ソックリさん

九傷

ソックリさん

 


 俺はラジオが好きだ。

 何故ならば、手も使わず、見る必要もないからだ。


 俺は忙しい。

 志望校に受かるために勉強もサボらないし、クラスメートとの交流のためスマホゲームもやり込む。

 さらに、趣味の執筆活動も行う。


 これらの活動と並行して楽しめるのはラジオくらいだった。

 だから、本当に重宝している。


 しかしだ。

 人間の欲望とは際限がないもので、俺の欲求は当然抑えきれていない。

 アニメも見たい、漫画やラノベも読みたい、テレビゲームもしたい、筋トレもしたい。

 あれもこれもしたくて、体が一つでは全然足りない。

 分身の術……、それもNARUTOタイプの経験値が本体に統合されるタイプが使えれば、どんなにいいことか……


 そんなことを考えていると、ラジオから興味深いCMが流れてくる。



『体が一つでは足りないと思っているアナタにピッタリのサービス「ソックリさん」をご紹介いたします! 「コックリさん」ではありませんよ? 「ソックリさん」です! 文字通りアナタのソックリさんを用意して、煩わしい業務や勉強などを代行するサービスでして、自由な時間を作ることができるというサービスになります! なんと今なら無料ですよ! 無料!」



 おいおい、マジかよ。

 まさに今俺が欲しているサービスじゃねぇか!


 いやいや、でも、そんな上手い話があるか?

 いくらなんでも、自分のソックリさんを用意することなんてできるハズ……、いや、あるのか。

 昨今の特殊メイクの技術はかなり進んでおり、人とソックリの顔を作り出すことも可能となっている。

 そういった技術を使えば、あとは似たような体格の人間さえ用意できれば、精巧な分身を作り出すことは可能だ。

 残念ながらNARUTOタイプは無理だが、代わりに学校に通ってもらうくらいのことはできるかもしれない。



『気になる方は、今から言う番号に連絡を入れてください! 先着20名までのサービスになりますので、お早めの連絡をお待ちしております!』



 先着20名!?

 それはそうか、特殊メイクには結構な金額がかかるという。それを無料で提供するというのだから、人数制限がされるのは当然のことだ。恐らくモニターとして20名用意したいということなのだろう。

 しかし、どうする?

 ソックリさんを作るというのだから、当然個人情報を提供しなければならない。

 こんな怪しげなサービスにそれを伝えて大丈夫か……って考えている間に番号が発表された!

 クッ……迷っている時間はないか! やるっきゃない!



『おめでとうございます! アナタは現在11人目の受付になります!』



 よっしゃあ! 間に合った!

 11人目ということは、それなりに危なかったようだ。

 あと数秒遅れていれば、間に合わなかった可能性がある。


 一先ず俺は安堵しつつも、ガイダンスに従いIDの発行を行う。

 どうやらこのIDを使い、スマホなどでネットに情報を入力するようだ。

 やはり顔写真も必要らしい。まあ、ソックリさんを作るのだから当然だろう。

 今はスマホで簡単に撮影できるので、顔写真を登録するのも敷居が低い。



 そんなこんなで情報を全て入力して一息つく。

 ソックリさんが完成するのに大体一週間ほどかかるらしい。

 一週間後、どうなるかが楽しみだ。





 ――そして、一週間後。





「なぁ菅原、見たぜメンズビュー!」


「あ、私も見た! 凄いよね! どうして教えてくれなかったの!?」


「……え?」



 いつものように学校に登校すると、クラスメートの何人かが俺に声をかけてくる。

 普段会話をしない女子まで……、一体何事だ?



