第1話
かつて、この星には高度な科学技術を有した文明が栄えていた。
天にも届きそうな建物が地上を埋め尽くし、人を乗せた乗り物がそれら建物の間を自由自在に飛び交う。食べる物に困る事も病気に苦しめられる事もなく、人々は何一つ不自由ない平和な日々を送っていた。
だが、その時は突然訪れた。
当時世界の半数以上を支配していたカーボニア王国で内乱が起きた。時の国王のやり方に異を唱える者達が現れ、クーデターを引き起こしたのだが、反乱者の数は少なく、そう長くは続かないであろうと王政府側は高をくくっていた。
しかし、内乱の火は一向に消える事はなく、徐々にその勢いを増していき、あっという間に世界中に飛び火していった。
結果、世界は戦火に包まれ、多くの生命が失われた。人の生命だけではない。美しい自然も高度な文明も、その戦争はありとあらゆるものを奪い去っていった。
そして、人々がいなくなっていくと同時にその戦争も終焉を迎えた。わずかに生き残った人々は世界各地に散らばり、また一から文明を築き上げていく事となった。
それから約二千年後――
南の海に浮かぶ島国ナウィート。赤道直下にあるこの国は国土の半分以上を砂漠が占めている。島の中心のほとんどは砂漠地帯であり、人々の多くは沿岸地域で生活をしていた。
また、ナウィートは観光業に力を入れており、毎年多くの観光客が訪れる国でもある。常夏の島国にバカンスに来る者が主だが、もう一つ観光客がこの国を訪れる理由があった。
ナウィートの中心部にある砂漠からは多くの遺跡が発掘される。その発掘された遺跡は観光の名所とされ、これを目当てに来る観光客は少なくなかった。
そんな砂漠の遺跡を発掘・調査する数人の男達がいた。彼等は最近見つかった新たな遺跡をハケやブラシを使って土埃を除去し、慎重に発掘作業を行っていた。
炎天下の茹だるような暑さの中、男達が作業を行っていると、
「よーし、今日の作業はこのくらいにして一旦切り上げるぞ」
作業着を着た恰幅の良い男性が、発掘中の作業員達に声をかけた。そう言われ、作業員達は手を止め、立ち上がるとグーッと背伸びをして体をほぐす。しかし、一人だけ手を止 めず作業を続ける者がいた。声が聞こえていなかったのか、黙々と作業に没頭している。その最後の一人に気が付いた恰幅の良い男性は、呆れたようにため息をついた。
「アイツ、まーた夢中になっちまってんな。おーい! サヴェロ! もう終わりだ! 作業を止めろ!」
直接大声で声をかけられ、ビクリと肩を震わせ立ち上がったのは、まだあどけなさが残る少年であった。
「ごめんなさいバーグさん。ついついのめり込んじゃって」
サヴェロと呼ばれた少年は照れ笑いを浮かべながら恰幅の良い男性バーグのもとへと駆け寄った。
「まったく、お前って奴は遺跡の事となると本当に周りが見えなくなるなぁ」
「あははは、だって楽しくて仕方がないんですもん」
屈託のない笑顔で答えるサヴェロにバーグはやれやれと頭をかく。
「そんなに好きか、遺跡を調べることが」
「うん、大好きだよ。だから、こうやって遺跡の発掘調査を手伝わせてくれるバーグさんには物凄く感謝してる」
「やってもらってんのはほとんど雑用みたいなもんだがな。……で、お前も親父さんみたいになるのか?」
その問いに、サヴェロはニッと笑い「もちろん」と答えた。
「俺はいつか旅に出て世界中にある遺跡を調べて回るんだ。そして、父さんが出来なかったカーボニア文明の謎を解くのが俺の夢だよ」
サヴェロは自信満々に自分の夢を語る。しかし、今度はそれを聴いたバーグがキョトンとした表情になるが、バーグもまたハッハッハと豪華に笑い、
「いいぞサヴェロ! 男の夢はデカくなくちゃいけねぇ」
