華のおまけ『初心に戻り、名に相応しくある話』


 華宮家とは、奉納六家の中でも怪異妖魔の保護に比較的寛容な家である。


 元々は怪異妖魔の類は決して逃さず、有害無害問わず見敵必殺を信条とする一族ではあった。

 しかし最近になって、それによって生まれた被害者の怨念が周囲に被害を齎しているケースが少なくない事が問題視され、一族としての態度の軟化を迫られるようになったのだ。


 悪辣な怪異妖魔への対応は変わらない。しかし人間に危害を加えない無害なものに関しては、ある程度の監視を置いて保護扱いとするようになった。

 当初は一族内でも反発は多かったが、保護した者の殆どが温厚かつ協力的だった事もあり、表面的には一族の協力者の立場として受け入れられていった。


 淫魔である天成社も、その内の一人という扱いになっている。


 淫魔としては間違いなく世界最強たる存在である彼だが、その力を殆ど振るわないため力量を正確に看破した者が居らず、脅威が全く表沙汰になっていないためである。

 そして本人の(良く言えば)大人しい善性寄りの性格、そして心白による過去の素行調査でも問題が無かった事もあり、ただの友好的な一淫魔としての扱いを受けていた。


 ……だが、先日「舞」の一族の少女が遭遇したという大淫魔の一件により、若干危険視される事となってしまった。

 奉納六家の歴史書に刻まれる、最低最悪の大淫魔――そんな存在に呪い返しを成立させられる程の力を持っている事が明らかとなったからだ。


 それが本当に歴史に残る大淫魔かは定かではない。だってアフロなんて記述無かったんだもの。

 しかし遭遇した「舞」の少女もそれなりの実力者であり、そんな彼女が手も足も出なかったと証言する存在だったのも確か。

 当然社の力量もちょっぴり正しく認識されるようになり、同時に警戒も強まらざるを得なかった。


 とはいえ、その時点で社の(正しく言えば)ビビリのヘタレ加減は華宮の中に周知されていた。

 何より「舞」の少女を助ける為の行動だったという事で社の排斥を叫ぶ輩は極少数に留まり、これまで通りの観察処分のままとなった――。


 ……と、済めば楽だったのだが、そう都合よくもいかず。

 納得のいかない極少数を宥めるため、警戒を多少強める運びとなった。


 もっとも、それは単なるポーズとしての意味合いが強い。

 実際には何もせずとも、それっぽく外面を取り繕うだけで済む話だったのだが――真面目な優等生の華宮葛は、それを額面通りに受け取っていたのである。





「ううん……観察……これ以上の……」



 華宮家、葛の自室。

 明日に社へ渡す用のスイカズラを創りつつ、葛は悩まし気に唸っていた。



(……天成くんをもっとよく警戒しろ、なんて。どうしたらいいのかしら……)



 ――彼女が頭を悩ませているのは、つい先日に華宮家当主から下された一つの指示が原因だ。


 天成社という淫魔が変な事をしないよう、キツ目に見張れ――要約すればそのようなもの。


 正直、全く気は進まなかった。

 当主自身はあまり深く考えるなと笑っていたが、命は命。いい加減に投げ出す訳にもいかず、どういう形で指示に従うべきか、葛は小一時間うんうんと唸り続けていた。



(昔教わったように、霊具を飲ませて生殺与奪を握る……そんな酷い事出来ない。なら監視用の植物を彼の部屋に……でもそんなの絶対嫌がられちゃう……)



 社は断じて犯罪者ではなく、むしろ大恩人である。

 彼の不利益になる事、そして嫌われるような事は絶対にしたくはなく、だからこそ悩ましい。



(い、いっそ天成くんと一緒に暮らしちゃうとか――まぁ、無理ですよね……)



 残念ながら葛は一人暮らしでは無く実家暮らしである。そして当然、共に暮らしている家族全員が淫魔を家に招き入れる事に大反対するだろう。

 創ったスイカズラを溜息と共に紙袋に詰め、項垂れる。


 社と知り合う前ならいざ知らず、今の葛にとって彼を警戒する事は酷く難しい事なのだ。


 催眠おじさんからの凌辱から助けられた事もある。しかし何より、彼は葛の霊能の全てを肯定してくれている。

 ありがとうと感謝され、必要だと求められ。更には彼自身の命にさえも組み込まれ、大切にされている――。


 ……華宮に生まれながら、華炎を継げなかった葛であったからこそ。

「火葛」ではなく、「葛」であったからこそ救われ、そして救えた。


 大げさかもしれないが、天成社とは華宮葛という人間が生まれた意味の一つ足り得る存在なのだ。

 そんな彼に、どうして謂れなき疑惑を向ける事が出来ようか。



(本当に、信じている人なのに……)



