ヒーロー その⑧
見つけた。やっと、あの顔面モザイクビッチ宇宙人を。
俺、花坂形離には運が致命的にない。
それはこの人生で嫌というほど理解している。
だから運に頼るのではなく、頭を使った、邪神を使った、身体を使った、人を使った、コネを使った、その他運以外の全部を使って、我が子を……そして恩人を絶対に助けると誓って行動した。
腐女子と契約し、松本さんに頼り、その伝手を使ってオーナーの協力を取り付け、裏の倉庫にあったパレード車を拝借して遊園地内を駆けずり回った。
けれど最後の最後にこの宇宙人にたどり着けたのは……まさかの偶然だった。
一人の少女の叫びを偶々聞いた。まるで助けを求める誰かの声を聞き逃さない、ピンチに駆けつけるヒーローのように。
そうしてパレード車を爆走させて、宇宙人の横っ面を吹き飛ばした。
「うわあああああああああああああん」
名も知れぬ少女が泣きながら遠ざかる。それを俺は横目で見届けながら、吹き飛んだ宇宙人へとパレード車を再度発進させる。
油断はしない。銃らしきものは先程の衝撃で落としたようだが、とりあえずその四肢をぐちゃぐちゃにするまでは宇宙人に猶予を与えるつもりはない。
エビや佐藤さんの居所を聞くのはその後だ。
『次カラ次ヘト。今度ハナンダ……オマエ、ハ。何モノ、ダ』
だからそんな呟きに解答する暇は無い……はずのなについつい頭にキて名乗らずにはいられなかった。
「俺はお前が誘拐した子供の
『ハ? ママ?』
宇宙人は俺の発言にアホみたいな間抜け面……のようなモザイク顔を晒す。
なんだそのグロキモイ顔はふざけてんのか。
「俺が死ぬ思いをしながら
『ソウカ……オマエ、アレノ苗床カ。……寄生サレテ狂ッタノカ? イヤソモソモ、何故マダ生キテ……』
「狂う? はは、狂っているのは
それで問答は店じまい。あとはコイツの五体をボコボコの再起不能にするだけ。
『調子ニ……ノルナ!』
戸惑いから立ち直ったのか、宇宙人はそう思念で反論すると懐からボールペンみたいな銀色の棒を一本取り出した。
嫌な予感がする。
こんな場面でいきなりお絵描きをはじめるほどコイツもバカじゃないはずだ。
ならあれは、
「武器か」
それともそれに類するナニカ。とりあえずそう判断を下しパレード車で宇宙人にもう一度体当たり、の筈が宇宙人の持っていた銀色のボールペンらしきモノに……パレード車が粒子状に崩れて吸収されていく。
「くっ……」
間一髪、パレード車から飛び降りた俺は何とかその不可思議な現象の影響から逃れられた。
「……そういえばはじめて襲われた時も、ソイツを持っていたな」
はじまりの夜。あのボールペンから出てきたナニカに襲われて、俺はエビを体内に埋め込まれた。
どうやらあのボールペンみたいな機械は取り出すだけじゃなく、捕まえる機能もあるようだ。
まるでモンスターボールだ。しかもあの問答無用の吸引力は厄介なことこの上ない。ダイソンもびっくりである。
……だがこれでエビと佐藤さんの二人がどこにいるのかがわかった。つまりこいつが持っているあのボールペンを奪えばいいわけか。
「だけどそう簡単にはいかない、か」
初撃のパレード車の突撃でヤツにもそれなりのダメージがあるはずだが、素手で制圧できるほど弱ってもいない。おまけになんでも吸い込める異次元ボールペンというチートアイテムはヤツにとって捕獲機だけじゃなく武器にもなりえる。
だから俺にも武器がいる。
候補はある。それはヤツが先ほど落とした銃に似た武器。それさえこちらが手にすれば、形成は逆転する。
所詮ヤツの今持っているボールペンは便利な捕獲機、武器じゃない。正真正銘の武器をこちらが持てば、言う事を聞かせるのも不可能じゃないはず。
「……」
けどヤツだって現状は理解している。
俺の狙いが自分の落とした武器だとわかっているから、迂闊な隙は見せない。
俺と武器までの距離は凡そ十メートル。そして宇宙人もそれぐらいの距離。
たぶん走れば、負傷している宇宙人より俺の方が早く武器を手にする事ができる。だがそんな隙を見せれば、絶対にヤツはあのボールペンを使って俺を仕留めにくる。
