第8話 銀次と過去
ピンポーンという甲高い音ではなく、最近のブーという、雑で粗野な感じのする音が聞こえる。
数秒待つ。
…………………。
「応答がないみたいね」
宮前はもう一度、押す。
しかし、反応がない。
何度か宮前はインターホンを押すが結果は同じだった。
「留守なんじゃないの?」
宮前はどうしようもないという顔をする。
僕は彼女の問いに答えず、そのまま黒い扉のドアノブに手を伸ばした。
宮前は驚いた顔をし、僕を止めようとする。
僕はそれを振り切り、そのままドアノブに手を掛け、ひねる。
ガチャっという音がし扉が開く。
僕は何の躊躇いもなく、人の家へと侵入した。
「開いた……」
宮前は不思議そうな顔をしていたが彼女を気にせず、そのまま中へと進む。
「ちょっ、ちょっと!」
宮前はドアにしがみつき、扉を思いっきり開けて僕に続いた。
一応、この時点で靴は脱いでいる。
僕は玄関から見える、扉を開けた。
そこは大きなリビングで建物の中の壁も冷たい印象を持つコンクリートでできていた。
リビングの真ん中には大きく三人は座れそうなソファが置かれていた。
大きなソファを囲むように大量の本が平たく山積みにされ、今にも崩れそうになっていた。
まさに本の山とはこういうことだ。
そして僕らが会おうとしていた人物はソファに持たれるように座り、本を読んでいた。
本で顔が見えないが僕らの存在は気がついているのだろう。
目当ての人物は本から眼を離し、僕らに眼を向けた。
「やぁ、調子はどうだい?」
浜野上銀次がそこにいた。
―――去年の夏休み、事件に巻きこまれた際、天野に取り付かれ満身創痍の僕を助けてくれた一人。
それが眼の前の男。
金色に染めた髪をライオンの鬣さながらに立てている。
堀の深い顔、ナイフのように切れ長の眼。それを引き立てるように縁のない眼鏡をかけている。真っ黒なスーツを着て、ワイシャツの胸元を開けそこからは白い肌が見える。そして手には薄い黒い手袋をはめている。彼を見ていると黒猫を連想させる。
「人の家に勝手に入ると不法侵入って罪で捕まるの、知ってるかい?」
銀次はその外見とは裏腹に、崩れた口調で言った。
「知ってるよ。いつもこんなことをしているこっちの身にもなってくれよ」
宮前はビックリした顔をし、僕を見るがそれは無視。
「しかし、やっくんは本当に礼儀、知らずだなぁ。で、今日は何の用かな?」
「今はそんなことどうでもいいだろう。それより力を貸して欲しいんだ」
「僕に力を?」
「そうだ」
「それは隣にいるお嬢さんに関することかな?」
銀次はゆらりと右手を宮前の方向に向ける。僕は相変わらず鋭い奴だと思いつつ返答した。
「それがわからないし、それを相談しに来たんだ」
「ははぁ、キミは人に質問の内容がわかっていないのに質問する気かい?」
「内容はわからないけどそれを解き明かしたいと思うんだが」
銀次は呆れたようにため息をつき、口を開いた。
「天邪鬼のときといい、この前の事件のときもそうだけどキミは、自分に手が負える物事とできないものに関わらず、厄介ごとを運んでくるんだね」
「それは嫌みか? それともほめ言葉なのか?」
「さぁ、どっちなんだろうね」
銀次はそのまま、視線を宮前に移し、右手に本を持ったまま姿勢を起こす。
「やぁ、始めまして、お嬢さん。浜野上銀次です」
銀次はワザとらしいような挨拶をする。少しの間ほったらかしにされた宮前は反応に少しとまどったがすぐに返した。
「宮前此方です。始めまして……。クラスメイトの彼に教えていただいてここに来ました」
「そうなんだ。いやぁ、もてるね、やっくんは」
「何が言いたいんだ?」
「別に……」
銀次は意味ありげに笑う。どうやら宮前此方という人物は挨拶のできる人らしい。
ただ反応が僕の時と違くないか?