 心と使命の板挟み。

 考えすぎて頭痛すら催してきた気さえして、葛はこめかみを指で抑えつつぐったりと机に突っ伏した。

 その際スイカズラの入った紙袋が倒れ、その一輪がすぐ目の前にふわりと落ちる。



(……これそのものに、監視の役割を持たせる……とか)



 摘まんだスイカズラをくるくると回しつつ、そんな事を考える。


 社が常に携帯し、毎日欠かさず蜜を摂取しているスイカズラ。

 日々手渡しているこれに、葛と視界や感覚を共有する霊術でも付与すれば、彼の動向は余すところなく筒抜けとなるだろう。


 監視の方法としては、この上なく最適だ。

 華を睨む葛の周囲に、淡い燐光がふわりと舞い――しかしすぐに消え失せた。



「――嫌」



 葛はたった一言そう呟くと、スイカズラをそっと横に置く。

 そして据わった目で霊具の栞を取り出すと、八つ当たりのように霊力を注ぎ、とある植物を創り出す。



(そもそも具体的に何をしろとの指定は無かったのです。なら天成くんに私の霊力の籠ったものの一つでも身につけて貰えば、それで警戒を強めた扱いになるのでは? なりますね? なるのです。ええ)



 屁理屈をこねるように考える葛だが、むしろ華宮の当主が望んでいた対応はそれである。

 そしてそれは、これまでの彼女であれば不真面目だと切り捨てていた案でもあった。


 だが今の彼女に躊躇は無く、黙々と社に渡すべき植物の創造を続けている。


 ……果たしてそれを成長と見るべきか、はたまた汚れたと見るべきか。

 先程置かれた一輪のスイカズラが、霊力の燐光に照らされ静かに輝いていた。




 *




「――という訳で、これをどうぞ」



 翌日の学校。昼休みの地域伝承研究会。

 呼び出した社に葛が差し出したのは、鮮やかな青をしたヒスイカズラのブローチであった。



「おお、綺麗……えっと、これをいつも付けてりゃいいの?」


「はい。ありったけ霊力を込めましたので、見る者が見れば何かしら勝手に解釈してくれる事でしょう。……実態はどうあれ」



 いつも葛が身につけているヒスイカズラの髪飾りと似たそれには、彼女自身の霊力がふんだんに注ぎ込まれている。

 そこに特定の術はなく、ただあるだけの物にすぎない。しかし見る者が見ればその霊力により守護とも首輪とも取れ、色々と言い訳が利くつくりとなっていた。



「これがあれば、少なくとも私の家の者が難癖をつけてくる事は無いと思います。その、天成くんには内輪の事で迷惑をかけてしまい申し訳ないのですけど……」


「や、まぁこれくらいなら全然平気っす。カッコ良いしむしろ得しちゃったよ、ありがとうねこんな良いもの」


「天成くん……」


「……ギャルより清楚コーデ向きかな……」


「天成くん……?」



 ともあれ。

 どうにか嫌われる事も無く済んだようで、葛はほっと一息。

 ウキウキとブローチを付ける社に目元を緩め、続いて紙袋を差し出した。彼の生命線たる、スイカズラの華である。



「それと、いつものこれを。今日はお詫びも兼ねて、少し多めに用意しました」


「わ、ありがとう。いやもうほんと助かりますわ……でもこれ毎度思うんだけど、大丈夫なの? 華宮さん疲れない?」


「ふふ、平気ですよ。むしろいい鍛錬になりますから」



 申し訳なさげに眉を下げる社にふわりと笑い、むんっと力こぶのポーズを取る。

 とはいえ、その筋肉は些かほども隆起しない。社はへへへ……と曖昧に笑った。



「ま、まぁじゃあ、後でありがたく頂きます。学校終わったら吸いながら帰ろ」


「それだとお昼の分が抜きになって、またげっそりとしてしまいませんか……? 私も気にしませんから、今ここで吸精して頂いても構いませんよ」



 今現在、この地域伝承研究会の教室には葛と社の二人きり。不良娘二人組はいつものように行方不明中である。

