第一章 始まりと出会いと片想い

第1話 金子透の章 その1

「それにしても、ひどいよなぁ、母さんも。急に『病院に行って来て』だなんて」


 そんな事を、他に客のいないバスの中、呟いてみる。別に、僕が病気になったとか、具合が悪くなったとかではない。父さんが、仕事中にぎっくり腰になって、そのまま入院する事になったのだとか。母さんは、パートの時間だからと、僕に父さんの着替えやら財布やらを預けて行ってしまった。そんなこんなで、結構な重さの荷物と一緒に、バスに揺られている…という訳である。


 なんとなく、外に目を向けてみる。いつも通り雨が降っていて、服装からして同い年くらいの学生達が、傘をさして歩いているのが見える。


「今日もよく降ってるなぁ」


 思わず、そんな言葉が漏れた。

 この町は、ほぼ一年中雨が降っている。原因は、いまだに(いつから調査をしているのかは知らないけど)わからないらしい。とにかく、僕がこの町に産まれたときには既に、常に雨が降り続けている、そんな町だった。はっきりと言って、異常なのはわかっている。そんな事を言っても、どうしようもないのは変わらないのだけれど。


 そういえば、僕は『晴れ男』だと言われていた。小学校や中学校の行事の際に、よく晴れたからだ。さっきから、『ほぼ』とつけているのは、そのためだ。それだけで、僕が『晴れ男』と呼ばれるのはおかしい、と思う人もいるだろう。もちろん呼ばれていた理由はある。小学三年の時の運動会と中学二年のマラソン大会で、僕は風邪を引いて休むことになった。後から聞いた話だと、いつも以上の豪雨で、降水量もなんかすごかった…らしい。まあもし、僕が『晴れ男』なのだとすれば、普段から、もっと晴れていてもらいたいものなのだが、実際には雨が降り続けているわけで。とてもじゃあないが、信じられないという話だ。そもそも、信じてはいないのだけど。


 そんな事を考えているうちに、バスが病院前に着いた。この荷物を運ばなければならないのかと思うと、気が滅入るが汚い格好のまま入院させる訳にも行かないので、頑張るしかない。


 運賃を払いバスから降り、傘をさす。バスに乗ったのは久しぶりなので、運賃がいくらだったのか不安だったが、特に変わっていなかっのでありがたかった。どこの部屋に入院しているのか分からないので、まずは受付で聞かないといけないのだが…、


「やっぱり重い…」


 肩がおかしくなりそうだ。


 受付で部屋を聞いたら三階の部屋らしい。エレベーターのある病院で本当に良かった。これで階段だったりしたらと思うと、考えたくない。


 エレベーターの前に着いたので、上のボタンを何回か押す。何回も押しても、降りてくる速さが変わるわけではないのはわかっているけれど、ボタンというだけで、なんとなく何回も押したくなるものだったりする。


 降りてきたので乗り込み、『3』のボタンを押す。他に乗る人もいなさそうなので、荷物を下に置き、『閉』のボタンを押す。扉が閉まり、上がっていく。上がっていく時の浮遊感と言えばいいのかわからないけれど、この感覚が好きじゃあなかったりする。


 チーンという音と共に扉が開く。エレベーターすぐの壁に案内があり、すぐ近くの部屋は、334号室のようなので結構遠いみたいだ。


「たしか、部屋の番号は309だったはず」


 誰に確認を取るわけでもないのに、口にだしていた。荷物をよいしょと持ち上げて歩いて行く。疲れのせいもあってか、出掛けてすぐのときより重く感じるが、もうすぐなので何とか頑張れそうな気がした。


