怪盗のプライドとは

サワキシュウ

第1話 怪盗のプライドとは

 常々、盗賊には二種類いると思っている。プライドがある奴と、無い奴だ。

 盗賊なんて裏稼業に身をやつしていれば、心は当然荒んでいってしまう。だが、プライドさえあれば、荒んで崩れていく己を保つことができると、俺は思っている。醜く朽ちる盗賊にはなりたくは無い。だから俺はプライドを胸に宝を盗むのだ。


 そんなことをぼんやりと考えながら、汚い酒場に着いた。

 昼間だからか客は一人も居ない。だがカウンターの中に店主らしき男が立ってる。

 店主の前に立ち、カウンターにコインを二枚並べる。二枚とも表だ。店主がそれを見たのを確認して、目の前で二枚とも裏返した。

「入んな」

 カウンターの中の店主は、奥の扉を顎で示した。

 扉を開けると、地下へ伸びる階段。足元に注意しながら降りていくとまた扉があった。その扉を開けると、こじんまりとした書斎のような部屋が現れた。


 目の前の机には朴訥とした印象の眼鏡の男が座っている。

「これはこれは、旦那」

 眼鏡の男の挨拶を受けて、俺は机の前の椅子に座った。そして挨拶も無しに切り出した。

「どうだ、調べはついたか?」

「へぇ、旦那」

 そう言って、眼鏡の男は筒状に丸めた大きな紙を取り出して、それを机の上に広げてみせた。

 大きな紙は屋敷の間取りが描かれた図面のようなものだった。

「見て分かると思いますが、あのお屋敷の図面です。そんでもって、例の女神像はここの二階の宝物庫に有るでヤンス」

 男は言いながら、図面の中心近くを指差した。

「やはりこの部屋か、思った通りだ。この部屋、正面以外に入り口は?」

「へぇ、残念ながら、窓すらねえでヤンス」

 俺は顎に手を当てて考える。

 窓もない部屋なら、二階の近場に忍び込んで正面扉から行くしかないだろう。できれば正面突破は避けたかったが仕方がない。


「宝物庫に繋がる通路はどこにある?」

「へぇ、北側のここの渡り廊下になるでヤンス。幸いここは壁が腰の高さまでしか無いんで、登ることさえできれば簡単に忍びこめるでヤンス」

「あの北側の渡り廊下なら下見で見たな。高さはそうだな、俺の背丈三つ分ってところだな。問題はないだろう」

 件の廊下は下見でもちらりと見ただけだが、目測には自信がある。わざわざ高さを測らずとも見ただけで攻略可能かを瞬時に判断できるのがプロだ。

「へぇ、三つ半でヤンス」

「……ん?」

 何のことかわからず聞き返した。

「へぇ、旦那。背丈三つ分と仰っしゃられましたが、正確には旦那の背丈の三つと半分の高さでヤンス」

「……随分と詳しいな」

「へぇ、情報屋なもんで」

 俺の目測に少しばかりのズレはあったらしい。しかし問題は無いだろう。使うロープの長さが少し長くなるだけなのだから。


「そうか、じゃあその長さ分のロープを用意しておこう」

「へぇ、旦那。そのロープなんですが、別料金にはなりますが、こっちで準備したものが有りますけど要りますかい?」

「……随分と準備がいいな」

「へぇ、情報ばかり売ってても儲けはしれているもんで……。で、どうしヤンス?」

「頂こうか」

「毎度あり」


 プロとはいえ、一から十まで自分で揃える必要など無い。使えるものを使い切るのもプロの腕の内だ。

「ただ、問題なのは二階に忍び込んだ後だ。当然見張りはいるんだろう?」

「へぇ、見張りは昼も夜も、常に二人体制でヤンス。見張りの連中は全員顔見知りですからなりすましは無理でヤンス」

「そうか、交代の時に一時的に居なくなったりはしないのか?」

「それもねえでヤンス。扉の前で次の見張りにしっかりと引き継ぎしてからの交代です。見張りが二人以上になることはあっても、二人以下になることはねえでヤンス」

 むぅと唸ってしまった。俺は残念ながら周囲に気づかれないように見張りを無力化する戦闘手段を持ち合わせていないのだ。一人だけなら気を逸してその隙に、という手段も考えられたが、常時二人体制となるとかなり厳しい。

