりはなかった。
「一応聞くが、それを着て行くのか?」
「だって僕の服はこーすけからもらったのか、あのバニースーツしかないし」
輝が着ているのは太ももの半分まで隠れる大きなパーカー。袖だって当然余っていて、手は完全に隠れてしまっている。どう見たって外に出かける格好じゃない。
「でもバニーよりはマシだよなぁ」
俺自身、これから美空先輩に会うことを考えると、出かけるときにもっと服のセンスがあったら、とまさに今も思っているところだ。そんな俺でもブカブカパーカーとバニーの二択は選びようがないことくらいはわかる。
「じゃあ行くか。帰りは買ったやつ着て帰ればいいだろ」
「何色のパーカーにしよっかな?」
「せめてちゃんと自分のサイズに合ったのを買えよ?」
不安に思いながら、俺は結局近くのスーパーに行くときと変わらない服装のまま、輝を連れて部屋を出た。
大学近くの駅前には一人暮らしを狙いすましたかのような大型商業施設がある。映画館やゲームセンターも中に入っていて、生活用品を揃えるところからちょっとした遊びまで幅広く受け入れてくれる。
そんな場所ということもあって、土曜日の昼には客でいっぱいになっていた。待ち合わせに選んだ大きな時計のある休憩用の広場も、子供連れやカップルが近くのアイスクリーム売り場で買ってきたらしいソフトクリームやカップアイスを食べるために集まってきていて簡単に美空先輩は見つかりそうにない。
「ねぇ、こーすけ」
「買い物が終わったら買ってやるから。後でな」
「まだ僕何も言ってないんだけど」
「言わなくてもだいたいわかる」
さっきから人が通るたびに輝の視線はその手にあるアイスクリームに向けられている。今日はちょっと暖かくなっているから食べたくなる気持ちはわかる。
「おーい、待ったかなぁ?」
甘い匂いを我慢していると、人波に流されながら大きく手を振る美空先輩が見えた。小走りに近づいてくる先輩の胸が大地震のように揺れて周囲の男の視線を集めている。
「……エッチ」
「なんで急に手をつねるんだ」
理不尽な輝の攻撃を受けながらも俺の視線も美空先輩に奪われていた。
いつもきれいに整えられた黒髪を今日は後ろで束ねてポニーテールにしている。それだけでいつものおっとりとしたイメージよりも活動的に見える。
いつ見てもつつきたくなるような頬が、ほんのりと赤らんで食べごろの桃のようだった。
「輝ちゃん、久しぶり」
美空先輩は前かがみになって輝と視線を合わせながら頭を撫でる。不服そうに輝は美空先輩の胸あたりを見ている気がする。気持ちはわかるけど。
「久しぶり。美空は元気だった?」
「もちろん。輝ちゃんは顔色良くなったね。やっぱりこーくんに預けて正解だった」
「信頼に応えられて嬉しいです」
「こーすけ、調子に乗り過ぎ」
少し顔を緩めただけなのに、輝の体当たりが飛んでくる。軽い輝にそんなことされてもなんともない。
「すっかり仲良しさんだねぇ」
「仲良しっていうか慣れてきただけですよ」
「それが仲良しって言うの。それじゃ早速行こうか。輝ちゃんは好きなブランドとかあるの?」
「よく知らない。着れるならなんでもいいし」
そういうのに興味がないところは男っぽい。輝と一緒にいると本当に男なのか女なのかわからなくなる。
美人だと思うし、きれいな肌にドキリとする時もある。一緒に過ごしていると兄弟や男友達と勝負して熱くなるような時もある。少し寂しそうに目を伏せたり小突かれたりすると守ってやりたくなったりもする。
美空先輩に手を引かれて店を巡る輝の後ろ姿は少し戸惑っているような楽しんでいるような
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