「とぼけんなよ! ほれ、持ってきたぜメンズビュー!」



 メンズビューとは、どうやらファッション誌のようだ。

 名前から察するに男子向けの雑誌のようだが……



「ほら、ここ、読モのコーナー!」



 クラスメートの指さす先、そこには、確かに俺そっくり……、いや、俺がいた・・・・



「は……? なんで……?」


「いや、ここで迫真の演技とかいらないから。名前だって本名で紹介されてるじゃん」



 確かに、写真の下には俺の本名である「菅原 道輝すがわら みちてる」という名前が書かれている。

 しかし、当然ながら俺には全く身に覚えがない。

 ……いや、一つだけ心当たりがあった。「ソックリさん」だ。

 考えてみれば、今日はあのラジオのキャンペーンに登録してから一週間後である。

 二日も経つと熱は冷め、すっかりキャンペーンのことなど忘れていたが、もしかしたらソックリさんが動き出したのかもしれない。

 しかし、どうする? ここでコレは偽物と言ってしまえば、全ては無駄になってしまうかもしれない。

 かと言って、これは自分だと言っていいものか……



「……え~っと、まあバレたらしゃあないか! 実は街でスカウトされてさ~」



 結局俺は、嘘をつくことにした。

 キャンペーンの活動であった場合、俺が余計なことをすると邪魔することになりそうだからだ。

 ただ、最終的には俺の自由時間を作るための活動だとしても、事前に話は通して欲しかった。



 それから数日間は、俺もチヤホヤされて良い気分を味わえた。

 俺自身読モになれるほど顔が整っているとは思っていないが、雑誌の中の俺はどこか輝いて見えて、同じ顔なのに少し誇らしくなったりもした。

 しかし、時間が経つにつれ、段々と周囲の目が怖くなり始める。



「Youtube見たぜ! 凄いな! もうチャンネル登録者数1万超えてるじゃん!」


「え? あ、ああ、自分でも驚いてるぜ」



 当然だが、俺はYoutubeチャンネルなんか開設していない。

 また俺のソックリさんが、勝手に活動したのだ。


 なんだか気持ち悪くなった俺は、午後前に学校を早退した。





「あ、ミッチーだ!」


「あら、本当。学校はどうしたのかしら?」


「お、菅原のミッチーじゃん! LINE交換してよ!」


「ミッチー、ウチ弱小チャンネルだけど、コラボしませんか?」


「菅原君だ! 実物はちょっと地味? だけどやっぱりカッコいい気がする!」


「ミッチー、俺らとこれからカラオケ行かない?」





 なんだ、なんだ、なんだこれは!

 俺の知らないところで、俺を知っている人間がどんどん増えている。

 街を歩けば、必ず誰かに声をかけられる。


 怖い、怖い、怖い!


 俺は恐ろしくなり、ハンカチで口を押さえながら走って家に逃げ帰る。



「ハァッ……、ハァッ……」



 家の中に駆け込み、乱れた息を整える。

 ここまで来れば、俺を知っている他人に声をかけられることもない。



「あら、お帰りなさい。どうしたの? そんな息を切らして?」


「い、いや、ちょっと、体調悪くてさ……」


「そうなの? さっきは元気そうに見えたけど……」


「…………え?」



 さっきとはなんだ。

 俺は今帰ってきたばかりなのに。



「え? じゃないわよ。さっき元気そうな顔して「幸子ちゃんに会いに行く」って出て行ったじゃない。あ、もしかして、幸子ちゃんにフラれたの? だからそんな死にそうな顔で……ってちょっと道輝!?」



 俺は母さんの言葉を聞き終わる前に家を飛び出す。

 向かう先はもちろん、住崎 幸子すみさき さちこ――幸子姉ちゃんの家だ。


 幸子姉ちゃんは現在大学三年生で、週の半分は午前中で講義が終わるため昼前には家に帰ってきていることが多い。

 それどころか、一日休みの場合もある。今日はどうだっただろうか……流石に覚えていない。

 しかし、なんとなくだが、今は家にいる気がする。いや、間違いなくいるのだろう。

 ……そうでなければ、俺のソックリさんが向かうとは思えない。



(クソ! 何をする気だ!)



 幸子姉ちゃんとは子どもの頃からの付き合いで、昔から色々世話をしてもらったり、勉強を教えてもらったりしていた。

 おっとり系の美人なこともあって、俺は昔から彼女のことが好きだった。

 年齢が3つ離れているせいで同じ学校に通えず悔しい思いをしていたのだが、大学であれば4年制のためギリギリ同じ学校に通える期間がある。

 だからこそ俺は勉強をサボらず、志望校に通えるよう努力をしていた。

 そして、志望校に合格した暁には、彼女に告白をするつもりだったのだ。



 嫌な予感がする。


 ソックリさんの目的はなんだ?


