2-4 観光!観光!事件!? 後編


アズーラ夫妻が作り上げたブローチ、それが何者かに奪われた。しかも、その何者かはアズーラ夫の殺害未遂まで起こした。一体何の目的で……

 

 トワとアランは、現在特に目的も無く宿屋の方向へ向かって歩いている。まあなんだ、人目を避けたいだけなのだ。

 よし、この辺でいいだろう。


「アランさん。ブローチ、見つけちゃいましたー」

「なにかあるんだと思っていたけど、やっぱりか」

 

 アズーラ夫妻にブローチの特徴を聞いたのは、空間魔法で探すためだ。国中を、というか一番怪しそうな領主の館を覗き観したら速攻で見つかった。

 

「本当にすごいな。トワちゃんの魔法は」

「ですねー。自分でもびっくりですよ。他人のプライバシーガン無視出来ちゃいますからね。

 てな訳で、アランさんはアズーラ夫妻からの報酬を考えといてください。専属の職人になってもらうとか、いいんじゃないですか?」

「それは……まだ気が早いんじゃない?場所が分かったとしても、証拠が無いから多分衛兵は動いてくれないよ?どうやって取り戻すんだい?」

「なんだそんなことですか。それなら任せてくださいよ。忍び込んじゃえばいいんです。

 空間魔法なら転移テレポートだって可能なんですから!」

 

 どんどんと人外じみた力をつけていくトワだが、人前では目立って仕方がないためなかなか使える場所が少ない。これも全部貴族なんて輩がいるから悪いのだ。

 

「とりあえず、馬車で伯爵邸の前を通ってくれませんか?目視したことのある場所じゃないと転移テレポート出来ないので」

 

 トワの作戦はこうだ。

 

 まず、馬車の荷台に適当な荷物を載せて、その中にトワが隠れる。

 そのまま伯爵邸の前を通り、荷物の隙間から伯爵邸の内部を窓を通して目視し転移テレポート

 無事侵入成功。あとはそのままブローチを盗み出して、人目がないところにでも転移テレポートして脱出!!

 

 とても簡単そうだ。

 

「そんな感じで侵入するんで、よろしくお願いします」

「分かったけど、一応お面でも着けて顔を隠していこうか」

 

 屋台でブラックウルフを模したお面を買い、作戦開始である。

 宿屋シングレイに戻り、預けていた馬車を出す。隠れるための積荷は干し草を選んだ。これならどっかの厩舎か牧場にでも行くように見えるだろう。

 

 

 ――侵入目標発見!!これよりカウントダウンに入る。…………3・2・1転移テレポート!!

 ……侵入成功。敵影なし。これより目的物の奪取に移行する。

 

 異世界に来てまで渋い声の蛇さんのようなことをするとは思わなかったが、いざやってみるとなかなか楽しい。まあ、人の配置とか全部分かっちゃってるからイージーモードすぎるんだけどね。

 

 ――さて、問題は領主本人のいる部屋から、どうやって目的物を盗み出すかだが……

 ふむ。この部屋はコレクション部屋かね?

 

 トワが入った部屋は、見るからに高そうな絵画やら、壺やらが所狭しと飾られている部屋だった。ここでイタズラ魂に火がついてしまったのは領主にとっての不運か。悪魔のようなドス黒い笑みを浮かべている。

 

 ――い・い・こ・と思いついちゃった♪

 

 部屋を走り回り、飾られている美術品を全て天井に固定する。

 

 ――せーのッ!!

 

 魔法を解除し、その美術品を一斉に床に叩き落とす。領主邸には美術品が破壊される音が爆音で響き渡り、すぐにドタドタと大勢の人が向かってくる足音が聞こえてくる。

 

 ――ワッハッハ爽快爽快、天罰じゃー!!あ、領主も移動したね……転移テレポート

 

 誰もいなくなった領主の部屋の前に現れ、無事ブローチを捕獲。遠くから聞こえてくるのは悲鳴と怒号の混じった心地よいハーモニー。いい仕事したわー。

 

 ――目的物奪取成功。これより帰還任務へと移行する。ほい!任務完了!

 

 帰還場所は、ちょうど誰もいなかった宿屋シングレイの厩舎を選んだ。と言っても、ただ転移テレポートするだけなので呆気なく終わってしまったが。

 

 ――あとは、アランさんが帰ってくるのを待って、ブローチをアズーラ夫妻に届けたら依頼達成だ!……正式に依頼された訳じゃないけど。

 

 完全にお節介だが、きっと喜んでくれる事だろう。



「アランさんおかえりー」

 

 ヒヒンヒヒンと鳴いている馬と戯れること約十分。

 アランも無事戻ってきた。

 

「誰にもみられなかったかい?」

 

 戻ってきて第一声がブローチを取り戻したか?じゃないというのは、トワの魔法に慣れてきた証拠だろうか?いちいち驚かれてもアレだからそれでいいんだけどね。

 

「ええ、完璧です。今頃領主邸は大騒ぎですよ。ウシシッ」

「一体何をやってきたのか、聞くのが怖いね……」

 

