ポーション、温めますか?
さくらみお
第1話
この物語の主人公は、48歳の中年フリーターだった男である。
バイト先のコンビニに押し入った強盗に、人質に取られた女子高生を助けようとして、一人で勝手に足を滑らせて、頭を打って死んでしまった残念な男。
その死因を愉快に思った女神様の計らいで、異世界・ミッドランドへ転生したのもお約束。
歴代騎士の名家の嫡男に転生し、レンジと名付けられた。
女神様から特殊スキルを貰ったが、『ぽかぽか』と言う物を温かくするだけの能力。
チートではない事にすぐに気付く。
元々、人と争う事が嫌いだったレンジは早々にチート
……決して、最強になれない故の強がりではない(と思う)。
成人になったレンジはさっそくスキルと前世の経験を活かし、冒険者達のために24時間営業の店を開く。
昼夜を問わず戦っている冒険者達にとって、いつでも開いている店はとても有り難く、便利で、大盛況した。
レンジは、店に訪れるお客様達が家にいるような寛げる空間になるように、という願いを込め、名を『アットホームマート』と名付けた。
◆
レンジは店のバックヤードにある事務室で、受け取った履歴書の封を開けた。
目の前には、かなり大柄な男が縮こまって座っている。
四畳ほどの小さい事務所。あまりに大柄の男は壁と壁に肩が嵌っていて、身動きが取れない状況だ。
「えっと……
大柄の男はコクコク、と頷いた。頷いたことでフードが少し外れて、黄色く、不気味に光る目が覗いた。
……既にレンジの脳内危険信号が点滅する。
しかし、長年の接客業で培ったスルースキルを駆使し、見なかった事にする。
再び履歴書に目を落とした。
そして彼の職歴を見た瞬間、レンジは驚愕する。
「……なにっ!? 今まで500年も魔王をされていたんですか?!」
オウマこと、魔王は恥ずかしそうにコクンと頷いた。
「なぜ魔王がコンビニ面接に来ているんですか?!」
「…………倒されて、無職に……」
「あ……そうなんですか。命があったのは何よりです。しかし、貴方ほどの方でしたら、また魔王として一からやり直せると思いますが?」
「……今まで経験した職種と、全く違う業種で、スキルアップをしたい……と思いまして……」
「魔王がこれ以上スキルアップして、どうするんですか……」
「……貴社の『笑顔溢れるアットホームな職場』というワードが、とても、気に入りまして……」
と、呟く魔王の手には町で無料配布されている求人広告を握りしめていた。
レンジの店の募集欄に大きく赤丸がしてある。
一応、他の仕事と比較してここを選んだ様だが……。
昼間枠だったら間違いなく不採用。だが、今求人をかけているのは深夜枠。
レンジが経営するのは24時間営業のコンビニエンスストア。
深夜に来るお客様の中には柄の悪い人間や、万引き・恐喝をする者が多かった。
更に、深夜の方が凶暴な魔族が現れることも多い。
先月深夜枠で採用した男は十日で音を上げてしまった。
その前に採用した青年は、三日で逃げた。
どうしよう。
真面目そうだし、強そうだし、でも、魔王だし……。
「あの」
「はい?」
「先ほどオウマさんが仰った様に、うちの店は笑顔を売りにしています。ちょっと笑って貰えますか?」
「……わ、わかりました……!」
魔王が黒いフードを外すと、それはそれは
立派な角に鋭い牙、爛々と光る目。紫に近い堅そうな黒い皮膚。
フスー! と鼻息を吹くと、レンジは凄まじい風圧に椅子ごとひっくり返りそうになるのを踏ん張って留まり、笑った。
「す、スマイル~!」
前世、現世共に対・顧客スキルを磨いてきたレンジ。自分がニコリと笑ってオウマを笑わせようとした。
すると、オウマの牙がピクピクっと動き……「ニタぁ〜!」と笑った。
粘着力の強い「ニタぁ〜!」は破壊力としては抜群だった。
気の弱いお客様だったら、これだけで失神するほどに。
結果は明らかだ。
……しかし、この場で断って激怒されるのも困る……。
だからレンジは、最高の営業スマイルを見せ、
「わっかりました! 結果は明日、通知を発送します!」
問題を先延ばしする事にした。
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