「『…………』」
じりじりと肌を焦がすような微妙な間。いわゆる膠着状態に陥る。
『……ク』
先に動いたのは宇宙人だった。そしてその速度は、俺の予想より幾らか速かった。
「まずいっ!」
このままでは、ヤツに武器が渡ってしまう。そうなれば圧倒的に俺が不利になる。
『ワタシノ、勝チダ!』
勝ち誇った顔をして、武器に手を伸ばす宇宙人。
俺はその様子を三歩ほど空いた距離で見つめながら──懐から銃を取り出す。
『ナニ!?』
驚いた宇宙人は一瞬動きを止める。俺はそんなアホ面向かって持っていた銃を撃つのではなく投げつけた。
投げつけたソレは、元々今日のヒーローショーで使うはずだったオモチャの銃。
だがそんな事を知らない宇宙人は咄嗟の事態に思考を混乱させて動きを止め、そのまま顔面でもろにオモチャの銃を受けてしまう。ナイス顔面。ドッジボールならセーフ判定をもらえただろう。
『ガハ』
そうしてがら空きになったヤツの手から、例のボールペンを奪い取る。
「──取った!」
そうして一瞬の交差の後、俺は転がるようにして宇宙人から遠ざかる。
「……取り戻した、取り戻したぞ」
束の間の安堵。しかしそれが致命的だった。
『手間ヲ……カケサテクレタナ』
宇宙人は俺からボールペンを奪われた後、即座にボールペンは諦め武器を拾う事に切り替えたようだ。
そうして勝敗は決まった。一方は銃に似た武器を手に己が標的に照準を定め、また一方は使い方もわからないボールペンを握りしめているだけ。
誰がどう見ても勝敗は決している。だからだろう。宇宙人は余裕を持って俺を脅しつける。
『ソレヲ渡セ』
「断る」
やっと……やっと取り戻した大切な人達、絶対に離すものか。命に代えても。
『フッ、ソウカ』
予想していた返答なのだろう。宇宙人は嘲笑ともとれる顔をして、そのまま引き金に手をかけ──
【形離、ぶっ放すぞ】
そうして待ち望んでいた園内放送を、俺はやっと聞き届けた。
『ナニガ──』
事態を理解できない宇宙人が訝しげに顔を顰め、
「教えてやるよ
中指を立てながらそう吐き捨てた直後、盛大な花火が打ち下げられた。
鮮烈な炎の花々が盛大に地上に咲き誇り、その場一体を焼き尽くした。
オレ、松本啓介が形離に頼まれたのは主に三つ。
まず一つ目がここのオーナーと交渉してヒーローショーのプログラムを変更すること。
二つ目が遊園地内を走り回れる大型車の貸し出しの承諾。
そして最後の三つ目、これが中々頭のおかしな頼みごとだった。というか不可能に近いことだった。
それは……開園十周年記念で使われるはずだった打ち上げ花火を、あろうことか宇宙人に向けて発射し爆発させること。
こんなもの、頼む方もおかしいが、許可する人間も頭がおかしい。
だが世の中頭のおかしいやつばかりなのか、何故か許可がもらえた。
そうして形離が誘拐犯の宇宙人?を引き付けている間に、裏方のオレは準備が整い次第そいつ目掛けて花火をぶっ放すという頭のおかしい作戦が見事出来上がったわけである。
そして事の顛末。避難誘導やらなんやらを済ませ、どうにかこうにか花火職人を腐女子と呼ばれていた怪しい女に協力してもらって洗脳……もとい仲間に引き入れ、こうして世にも奇妙な地上に向かって打ち下がる花火が実現した。
「いや形離も巻き込まれなかったか今の?」
宇宙人に見事直撃して爆発したのは良いが、あれでは近くにいた形離もヤバいのでは……。
「平気だろう。さっきも言ったが、形離が今着込んでいるあの糞ダサ赤色ヒーロースーツは防火耐性のある特殊スーツだ。それに加えて形離にはワタシの特別な加護が、エイリアンの泣き声騒動の時に仕込んである。故にあの程度の花火、直撃でなければ死にはしない」
そうして真横で何故か自慢げな得体の知れない女がそう答える。いやそのアンタの加護が一番信用ならないから、こうして不安なわけだが。
「……ヒーローを支えるのも楽じゃないな」
そんなボヤキを吐きながら、地上に咲いた汚ねぇ花火を眺めるのだった。
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