 アランは聞きたくなさそうであったが、話したい欲に駆られたトワを止められる者は誰もいない。アズーラ工房に行くまでに領主邸でやってきたことが事細かに語られる。

 おや、少々刺激が強すぎたかな?アランの口が塞がらなくなってしまった。

 

 

「こんばんわー、アズーラ夫妻はいらっしゃいますか?」

 

 チリンチリンと軽快な音を鳴らすドアを開けながら声をかけると、奥からアズーラ夫妻が飛び出してくる。ドアベルの音色とは正反対に、彼らの顔はいかにも世界の終わりという感じ。うーん、可哀想に。

 

「あ、あの時の!もしかして、ブローチが見つかったり、とか……」

「元気だしてください。これですよね?」

 

 トワはポケットからブローチを取り出す。

 きっとコメディなら背景にはドヤッ!っと書かれていることだろう。いや、もしかして書かれているのか?アランが何故か目をこすっている。

 

「あ、ああ……これです、これですよ!なんと、本当に、なんとお礼を申し上げたらよいか!」

「いやいや、そんなそんな。それより、今日中に納品しなきゃなんですよね。なら、私たちが取ってきた、ということだけ伏せて納品してきてください。

 ちょっとー……騒々しい雰囲気になってるとは思いますけど」

 

 アズーラ夫妻は何度も何度も頭を下げ、しまいには地面に額をこすりつけてから領主邸へとぶっ飛んで行った。

 鍵もかけてない誰もいない、なんだけど、これは待っていた方がいいのかな?

 それにはアランも同意見なようで、飾られている装飾品を眺めながら時間を潰すことにした。



 それから一時間とちょっとが経って。


「ただいま戻りましたッ!さぁ、報酬の話をしましょう。私どもにできることであれば、なんなりとお申し付けください」

 

 おっと、なんだろうか。帰ってくるなり異様に腰が低い。

 領主亭で何かあったのかな?

 

「では、私達が報酬として求めるのは三つです」

 

 変に思っているのはトワだけのようで、アランは飄々とした顔で事前に相談した通りの事を告げてゆく。

 

「一つ、あなた方に、私たち専属の職人になってもらいたい。

 私たちが依頼したものを出来るだけ優先的に作って欲しいのです。それに付随して、ここの商品を旅商として売る権利も欲しいですね」


「二つ、大きな馬車の作成、若しくは作成するための口利きを頼みたい。

 これから何人か仲間が増える予定なので、そのための大きい馬車がいるのです。それと、トワの要望で出来るだけ揺れを少なくするような機能をつけて欲しいです」

 

「三つ、私たちがやったことは他言無用で。

 もし領主に知られでもしたら恨みで追われることになるでしょうし。それに――」

 

 アランはトワのフードを捲る。普通の顔でいても良かったのだが、何となくウインクしておいた。ただ……アズーラ夫はほぅ、とか言ってるし、隣で書類を認めている妻に脇腹を抓られている。

 やらない方が良かったかな?


「こんなに可愛いんです。領主には黒い噂もあるので、出来るなら関わりたく無いのです」

「え、えぇ、確かに。その美貌では間違いなく狙われるでしょうね。

 領主の含めて、全て了解致しました。

 馬車に関しては私どもでは扱っておりませんので、〈ブルーノ車両工房〉への口利きと、費用の全額負担をさせて頂きます」

 

 予定では口利きだけのつもりだったのだが、ラッキーなことに費用の全額負担まで付いてきてしまった。

 善行は積極的にすべし。異世界でも変わらんね。


 話が終わると、アズーラ妻が認めていた書類を机の上に広げ、針と……これはなんだろうか。よく分からない棒が出てきた。

 

「トワさんは初めて見ますか?これは契約魔法の触媒です。どこかの凄腕の発明家が大量に作ったそうで、商人たちの間では無くてはならない物になってるんですよ」


 ――ふーん。凄腕の発明家ねぇ。契約とか、そんな倫理全然無かったからそういうものだと思ってたけど、ちゃんとしてる人もいるんだな。まてよ、もしかしたら異世界人という可能性もあるか?


 何やら色々と考えているトワだが、それはいずれ分かるだろう。

 四人は血判を押し、これで魔法での『契約コントラクト』が成立だ。よって、口約束ではなくなり魔法的効力を持つ契約となるのだが、この契約、破ると奴隷に堕ちるのだという。

 なぜそこまでするのか。トワはただ遊び半分で首を突っ込んだ事件だが、アズーラ夫妻にとっては命に関わる問題。良くて奴隷堕ち、最悪死刑になるレベルのものだったらしい。

 だからやけに腰が低いわ、魔法契約の書類を作るわする訳だ。

 

 

 こうして、アズーラ夫妻のブローチ強奪事件は幕を閉じた。事を企んだアテル伯爵だけが損をするという、何とも素晴らしい結果だ。

 ちなみに、ブルーノ車両工房から連絡を受けたが、馬車の完成は十日後。早いのか遅いのか分からないが多分早いのだろう。驚いたのはその後、費用なんと白金貨三枚だそうだ。

 それを聞いたアランは、白目を剥きながら乾いた笑いをこぼしていた。


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