第23話 自我
――――言い忘れていたけれど僕は人間じゃない。
半分、人間。半分、妖怪でできている。
つまりは半人半妖ってことになる。
信じられないかもしれないけど真実だ。
僕は嘘は言わない性質なんだ、正直者ってことで。
で、何の妖怪かというと狼男だ。
満月を見ると狼の類に変身するって妖怪。
天邪鬼、天野に取り憑かれてから知ったことなんだけれど彼と出会った事件で僕は狼男だと悟った。
そして変身はいつでもできる。ただ条件がそろえばの話だけれど。
――――体の正中線よりやや左側、心臓の辺りに熱い何かを感じ、だんだんと鼓動が早くなるのがわかった。
四肢は痺れたように痙攣する。
鳥肌が立つように産毛、体中のありとあらゆる毛穴が開くような感覚。
歯の辺り、歯肉と歯の間がむず痒くなったように疼いた。
皮膚の色が肌色から段々と黒くなり、両手の爪が伸び、先端が鋭利に尖った。
視界の端が徐々に赤く染まり、餓鬼を見ている場所だけが普段と変わらない光景。
何か言い表せないけれど抑圧された物からの開放感が感じられた。
もう一度、空を見上げる。
その行動をしている間にも餓鬼は近づいてくる。
切羽詰る状況にも関わらず、頭が冷静になっていた。
視線の先にある、空に浮かぶ月は完全に満月だった。
僕はもう一度男の方に視線を戻した。
餓鬼はすでに三メートル近くにいた。
『相棒。いい姿になったな』
『……………』
僕は天野の答えに反応しない。
『無視か。まぁ、正気は失ってないんだろう?』
『当たり前だ』
『けっ、答えられんじゃねぇか』
天野はさぞかし嬉しそうに呟いた。
『やるぞ、相棒!』
『あぁ』
僕は天野に返事をし、両足に力をこめて体を前屈するように前のめりにする。
地面についていた片足をおもいっきり蹴った。
そのままの状態で餓鬼へと体ごと突進する。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
もうこのとき恐怖は消えていた。
ただあるのは目の前の餓鬼を滅することだけ。
餓鬼に真正面から突っ込み、地面についている脚とは逆の脚を上げそのまま餓鬼の腹の辺りに前蹴りを放つ。
ドンっという鈍い音が聞こえ、餓鬼は体勢が崩れかけ、少し後ろによろめいた。
蹴った足がつくと同時に、逆の脚をけり餓鬼に覆いかかるように両腕を上げ、そのまま餓鬼の両腕を外側から両手で掴むと伸びた爪が餓鬼の皮膚に食い込む。
そのまま餓鬼の左の頚の辺り、鎖骨の上部分に噛みついた。
「ウガァ!」
餓鬼はさっきまで『肉』を連呼していた口からやっと苦痛の声を上げた。
噛み付いている僕は振り払おうと餓鬼はがむしゃらに暴れまわる。
「ガァァァァァァァァァァァァァ! フゥガァハァァ!」
餓鬼は僕を必死で両手で掴むと引き剥がそうとする。
しかし、歯は鋭いナイフの先端のごとく突き刺さり、抜けない。
『相棒、このままかたをつけるぞ!』
『了解』
天野は人間の魂だけでなく同族の妖怪、怪異の全ての魂を滅することができる。
滅する。それは彼にとって吸収することであり、人間が摂食するのと変わらない。
それが天邪鬼の特性の一部。
取り憑いた天野の力を使い、餓鬼を滅することが目的だった。
このとき僕はこれで簡単に終わるものだと考えていた。
けれど、それは間違いと気がつくのは一秒後だった。
餓鬼はそのまま噛み付いている僕に覆いかぶさるように前のめりに倒れる。
当然、僕は噛み付いているわけだからかわすことなど不可能だった。
そのまま地面に一緒になって倒れ、僕の体に餓鬼の全体重がのしかかる。
「――――!」
声にならない声というよりも肺の中の空気が口から漏れ、次には胸と腹、体の前の部分に重さと衝撃が来た。
一瞬、気が遠のきかけたがなんとか保った。
「ガァアア」
餓鬼はすぐに立ち上がると、僕を見下ろし、片足を挙げ僕にめがけ脚を下ろした。
僕はすぐに起き上がり、それをかわし、戦闘態勢に戻る。
僕がいたところはへこみ、コンクリートが粉々になっていた。
『あの野郎、全体重をかけてきやがった! おかげで死ぬかと思ったぞ』
『僕だって同じ考えさ』
『コイツは一筋縄ではいかなそうだな』
『確かにね』
餓鬼は僕に向き直るとまた突っ込んできた。
僕は交わそうと体を構えた。
しかし、予想に反し餓鬼は別の方向へと足を進めた。
『アイツ、どこへ行く気だ?』
餓鬼が向かう方向へと目をやった。
一瞬、餓鬼がどこへ向かうのか、わからなかったがすぐに餓鬼が何を考えているのかわかった。
餓鬼が向かう方向は宮前がいる方向だと。
『まずい!』
『どうした?』
『餓鬼は僕に興味なんてなかったんだ』
『あのお嬢ちゃんが狙いだったってわけか』
『そういうことらしい!』
次の瞬間には頭が考える前に体が動き、そのまま宮前のいる方向に向かい、高くジャンプしていた。
高さは五メートルほど。
宮前がこちらを見ているのが視界に入る。地面に着地し、間髪いれず走った。
多分、体が人間の状態ならばついて来れないほどの速さで動いていたとおもう。
僕は餓鬼よりも先に宮前のところまで一気に走った。
街灯の下でこちらを見ている宮前の前で急速に止まった。
彼女は僕を見てとても驚いた表情をしていた。
それはそうだなと考えた。この姿はどう見ても現実じゃ考えられない。
宮前が恐怖を感じていたのならしょうがない。
しかし、それは後で考えることだと悟った。
後ろを見ると餓鬼はすぐ近くまで来ていた。
「宮前」
「アンタ、その姿…!?」
「説明は後だ。僕に掴まれ」
「えっ……?」
そのままわけも言わず、宮前を抱えるように掴み対岸の岸までジャンプした。
「きゃあああああああああああああああああああああ!」
宮前は絶叫していたが気にせず、前をみていた。
放物線を描くようにジャンプし、そのまま岸へとたどりついた。
葉恋橋の下。
さっきいた場所の向こう側に街が見えた。
「大丈夫か?」
宮前はぜーぜーと息をきらしていた。
「あ、アンタ…、少しくらい説明しなさいよ!」
「ご、ゴメン。けどそれは後だ!」
「へっ?」
僕はまたジャンプし、餓鬼のいるほうへと向かう。
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