 爪を噛みながら思索を巡らせていると、眼鏡の情報屋が顔を覗き込んできた。

「何だ?」

「へぇ、旦那。お困りのようでしたら、別料金にはなりますが、見張りの別情報があるでヤンスが……」

 少し迷ったが、使えるものは使っておこうと言い聞かせる。

「……頂こうか」

「へぇ、毎度ありでヤンス。実は夜の見張りの二人なんですが、一人はサボりの常習犯ってやつでして、こともあろうに担当の時間に酒場に入り浸っているんでヤンス」

「そんな堂々とサボっていたら、もう一人が黙っていないだろう?」

「へぇ、それが、もう一人の奴は居眠りの常習犯ってやつでして、相方は寝てるから問題ねぇって言いながら、酒場で飲んでるらしいでさぁ」


 聞いて思わず力が抜けてしまいそうになる。二人の見張りを相手にすることを悩んでいたことが馬鹿みたいだ。やはり情報に勝る武器は無いとつくづく思う。

「そうか、見張りは一人しか居なくて、しかも居眠りをしてるとなると、後は宝物庫の扉を開けるだけだな……。そうだ、ちょうど居眠りをしている見張りがいるなら、そいつから鍵をすりとって――」

「へぇ、旦那。その宝物庫の鍵なんですが、別料金になりますが、こっちで準備したものが有りますけど要りますかい?」

「……なんで持ってる?」

「へぇ、酒場で飲んだくれている方の見張りの奴から、ちょっくら拝借して型とりして複製したんでさぁ」

「随分と準備がいいな」

「へぇ、情報ばかり売ってても儲けはしれているもんで……。で、どうしヤンス?」

「頂こうか」

「毎度あり」


 さすがに鍵まで買うのは気が引けたが、何から何まで自分で揃える必要など無いと言い聞かせる。使えるものを使い切るのもプロの腕の内だと思う。

「色々と助かったぜ。これで何の問題も無く、明日の決行を迎えられるぜ」

「明日、でヤンスか?」

「あぁ、明日の夜だ。ん? なんだ何か問題があるのか?」

「へぇ、旦那。明日はこのお屋敷で夜通しでパーティが開かれるんでさぁ」

「それがどうした? 屋敷の連中がパーティに借り出されているなら、余計に好都合だろう」

「いや、それが件の女神像がパーティでお披露目されるとかで、旦那が狙うお宝は明日の夜は、翌日の朝まで宝物庫にはねえんでヤンス」

 最悪の情報に愕然とした。俺にはどうしても明日の夜に女神像を手に入れていなければならない理由があるのだった。

「不味いぞ、依頼元への女神像の引き渡しは明後日の朝がリミットだ。遅れることは許されない……。くそっ、だとしたらチャンスは今日か? いやしかし、さすがに準備が……」

 苛立ち混じりに爪を噛んでいると、またしても情報屋が顔を覗き込んできた。

「旦那、今日も女神像は宝物庫に有りませんぜ」

「なんだと? どういうことだ?」

「へぇ、旦那。そりゃ、ここにありますから」

 そう言いながら、情報屋は眩い輝きを放つ像を机の上に置いた。

 豪華な宝石が散りばめられた黄金の女神像。俺が狙っていた女神像。それがここにある。

「……」

 頭の整理がつかず、問い質す言葉も出てこない。

 ただ視線だけで情報屋に「何故?」と問いかけた。

「へぇ、アッシの情報でしっかりと女神像が盗めるのかを、確認の為にとって来たんでさぁ」

「確認の為……」

「いやもちろん、旦那が盗みに入る前には、戻しておこうとは思っていたんでヤンスが、まさかこんなに早いとは思ってもみなかったもんで。旦那、お困りのようでしたら、別料金にはなりますが――」

 それ以降の言葉は耳に入らなかった。

 頭の中で盗賊としてのプライドが暴れ狂っている。完璧な準備と大胆な犯行で数多の財宝を盗んできたプライド。どんなに準備が人任せだろうが、最後の仕上げさえ自分がやれば保たれるはずのそれは、葛藤の嵐の中で瓦解の危機にあった。

 俺は誇り高き盗賊。プライドを持った盗賊。そんな言葉が脳裏をよぎりながら、言葉は自然と口からこぼれた。

「頂こうか」

「毎度あり」

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