 ……非常に嫌な予感がする。



 幸子姉ちゃんの家に着き、インターフォンを押す。

 しかし、反応がない。

 彼女の家は共働きのため、今は幸子姉ちゃんしかいないハズ。

 もしかしたら寝ているのか……、などという楽観的な考え方はできない。

 俺は迷わず扉を開く。やはりというか、鍵はかかっていなかった。


 家に入った瞬間、俺の靴と全く同じ靴が並んでいることを確認する。

 嫌な予感は、確信に変わった。


 靴を脱いで一気に階段を駆け上がる。

 長年遊びに来ていたこともあり、幸子姉ちゃんの部屋の位置はしっかりと把握している。

 幸子姉ちゃんの部屋の前にたどり着いた俺は、ノックもせずに扉を開け放った。



「よぅ、お疲れ、


「お前……っ! 幸子姉ちゃんに、何をした!?」


「何って、ナニをだよ。見ればわかるだろ?」



 そう言われ視線をベッドに向けると、まず乱雑に散らばった衣服と、下着が目に入る。

 そしてベッドの上には……、幸子姉ちゃんが、裸で寝かされていた。



「……っ! てめぇ……っ!」


「おっと、そう怒るなって。ちゃんと同意のうえだぜ? つまり、告白もOKだったってことだ。情けないお前の代わりに、俺が気持ちを伝えてやったんだ。むしろ感謝して欲しいな」


「そんなこと……、てめぇにされる筋合いはねぇ!」


「いやいや、俺の役目は、お前の代わりに「より良いお前」を演じ、自由にさせてやることだ。これもその結果だよ」


「ど、どういうことだよ!」


「わからないか? 彼女はな、ずっと待ってたんだよ。お前に告白されるのをな」


「っ!?」



 幸子姉ちゃんが、待ってた……? 俺に告白されるのを?



「普通に考えればわかるだろ? この美貌で、この年齢まで彼氏つくったことないなんてまずあり得ない。まあつまり、お前たちはずっと両想いだったんだよ。だから彼女泣いてたぜ? ずっと待ってた、凄く嬉しいってな」



 そんな……、俺はずっと、幸子姉ちゃんのことを待たせていたのか……



「ということで、めでたしめでたしってことだ。あ、安心しな、幸子姉ちゃんは疲れて寝ちゃってるから、今の話は聞こえてない」



 それを聞いて少し安心しかけたが、すぐに怒りが再燃する。



「っ! い、いや、何もめでたくないだろ! なんでこんなことをした!」


「いやいや、これから俺はお前になるんだし、処女は貰っておかなきゃダメでしょ。何事も最初が肝心だからな。俺好みに調教したかったし」



 …………は?

 俺は、お前になる?

 どういうことだ?



「お前、一体何を……?」


「理解力がないなぁ、オリジナルの俺は。言っただろ、自由にさせるって」



 そう奴が言うと同時に、俺の胸に何かが突き刺さる。

 視線で追うと、それは奴の指のようであった。

 指は第三間接まで深々と突き刺さっており、間違いなく致命傷に思える。

 だというのに、痛みは全く感じなかった。

 しかし、何かが吸い出されるような、不気味な違和感を覚える。



「これで、お前は自由だ。あとは俺が上手くやっておくから、安心して俺の中で自由に生きていいぞ。もちろん、幸子姉ちゃんも幸せにする。特等席でそれを拝ませてやるよ。嬉しいだろ?」



 その言葉を最後に、耳が聞こえなくなる。

 口もきけなくなり、目も見えなくなる。


 無音無明の暗黒。


 しかし、それに恐怖を覚える間もなく、すぐに視界が開ける。

 最初に目に映ったのは、床に落ちた俺の制服だった。





「ご利用、ありがとうございました♪」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ソックリさん 九傷 @Konokizu2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