第3話 回復士と魔王
……。
…………。
「うん。もういいよ」
私は勇者たちの気配が完全に消えたのを確認して、胸の中に抱きかかえたぬいぐるみに語りかけた。
「む、奴らは行ったか」
ぬいぐるみから声が返ってくる。
猫のような小動物を思わせるその可愛らしいぬいぐるみは、ヒョコっと私の腕の中から顔を覗かせた。
そうして、見た目と同じく猫のような動きで抜け出し、自分の体のあちらこちらを見回した後でちょこんと私の前に鎮座する。
「やれやれ。解除、っと」
唱えて、私は勇者にかけられていた束縛魔法を解除する。
何とも稚拙な術式だ。私が少し魔力を流し込んだら壊れてしまった。
これで束縛できたと思っていたのだからおめでたいというか何というか……。
うーん、と伸びをして、私は目の前にいるぬいぐるみと向き合った。
「魔王さん、無事?」
「無事、というのか分からんがな。ともあれ、こうして体を動かし意思が疎通できる手段を得ているところを見ると、まだ生きていると表現して良いのかもしれん」
なかなか硬派な言葉を使うぬいぐるみだ。
見た目の可愛らしさに反するその言動に、私は思わず笑ってしまう。
「教えてもらおう。貴様、我に一体何をした?」
「……何を、というと?」
「我は聖剣の一撃を受けて確かに死滅するはずだった。それが魔法を使われたと感じて、気付けば貴様の腕の中にいた。この……、小動物のような人形に憑依させられて、だ。これは貴様の仕業なのだろう?」
「ああ、うん。……あの時、あなたの魂が消えちゃいそうだったから、咄嗟にこのぬいぐるみに移しちゃった。迷惑だった?」
「迷惑でなどあるものか。そうであれば我は貴様に命を救われたことになる。助けてくれたこと、礼を言う」
言って、ぬいぐるみがカクンと頭を垂れる。
うん。可愛らしい。
「しかし貴様、なぜ我を助けた? 我は仮にも魔王。このような人形に憑依させたからといって、貴様ら人族の脅威になるとは考えなかったのか?」
「え? でも魔王さん言ってたじゃない。敵意は無いし対話をするつもりだ、って」
「……それが嘘だったらどうする?」
「もしそうなら、魔法を解除しちゃえばいいかなって」
「解除、だと……?」
「うん。私は自分の使った魔法を解除することができるの。もしあなたが悪さをしようとするなら、魔法を解除しちゃえば元の体に元通り。そうなったら、あなたの魂はあの朽ち果てた体に戻るから」
「え? そうなったら我、死ぬだろ?」
「うん。死んじゃうね。だから魔王さんの言ったことが嘘だったとしても、悪さできないかなって」
「……生殺与奪の権を持った回復士か。可愛い顔して恐ろしいことを言うな、貴様」
そんなことを呟いて、魔王さんはしばし沈黙する。
仕方なく、私が言葉を続けることになった。
「あと、何だか仲良くなれそうな感じがしたんだよね」
「仲良く……? 仲良く、だと……? この我とか?」
「うん」
私が即答すると、また魔王さんは沈黙する。
そして――。
「く、くく……。クーハッハッハ! これは面白い! 貴様、実に面白いな!」
魔王さんは大声で笑い出した。
「面白い? そうかな?」
「ああ、そうだとも。我にそのようなことを言ってきたのは貴様が初めてだ」
「それはどうも。……それはどうも?」
そのようなやり取りがあって、私たちはなぜか二人で吹き出した。
ケラケラ。グハハハ。
そんな不釣り合いな声が魔王城に心地よく響いていた。
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