神と夕焼けと人の形をした少女 Gods, sunset, and something like a girl
沫茶
学校編
第1話
天上の太陽から容赦なく陽光が降り注ぐ。
そんな昼下がり、組体操をやっている5年生たちを、上級生が組み立てたテントの下で、ぼんやりと眺めていた。陰になっているとはいえ、空気が熱く、たまらず昼に両親から貰ったスポドリを、喉を鳴らして飲んだ。
あと二種目くらい終われば、ようやく俺の出る種目が回ってくる。普段は仕事で忙しい両親がなんとか休みを取って、去年は来れなかった運動会に来てくれているのだ。早く、自分の出番になって、練習の成果を見てもらいたかった。
ようやく、組体操が終わる、その直前、吹く風が急に強く冷たくなった。周りを見渡せば、昼間とは思えないくらいに、景色が黒くなっている。どうしたんだろうと、テントの下から出て空を仰ぐと、全天が黒い雲で覆われていた。一緒にテントで涼んでいた同級生も、グラウンドの真ん中に取り残されている上級生も、おろおろと周囲を見ていて、大人たちだけが顔をこわばらせて空をじっと見つめていた。
暗い中、まぶしい何かが現れて思わず目をそらす。おそるおそる目を慣らしながら視線を戻すと、天上からグラウンドの真ん中に向けて光の柱が出現していた。よくよく目を凝らすとその柱の中に何かがいて、それがゆっくりと地上に向かって降りてきているようだった。
「ヴヴォーン!、ヴヴォーン!、ヴヴォーン!」
それが地上に達する前に、いきなりサイレンのような音が大音量で周囲に響き渡った。途端、それまで凍り付いたように固まっていた大人たちが慌てふためいて動き出す。今の俺には分かる。それは、神が降臨したことを知らせるアラートだった。
教師たちが運営本部のテントから、各学年のテントに向かって走ってくるのが見える。でもそれは間に合わなかった。組体操をやっていた児童たちが避難する前に、それは地上に降り立った。
同時に、それの周囲にいた5年生たちの体が、横に真っ二つになる。ボトボトと上半身と下半身を切り離された身体がそれの周囲に横たわった。
そいつは、肉塊に手が生えたような見た目だった。足とは言えない触手のようなもので地面に立ち、今しがた血にぬらした大きな鎌を持って、大きな一つ目をきょろきょろと動かしていた。
ようやく俺たちのテントに到着した担任に連れられ、そいつから距離を取りながら逃げていく最中、そいつが保護者用のテントの方に向かうのが見えた。ちょうどそこには、我が子を写真に収めようと、前の方に出て来ていた両親の姿が目に入った。
気がつけば担任の制止も聞かずに走り出していた。逃げようとする児童たちに逆らって、何度も転んだり踏みつけられたりしながら、ようやく人の群れを抜け、両親まであと少しのところまで駆けつけたころには、もうそいつは保護者用のテントに到達していた。逃げようとひしめき合い、全然避難できていない大人たちに向かってそいつが鎌を振り上げる。
鎌が人々を横に刈り飛ばす刹那、人垣の中に見えた両親と目が合ったような気がした。
そうして、そこには累々と――
『ドンッ』
声と衝撃で、図らずとも体全体がビクッと動いた。
顔を上げると、すぐ近くに友人の
「もしかして、イッたか?イッたのか?」
それには答えず、はぁとため息交じりの欠伸をする。自分の服の袖に視線を落とし、次に弁当を食べているクラスメイトたちの姿を見て、ようやく今が授業終わりの昼休みであることが分かった。
もう10年くらい経つのに、いまだにこうしてたまに夢に見る。体全体がじっとりと汗ばんでしまっているのが嫌でもわかった。
「いやあ、お前、さっきの保健の授業、ずっと寝てたよな。心地いい寝息が後ろからずっと聞こえてたぜ」
これには苦笑するしかなかった。
いつものように、どこからか持ってきたパイプ椅子に座って、俺の机の上に深玖は弁当を広げる。栄養バランスの考えられた色とりどりの弁当で、毎朝、母親に作ってもらっているそうだ。それにひきかえ、俺の今日の弁当は朝、コンビニで買ったおにぎり二個だった。いつもなら、自分で作ったりともう少しましなのだが、昨日は夜遅くまでゲームをしていて、寝坊してしまったのだった。
「おいおい、食べ盛りの男子高校生がおにぎり二個とか嘘だろ」
そう言って、深玖は唐揚げを楊枝で突き刺して、俺の口元まで持ってくる。せっかくなので、口を開けて、いただいた。俺の作る唐揚げとは違い、醤油の濃い味付けだった。
「ひゅー、唐揚げ、あーんっ、なんてお熱いじゃない、お二人さん。これはあれだよね、洋子。びーえる、ってやつだよね」
二人して、断じて違うからと叫ぶ。いきなりひやかしてきたのは、隣の席の新島芽衣という女子生徒だった。
「芽衣ちゃん、この場合は、BLと言うよりかは、貧富の差って言った方がいいと思うよ」
なかなか辛辣なことを、新島と一緒に昼食を食べている少し小柄な洋子という女子生徒が言う。
今度は、はーっと呆れ気味に深玖がため息をついた。
それから、弁当を食べ終えるまで、深玖も俺も一言もしゃべらなかった。
先に食べ終えた俺は、窓の外の、空を滑空する鳥を眺めていた。少ししてから弁当を空にした深玖が、そういえばとしゃべりだす。
「お前、昼から、参拝じゃなかったっけ?時間大丈夫なのか?」
あっ、と短く叫んで勢いよく立ち上がる。びっくりしたのか隣の席の女子二人が、俺の方に顔を向けた。
「今何時だっけ?というかそもそもどの部屋に行きゃ良かったんだっけ?やべー、やべーよ」
「心配しなくても、私も今日、参拝だから。お昼も食べ終わったし、一緒に行こ?」
完全に独り言のつもりだったのだけど、思いがけず優しい言葉をかけてくれたのは新島だった。思わず感謝で手を握ってしまいそうになるくらいだった。
立ち上がって歩き出す新島の後ろにつくとから不意に、後ろから深玖の声が飛んできた。
「二人で昼休みに教室を抜け出すなんて、こりゃ、付き合っていると言っても過言じゃないですねえ、芽衣さんよぉ」
そんなヤジにまったく構わず教室の出口に歩いていく新島についていきながら、一瞬、ちらりと振り返ると、ちょうど深玖が洋子に頭をはたかれているところだった。
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