 他の目が無いのであれば、葛としては特に目の前での吸精に思うところは無い。それよりも社がまた空腹になってしまうのが気にかかった。


 彼女のその心配混じりの表情に、社も躊躇はあれど拒否の言葉は出せないまま、静かにそっと目を逸らす。



「や、前のは健全マンで……一食抜いたくらいじゃそんな……いやまぁ華宮さんが良いなら良いんだけど……」



 そうして何やら小さく零しつつ、紙袋を抱えていそいそと離れた席へ移動する。

 葛が気にしないと言っても、彼自身はやはり気になってしまうらしい。そんないじらしい様子に、また微笑みが落ちた。



(確かにまだ少しは恥ずかしいけれど、そんなに気を遣って貰わなくても良いのに)



 居心地悪げに身を縮こませながらスイカズラに口を付ける社を、葛はほっこりとした気分で眺め――



「――ひゃうんっ!?」



 不意に。

 ある場所を舐め上げるような刺激が襲い、甲高い悲鳴を張り上げた。



「えっ……な、何? どしたの?」


「っ、あ、う、その、今何か……あ、あれっ?」



 しかしすぐにそれは止まり、二度目は起きず。

 社が居る手前目視こそ出来なかったが、衣服の上から手を這わせても違和感は無かった。



「……き、気のせいでした。お騒がせしてごめんなさい……」


「そう……? 何も無かったなら良いけど……あーびっくりした」



 そして刺激を感じた場所が場所だけに、素直に話せる訳も無く。

 咄嗟の誤魔化しに納得し戻っていた社をよそに、葛は静かに周囲へ警戒を走らせた。



(あ、天成くんにはああ言ったけど、気のせいなんかじゃない……! さっき、絶対何かが、わ、私の……っ!!)



 自分が何をされたのかなど、察せない訳が無い。

 火が出そうな程に顔が赤くなり、しかしすぐに血の気が引いて蒼くなる。

 混乱と羞恥、そして恐怖に苛まれ、涙の滲んだ目で必死に原因を探り、



「――っんぁ、ま、たぁ……っ!」



 同じ場所に、再びの刺激が走る。

 警戒し身構えていたために軽く身を跳ねさせるだけで済んだものの、しかし今度は一瞬では終わらない。

 その見えない何かはぴたりと張り付いたまま、決して離れようとせず。どれだけ腰をくねらせようが変わらずにそこをねぶり続けるのだ。



(ふぁ、ぁっ……! ゃあ……んぅ……っ、ど、どこ、からぁ……!?)



 怪異か、妖魔か、それとも催眠おじさんと同種の変態か。

 机に身を伏せ、社にだけはバレたくないと必死に声を押し殺し。だがその一方、潤む瞳で彼へと縋り――。



「――は」



 そして、気付いた。気付いてしまった。

 彼の摘まむスイカズラ。その花弁、口元。舌の先――。



「何か今日、蜜の出が良いなぁ……」



 ――社が蜜を啜る舌と、感じる刺激の動きが連動している。


 それを悟った、その瞬間。

 彼の舌先がスイカズラの花弁をなぞり上げ、葛から甘い叫びが上がった。



「うわっ! ……エどしたの、華宮さ――」


「な、何でも無いです……! 大丈夫ですからっ、どうかそっとしておいて……!」


「えぇ……? うんまぁ、じゃあ……」


「……あっ、ま、違っ、天成くんあのその華、っ~~~~!!」



 すぐに訂正しようとするも、くるりと背を向けた社が吸精を再開する方が早かった。

 三度訪れた刺激に悶え、机に額を押し付ける。かりかりと、天板に爪跡を引きずった。



(な、なんでぇ!? 何で華と、私の、あの、私が……!?)



 社が何かをやったとは考えなかった。

 そんな事をする男の子ではないし、あの様子ではそもそも何も気付いてさえいないだろう。淫魔なのに。


 では何故、こんな事になっている――沸騰しかけた頭で考える中、はたと思い当たった。



(――昨日、私がスイカズラに施しかけた霊術。あれが、中途半端に発動している……!?)