と言いながらバーグはサヴェロの背中をバンバンと力強く叩き、背中を叩かれるサヴェロの顔には引き攣った笑顔があった。
「こんな雑用みたいな事で良いならいつでも来てくれ」
「ありがとうバーグさん。……っと、もうこんな時間か、それじゃあ俺もう帰るね。また来るから」
「おう、待ってるぞ」
サヴェロはバーグに挨拶をすると、近くの岩陰に移動し、そこに停めてあった四輪バギーに跨った。そして、キーを差し込み、回してエンジンをかける。サヴェロはヘルメットを被ると、バギーのスロットルを開き、自分の住む街へと走り出した。
岩と砂しかない砂漠を一台の四輪バギーが疾走する。バギーを駆る少年サヴェロは何やら嬉しそうに鼻歌を歌っていた。
「いやぁ、やっぱり遺跡はいいなぁ。ロマンがあるっていうか、見てるだけでも飽きないよねぇ」
四輪バギーを運転しながらにやけた顔で独り言を呟くサヴェロ。傍から見れば完全に怪しい奴だが、ここは砂漠のど真ん中。サヴェロは人の目を気にすることなく上機嫌で砂漠を駆け抜けた。
陽が沈み、東の空が青紫色に染まり始める。空には多くの星が輝きだしていた。夜空の星々は見る者を釘付けにするほど美しい光景であったが、サヴェロはそれを見て「やべ」と少し焦りだした。
「ゆっくりしすぎたかな。早くしないとバイトに遅れそうだ。少し急ごう」
そう言って、サヴェロがスロットルを開き加速しようとした時だった。サヴェロの進む方角の空から、赤く光る謎の物体が落下してきた。
「え? 何あれ? 隕石?」
サヴェロは思わずブレーキをかけるとその場に停車し、その空から落下する物体を眺めた。
その物体の輪郭は徐々に大きくなり、ついにはサヴェロから数百メートル離れた位置に落下した。
ドーンという衝撃音と共に大量の砂が巻き上げられる。落下位置からかなり離れていたサヴェロのもとにも大量の砂が降り注いだ。
「ぶわっぷ! ビックリした~」
サヴェロは落下した物体がある方角に目をやると「行ってみよう」と呟き、バギーを方向転換させ走り出した。
少しバギーを走らせると、そこには大きなクレーターが出来上がっており、その中心には銀色をした鶏の卵の様な形をした物体が砂に埋もれていた。その物体の大きさは約三メートル程。目立った欠損は無く、鏡のような光沢があった。
最初は遠巻きに見ていたサヴェロであったが、その落下物を間近で見るため意を決しクレーターを降りていく。
「人工物か? これ……でも何で空から」
クレーターの中心にある銀色の謎の物体に近付くサヴェロ。先程まで空気との摩擦で赤熱していた物体だったが、熱は感じられなかった。
近くで見れば見るほど不思議な銀色の落下物はサヴェロに興味を抱かせた。好奇心を刺激されたサヴェロは少し恐れながらもその表面に触れてみた。
すると突然、その物体に小さな隙間があらわれ、プシューという音と共に中からひんやりとした空気が噴き出し、その隙間に沿って銀色の落下物が大きく開かれる。
そして、その落下物の中には一人の少女が仰向けに眠っていた。黒い髪は肩口で切り揃えられ、純白のピッチリとしたタイツを全身に纏っていた。
「お、女の子?」
サヴェロの動きと思考が停止した。今目の前で起きている出来事に頭がついていかないというのもあるが、もう一つ落下物の中から現れた少女に見とれてしまっていたのであった。整った顔立ちに、白く透き通った肌。その黒い髪は絹を連想させた。どのくらいの時間だろうか、サヴェロはその少女を見たまま突っ立っていたが、ハッと我にかえると少女の無事を確める為更に近付いた。
「動かないけど、生きてるのかな」
サヴェロはそーっと少女の顔を覗きこんだ時だった。