ふと宮前は不思議な顔をして僕の顔を見る。
「なんだよ?」
「『浜野上銀次』って名乗ったわよね?」
「あぁ、そうだけど」
「でも玄関の表札には『舘鳴隼人』って書いてあったわよ。どういうこと?」
「どういうことって、こういうことだけど」
「いや、だからアタシが聞きたいのは名前が違うってことよ!」
「それに問題があるのか?」
「アンタ、本当に殴るわよ。この住人は『舘鳴隼人』でしょ。この人は一体何者?」
「いや、彼が『舘鳴隼人』だよ。それに『浜野上銀次』でもあるんだ」
「だからわかるように説明してもらえる?」
「一言でいうならどっちの名前も偽者。僕は彼の本名を知らない。だって―――」
だって彼は詐欺師だから。
宮前にその事実を伝えると眼をぱちくりとさせ、何を言っているんだといわんばかりの表情をした。
「アンタ、私に嘘をつこうとしてるの?」
「そんなまさか。僕は正直者だから嘘なんてつかないよ。それにさっきも言っただろ。僕の言うことを信じて欲しいって」
「そうはいったけれど、理解が…」
「やっくんは嘘はいっていないよ。彼が嘘をつけるのは天野が出てくるときだけだよ」
銀次の横槍に少し驚く宮前。
「それにしても、宮前さんだっけ? お嬢さん、用心深くていいことだけどそれはあまりにも疑いすぎじゃないかな」
銀次はニヤニヤとしながら言った。宮前は銀次に向き直り、彼の顔をすっと見据えた。
「お嬢さんがそこまで人を疑う理由は知らないけれど彼はそこまで悪い人間じゃない。彼をそんな怪しい人間だと思わないでくれるかな。ただオツムが足りないけれど」
「銀次、オツムが足りないは余計じゃないか」
「そうかい? 僕はキミが頭のいい人間とはいえないけどね。見た目も含め全て」
「フォローになってねぇよ!」
本当に人をからかうのが好きな奴だ。
「浜野上銀次さんと名乗りましたよね」
宮前は気にも留めずに聞く。
「そうだけど」
「呼び方はそれでいいんですか?」
「ははぁ、その名前でいいよ。キミが呼びにくいっていうなら話は変わるけど」
「その呼び方で呼ばせていただきます」
宮前は興味なさそうに言うと続けた。
「で銀次さん、彼が嘘をつかないとはどういうことですか?」
「単刀直入に言う子だね。やっくんとは正反対の性格の子みたいだ」
銀次はヘラヘラしながら言った。宮前はその行動が気に障ったのか顔をしかめた。
「茶化さないでください。私は彼が何で嘘を言っていないのかと聞いているんですけど」
「おぉ、怖いねぇ。そうやって今まで初めて会った人に高圧的に接してきたのかい、お嬢さん? ずいぶんと暴力的なんだね」
銀次はヘラヘラした表情を崩さず、身を乗り出し、宮前の顔を見るように言った。
宮前は眉間に皴を寄せ、銀次をにらむ。銀次は別に気にもとめない砕けた表情をする。
「まぁ、そういきり立たなくても教えてあげるさ」
銀次は持っていた本を閉じ、僕を一瞥し宮前に向き直る。
「彼は単純な嘘を信じてしまうほどの正直者で嘘がつけない質なんだ。もし嘘をついていたらすぐにばれるだろうね。しかも会った人全てを信じてしまうほどのお人好しだからさ。僕の話を簡単に信じてしまうほどにね」
「それじゃ、理由になりません。それに貴方は天野が出てくるときだけ嘘をつくといいましたよね? それはどういう意味なんですか?」
「それはね……、というかやっくん、彼のことを話していないのかい? 悪い奴だな」
銀次がそういうと宮前は僕の方に振り返った。
そのときの宮前の怖い顔といったらものすごく怖いのなんの。
僕は顔を振り、必死に自分が何かを伝えようとしていたのは覚えているが。
「まぁ、いいさ僕が説明するよ。宮前さんだっけ?」
銀次は宮前を一瞥し、僕のほうを見る。
「彼、やっくんはね、中学生の時に一度、変な事件に巻き込まれているんだ」
「変な事件?」
「まぁ、時間が無い様だから詳しくは話せないけどね。彼はあるお化け、妖怪あるいは怪異といったものに出くわしたといったほうがいいかな。そのせいで彼は散々な眼を見ることになったんだよね。で、その妖怪っていうのが天野っていう存在なんだけどね」
「その天野って一体なんなんですか?」
銀次は面白そうに笑顔を浮かべると僕の後ろを指す。
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