 昨夜、監視の方法に悩んでいた時。葛はスイカズラの一輪に感覚共有の術を施しかけ、途中で思い留まっていた。

 おそらく、社が今手に持っているのがその一輪なのだろう。


 ……通常、霊術の発動を途中で停止すれば効力は発揮しない。

 しかし彼の並外れた淫魔としての力が、それを部分的に成立させてしまっている。彼の吸精行為に絡めた暗喩に反応し、華と葛との感覚を共有させてしまっている――。


 聡明な葛の頭脳が瞬時にそう導き出し、ただでさえ赤かった顔を更に真っ赤に塗り上げた。



(そ、そんなぁ……!? わたしどうしたらっ、あ、安心はしたけど、でもこんなのっ、余計天成くんに言えな――っあぅぅぅ……!)


(何か後ろでやってるけど……机の脚に脛でもぶっつけたのかな、華宮さん)



 素直に背を向けたままの社がスイカズラの蜜を舐め取る度、葛の腰がビクビクと跳ねる。

 葛はもうどうにかなってしまいそうだったが、唇を噛んで耐え忍び。震える指で霊具の栞を取り出した。



(か、解術……術を解けばぁっ、ん、ひぅ……!)



 集中も何もあったものではないが、その程度であれば――。

 葛は即座に霊力を込めた栞をくしゃりと握り、社の持つスイカズラへと術の破棄を命ずる。

 ……しかし、



「おっと、零れる零れる」


「ひっ、あぁぁぁぁ……!?」



 術の解除がされない。

 社の持つスイカズラへの干渉が弾かれ、感覚共有を断つ事が全く出来なかった。


 それも当然。催眠おじさんの完全催眠能力さえも易々と弾く社に対し、それさえ防げなかった葛が干渉出来る筈もないのだ。

 故に、ただ顔を覆って刺激の奔流に晒され続ける外はなく。



(せめて天成くんがっ、花弁を――んぅっ、破ってくれればぁっ、ぁ、っそ、それで終われるのにぃ……! どうしてぇ……っ)



 感覚共有の術とは、少しでも植物に傷がつけば術者との繋がりが途切れるようになっている。幻痛による術者の身体的・精神的異常やショック死を防ぐためだ。


 だが、社はまるでスイカズラを傷つける様子が無い。

 歯を立てず、啄み裂かず。舌と唇でもって、華を優しく愛でている――。



(――あ、そう、か)



 瞬間、煮立った頭が自覚した。



(私、愛でられてるんだ……。わたし、た、大切に、されちゃってる……!)



 己の命を繋ぎ、そして恩人と同じ名を冠する華。それを雑に扱う事など、社の中には発想からして存在していない。

 それを察した葛の胸が、温かいもので満たされた。



「うわ、また……ちょっと行儀悪くなっちゃうな」


「っ……!」



 何故か出の良い蜜を啜るため、社も多少はしたない吸い方をしているらしい。

 彼の舌がスイカズラの奥、窄まった筒状の部分に差し込まれ、上唇部をなぞり上げながら蜜を掬う。



「……っ! ふっ……んぃ……っ!」



 ぞり、ぞり。舌先が花冠部を擦るも、決して破る事は無く。丁寧に丁寧に舐め上げられ、葛の腰から背筋にかけ一層強い痺れが走る。

 食いしばる唇の端から、光る筋がつうと引いた。



(……ス、スイカズラ……私の、華。私のを、こ、こんなにも、大切に……)