『そこの貴方、突然で申し訳ありませんが私達を助けていただけないでしょうか』
囁くような女性の声がサヴェロの耳に入ってきた。その声に驚いたサヴェロは思わず仰け反るように飛び退いた。
「ビックリした~起きてたの?」
サヴェロは少し離れた所から少女に話しかけるが、少女からの返事はない。どうやらまだ眠っているらしい。
では、誰が自分に話しかけてきたのかと、サヴェロは辺りを見渡すが、自分とその眠っている少女以外に人影は見当たらない。誰が話しかけたのだろうと首を傾げていると再びサヴェロの耳元で囁くような女性の声が聞こえた。
『私はそこで眠られている方ではありません。その方の隣にある剣です』
そう言われ、サヴェロは右に視線をずらす。そこには、刃渡り七十センチメートル程の剣が置かれていた。剣は片刃で、淡く青白い光を放つその刀身は蝶の羽を連想させた。
「剣が喋ってる……」
またもありえない事が目の前で起き、再び半口を開けてフリーズするサヴェロ。だが、そんな事はお構いなしに、その青白く光る剣はサヴェロに話しかけた。
『お願いです。ほんの少しの間でよいので、我々を匿っていただけないでしょうか?』
「いや、匿うって言われてもさ……」
サヴェロは無理矢理頭を働かせ、何とか言葉を返すが、今の状況を把握するだけで精一杯であり、とてもお願いを聞くような余裕はなかった。それでも、喋る剣は抑揚のない声で懇願する。
『理由は後で必ず説明します。この方が目を覚まされるまで結構です。どうか』
食い下がる喋る剣に、サヴェロは「うーん」と思案する。さすがに眠っている女の子をこんな砂漠のど真ん中に放置して帰る訳にもいかない。悩んだ末、サヴェロは「わかった」と返事をした。
「とりあえず、ここから移動しようか。こんな所にいつまでもいる訳にもいかないし」
『ありがとうございます』
喋る剣は冷静な声で感謝の言葉を述べた。そして、サヴェロは眠っている少女を移動させるため、少女を抱きかかえようとする。細身の少女であったが、脱力している人間を抱え上げるのは非常に力がいる。しかし、サヴェロはそれ程苦にせず抱え上げた。
サヴェロは抱え上げた少女の顔を見て赤面するが、邪な感情を振り払うかのように頭を振って顔を引き締めると、自分の乗ってきたバギーへと移動した。
バギーは一人乗り用であったが、後部に荷台が備え付けられていた。少女を荷台に乗せるのは何だか申し訳ないと思ったサヴェロであったが、これしか少女を移動させる手立てがないので、サヴェロは「ごめん」と眠る少女に謝ると、少女を荷台に乗せた。
次にサヴェロは喋る剣も回収するため、謎の落下物の所に再び足を運んだ。
「さあ、移動するよ。もちろん君も連れて行くから……って、そういえば、君の事なんて呼んだらいいかな? 俺はサヴェロっていうんだ。君は?」
『私はアイオスと申します。以後お見知りおきをサヴェロ様』
「様って……サヴェロでいいよ」
サヴェロは恥ずかしそうに顔を赤らめると、それを誤魔化すように喋る剣もといアイオスを回収し、少女を乗せたバギーへと戻った。
「ごめん二人とも、このバギーにもう一人乗せる余裕がないから荷台で我慢して。っていうか、抜き身のままのアイオスを一緒に乗せたらこの子が危ないか」
『そこのところは大丈夫です。私の刃は私の意志で切れなくする事が可能なので問題ありません』
心配するサヴェロに、冷静な声で返答するアイオス。それを聴いてサヴェロは「はぁ~便利だなぁ」と声を漏らした。
ともあれ、少女一人と剣一振りをバギーに乗せたサヴェロはバギーのエンジンをかけると、街に向けて走り出した。
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