「309、309と…あった」


 5分ほど歩いて部屋を見つけた。体感時間だと20分ほどだろうか。それくらいに感じた。念のため、ノックをして部屋に入った。扉に近い方のベッドに父さんがいた。


「おう、来てくれたか。悪いな」


 父さんがこちらに気づくと、元気そうに、ニカッという効果音が出そうな笑顔で、むかえてくれた。


「もう大変だったんだからね、本当に」


 荷物を渡しながら愚痴を吐く。


「いやぁ、すまん、すまん。急にこう、グキッってな感じでやっちまってな。あっはっはっは」


「他に患者さんいるんだら、静かにして」


 父さんが高らかに笑うのを止める。相変わらず、うるさい。元気そうで安心したけど。


「それで、具合はどうなの?」


「ああ、1ヶ月くらい入院することになった」


「そうなんだ、了解」


 ぎっくり腰って、そんなに入院しないとなんだなぁ。


「あ、帰る前に売店で、コーヒー買ってきてくれ。無糖のやつ」


「飲んで、大丈夫なの?」


「まあ、大丈夫だろ」


「適当すぎる…。まあ、行ってくるよ」


「悪いな」


 そう言って、500円を渡してくる。受け取って、部屋を出た。


 売店の場所が分からないので、とりあえずエレベーターのところまで歩いてきた。壁にある案内を見る。


「一階かぁ、めんどくさい…」


 またしても、声に出てしまった。前から思ってはいたけどどうやら、思ったことが独り言として出てきてしまうらしい。変なことを言わないように気を付けないと。


 エレベーターの下のボタンを押す。扉が開いたので、乗り込み『1』のボタンを押す。扉が閉まり、降りていく。降りていく時の感覚も好きじゃあない。


 一階に着き、扉が開く。一階の壁にも案内があるので見てみる。エレベーターホールを左に行く感じみたいで、オレンジ色のテープの線をたどれば良いらしい。

 歩いて3分ほどで売店に着いた。


「無糖のコーヒーだったよね」


 飲み物のコーナーに向かう。目的のものはすぐに見つかったので、手に取る。1缶130円なので、念のためもう一本と、何か自分にも買っちゃおうかなと思い、他の飲み物を見る。ミックスオーレが有ったので手に取ろうとした時、誰かの手とぶつかってしまった。慌てて謝る。


「す、すみません」


「ううん、こっちこそごめんね」


 良かった。怒ってはいないらしい。そう思って、ぶつかった手の主を見た。見た瞬間、息をのんだ。髪は金髪のような感じで、目は緑色をしていて、ハーフの人なのだろうか、とにかく一言で言うなら、すごく綺麗なお姉さんだった。だいぶ見つめてしまっていたらしい。


「ええと、大丈夫?」


 心配そうに声をかけられてしまった。


「あ、え、ええと、あ! これ買うつもりだったんですよね? どうぞ」


「え? あ、ありがとう…。本当に大丈夫?」


「だ、大丈夫です! 大丈夫です! 僕はこっちを買うので!!!」


 上ずった声でそう答え、僕はミックスオーレの隣のイチゴオーレを手に取り、素早くお会計を済ませ、売店から出ていった。

 端からみたら、不審者に勘違いされそうなくらい挙動不審な感じになってしまった。


 気づいたら、父さんの病室でイチゴオーレを手にしていた。売店から戻ってから今まで何をしていたのかわからない。父さんが心配そうにこっちを見ている。


「おい、大丈夫か?」


「父さん…、今、何時?」


「ん? ああ、7時ちょい前くらいだぞ」


 時計を見ると、病院に来てから2時間くらいたっていた。どうりで、手に持っているイチゴオーレがぬるい訳だ。

「売店から戻ってきてからずっとぼーーーっとしてて、帰んなくていいのか聞いても何にも反応しなかったから心配したぞ」


「うん…、もう帰るよ」


「おう、気を付けてな」


「父さんも、無理しないでね。また来るよ」


 そう言って、荷物をもち、部屋を出る。

 まさか、小説なんかでみたような表現を、自分に使う羽目になるとは思わなかった。『事実は小説より奇なり』なんて表現がある理由が分かった気がする。


 病院を出てバス停に着いた。傘をたたみ、バックの中身を見る。父さんのスーツやらなんやらが入っているのを確認する。そういえば、次のバスの時間を確認していなかったなと思い、時刻表を見てみる。ええと、7時だから…、7時42分…と書かれている。


「えっ! 40分後なの?!」


 ちゃんと帰りのバスを確認しておくべきだった。これだから田舎は、というやつだ。電車やバスが基本的に一時間に1本で、通勤時間とかでも2,3本というやつである。数時間に1本じゃあないだけ、ましだろとか言われるかも知れないけど、結局不便なことにはかわりないのだ。


「40分…40分かぁ」


 夏が近いので、そこまで暗くはないのがせめてもの救いだけど、少し蒸し暑い。何も出来ないのでバスが来るまでただ待つしかない。そういえば、母さんは、父さんが1ヶ月入院するって教えてくれなかったけど、知ってるんだろうか。一応、メッセージを送っておこう。


 20分位たち、近くで足音がした。誰かがバス停に来たらしい。


「あれ、君はさっきの…」


 声をかけられたのでそっちを向くと、さっきの売店のお姉さんだった。








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