 今度は垂れさがる下唇部を伝う蜜に舌を付け、花弁にキスを落とすように吸い立てる。

 葛からは社の背中で隠されて見えないが、それが却って小さなその音を際立たせていた。



「はぁーっ、ひ、んぅーっ……へぁ、ん……ぁー……っ!」



 耳を塞いでもなお残るその音にチカチカと意識が明滅する中、またも舌がスイカズラの奥に潜り込む。

 そして筒の内壁をこそぐように、ねりねりと輪を描き――舌の引き抜き際、その先端が長く伸びるおしべの一本をピンと大きく跳ねかいて。



「――ぁ」



 ――葛の背筋を走る痺れが、ぱちんと弾けた。



「ぁ、やぁ、あ――」



 きゅう、と苞葉の内が痙攣した。

 スイカズラの奥底より蜜が溢れ、押し寄せる。


 同時に葛の腰がガクガクと震え、指の隙間から覗く視界が白に染まった。



「~~! ~~~~っ!! ~~~~~~っっ!!!」



 イヤイヤと、それでいて喜悦混じりに首を振るが、蜜は留めようも無く昇り詰め。

 葛の肢体は抑えきれぬ衝動に大きく跳ね、その白い喉を仰け反らせ――。



「………………………………………………………………」


「 」



 ――そうして上がった視線の先。窓の外。

 酒精の雲に乗り、まんまるおめめの顔をガラスに押し付けこちらを凝視している酒視心白の姿を認め、葛の喉がヒュッと鳴った。



 ・ ・ ・。



「――ちがう、の……です」



 やがて蒼白な顔で絞り出されたのは、そんな震える一言だった。



「違うのです、心白。これは、違うのです。ほん、ほんとうに違くて――」


「え? おわ、酒視さん何でそんなとこに……」



 立ち上がった葛に釣られた社が窓を見上げ、同じように心白を見つけ目を丸くする。

 その際少し力が入ったのかスイカズラの根元部分がこりっと抓まれ、「――んあ、はぁぁぁぁぁぁ……!!」葛は甘い声と共にしゃがみ込む。


 すると心白が我慢の限界とばかりにガチャーン!と窓を開け、葛へと詰め寄った。



「いーなー! いーーなーー!! カズちゃんズルっこだよそれはー!!」


「だから本当に違うんです……! これは不幸な事故でっ、わざとじゃなくて――はっ!?」



 そうして赤い顔でぎゅうぎゅう抱き着いてくる心白を宥める最中、葛はハッと社へと振り返る。


 彼は何一つ察した様子も無く、訳が分からないといった表情で首を傾げていた。

 その手にはトロトロトトロと蜜の溢れるスイカズラがあり――それを見た葛の顔も真っ赤に爆発。社の視線から逃れるように、心白を持ち上げ顔を隠す。



「やぁっ、み、見ないでください! そんな、穢れの無い目で私を見ないで……!」


「は? え……っと……?」


「わーおヤシロちゃんマジー……? カズちゃんペロペロであんなに――」



 と、そこまで心白が口にした時、教室の扉がガラリと開いた。



「おーっす。唐揚げしこたま買い込んで来たんでよぉ、皆で――うおッ!?」



 幸若舞しおりがひょっこり顔を出したその瞬間、葛は脱兎のごとく駆け出した。もちろん、心白を抱えたままに。



「お願い見ないでええええええぇぇぇぇぇぇ……!!」


「わーーーーっ!? ひーとーさーらーいー……!!」


「あっ、おいどうした!? 唐揚げいんねぇの!?」



 そしてしおりの横を強引に通り抜け、二人は目にも止まらぬ勢いで何処かへと走り去る。

 訳も分からず置き去りとされた社としおりは、ドップラー効果を残して消えた彼女達を呆然と見送る事しか出来ず。



「……何だ今の?」


「さぁ……」



 二人で首を捻りつつ、社はふとスイカズラの最奥にぷっくり膨らむ小花弁の蕾を発見。舌先で剥き、ちゅるんと吸った。

 途端、遠くから一際大きな葛の嬌声と心白の「いったーーーー!!」という謎の実況が響き、社としおりの首は更に大きく傾いだのであった。









 ――後日。



「あの、何か最近華宮さんから華貰う時さ、めっちゃ顔逸らされるようになったんだけど……な、何か聞いてません……?」


「いや知らねーけど。まぁでもあいつ嫌だったらハッキリそう言うし、今も華貰えてんなら少なくとも嫌われたって訳じゃねーだろ。なぁ?」


「んー……たぶん、お華にアタリが混じるようになったんじゃないカナー……。あんまり多いと身が持たないだろうし、いいとこひとつかふたつくらい……」


「何の話スか?」


「蜜に激辛のやつでも混ぜたんかあいつ……?」


「まーそれは置いといて……ぼくからもヤシロちゃんにあげたいのあってねー? じゃーん、甘酒グミー。ぼくの酒精まぜまぜしてるから、オヤツくらいにはなると思うよー」


(……口から出したのじゃねぇよな……?)


「え、わ、ありがとう。やったすごい助かる」


「どいたまー……え、えーと、そんでね」


「うん?」


「そのね……それのアタリね……す、すごくビンカン……ていうかね、だからー、あのー……ガジガジじゃなくてー、トロトローって……かわいがったげて、くだしゃい……」


「ほんと何の話スか???」


「だからアタリって何なんだよ」

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