第4話

「みんなここにいたのね。お疲れ様!」


 つとめて明るい声を出して足を踏みだすと、下働きの少女たちの視線が一斉に集まる。困惑、羨望、恐怖そして嫉妬――視線に入り混じるさまざまな感情が突き刺さる。


「今日はお祝いでお菓子をもらいすぎちゃったから、みんなで食べない? 後で休憩室に届けるわね」


 負の感情を含む視線をスルーしてにこやかに話し続ける。


「あ……」

「ミュリエル様! ご結婚おめでとうございます!」

「この子もミュリエル様にプレゼントがあるんです!」

「あっ! 私もあります!!」


 やっと反応が返ってきた。ノンナをのぞいた少女たちは祝福を口にして嬉しそうにミュリエルに駆け寄ってくる。さっきまでの会話を聞かれていなかったか不安に思っている少女もいるようだ。

 ここでももみくちゃにされかけたが、神官が止めてくれた。


「神殿長がお呼びですから、早く行きましょう」

「分かったわ。みんな、ありがとう。またあとでね」


 片手にもらったハンカチや小物を抱えて、笑顔で少女たちに手を振る。ノンナは少女たちの輪に入らずにこちらを睨んでいた。その目を見るだけで「偽善者」と彼女の心の声が聞こえる気がする。


「聖女様はお優しい」

「そんなことないわ」


 少女たちから離れながら神官が苦笑している。

 そんなことはない。私は打算的なだけだ。お菓子をあんなにもらっても正直処理に困るから、誰かにあげるのは当たり前のことだ。みんなに優しくしておいた方が絶対に得だもの。

 外見も性格も聖女のような人間なんて本の中にしかいないんじゃないかとミュリエルは常々思っている。


 誰だっていつも怒っている人に近付きたくないだろう。笑顔でフレンドリーなのは他人のためじゃない、私のためだ。そっちの方が人間関係は円滑になって仕事も上手くいく。義母相手にはうまくいかないけど。あとは、これから会う神殿長にも通用しないけど。


「こちらの部屋です」


 神官がノックして扉を開けてくれる。


「おぉ、ミュリエル。来たか!」


 部屋に入ると神殿長が懸垂していた。冗談でも何でもなく、ぶら下がってやるあの懸垂だ。


「お主、新婚ほやほやでなまっとらんか? ほれ、一緒にやれ」

「分かりました」


 プレゼントを神官に託して、神殿長がぶらさがっている壁から壁に渡してある鉄の棒に向かう。


「ま、今日は三十回くらいで勘弁してやろう」

「はい」


 百回と言われなかっただけマシだ。懸垂を難なく三十回こなしてミュリエルは棒から手を放した。


「がはは。さすがにそこまでなまってはおらんか。もう少し待っておれ」


 神殿長は懸垂を百回こなしてから下りてきた。スキンヘッド頭が汗で少し輝いている。それに上半身裸だ。ミュリエルは見慣れているので、表情を変えず神殿長にタオルを渡した。


 神殿長というと、木の枝のように細い好々爺を思い浮かべるかもしれない。あるいは世渡り上手で狡猾なおじいちゃんか。

 残念ながらわが国の神殿長は大体ムキムキのおじいちゃんだ。おじいちゃんでなければ、ムキムキのおじちゃんだ。

 みんな神殿長よりも山賊の頭領や海賊の頭と言われた方が納得する。目の前にいるここの神殿長はスキンヘッドのムキムキおじいちゃんだ。


 これにはミュリエル世代は経験していない戦争の時代が関係している。戦時中は治癒魔法を使える聖女を狙って神殿は頻繁に攻撃された。聖女を守るために下っ端からトップまで体を鍛えていたというわけだ。


 このラルス神殿長も含め多くの神殿関係者は、戦争が終わった今でも体を鍛え続けている。ミュリエルも治癒魔法が使えると分かって神殿に来た時からなぜか一緒に鍛えられる羽目になった。おかげで貴族令嬢らしからぬ体力と割れた腹筋を持ってしまった。

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