俺の嫁に何をする!

うめおかか

第1話 

 テストの終わる終礼のベルと共に、大学の校門へ向かって駆けていた。

 長かったテスト期間、ようやくアルバイトと両立の日々とひとまずおさらばして、明日からは待ちに待った夏休み、放課後のアルバイトも今日は休んだ。だからこそ、一番心配している事に集中することができた。

 髪を振り乱しながら、晴天の空の下を走り続ける。七月中旬に走ると、滝のように汗が流れ落ちる。空いた左手で額の汗を拭いながらも、走ることをやめようとはしなかった。

「おーい、 かい……こら、待て!」

 親友が手を振っても、名を呼ばれた喜多見きたみ海はひたすら校門を目指し続けた。

 あとで侘びの印として昼でも奢ろう、弁当持参だからコンビニ弁当でも買ってやればいい、それで許してもらおうと頭の片隅で思いながらも、立ち止まることは決してなかった。

 下校する生徒の合間を縫って、たどり着いた校門にはちょっとした人だかりが出来上がっていた。

 その様子に、海は露骨に嫌な表情を浮かべた。

 ――またか。

 正直、この場で怒鳴ってしまいところだったが、それは迷惑かつ注目を浴びるだけだ。

 だがそうだと理解していても、人間の理性に限界というものもまた存在する。

 理性が切れる境界線は人それぞれだ。

 海は必死に人だかりを書き分けて、その原因を目の当たりにした瞬間、ぷつりと理性の糸が切れたのを感じた。

「何してるんだ!」

 つい数十秒前の冷静な考えは、すでに海の脳裏には残っていない。

「あ?」

 海の怒声に振り返ったのは、数人の男子大学生だった。その大学生たちに言い寄られている女は、あっと声を漏らすが男たちに視界を遮られてしまう。

「この女は俺たちが……」

「彼女から離れろ」

 怒りを含ませた声に、騒ぎを見ていたギャラリーは驚くが、男たちからは怯む様子は見られなかった。

「なんだ、横取りするのかよ?」

 男たちのリーダー格と思われる人物が、海を睨み付けてくる。が、それに海もまた怯むことはなかった。

「横取りじゃない」

「じゃあ、なんだってんだよ!?」

 野次が飛んでくる。それにも海は動じることはなかった。手に力がこもるが、学校前でさすがに喧嘩するわけにはいかない。

「俺の……」

 鋭い眼光で真剣に、海は感情を全てぶつけるかのように叫ぶ。

「俺の嫁に何をするんだ!」

 その言葉に、駆けつけてきた親友金井かねい雄太ゆうたは、大きく嘆息をしてしまったのだった。




 アイスコーヒーのストローを加えたまま、雄太は目の前に座る海に説教をしていた。

「ったく、いい加減に学べお前は!」

「いや、でも俺の……」

「それは腐るほど聞いたわ!」

 喫茶店内の客に迷惑にならないよう気をつけながら、雄太は海に向かって叫んだ。

「そうじゃないだろうが」

「あの、雄太さん」

 海の隣で静かにアイスティーを飲みながら聞いていたのは、人垣を作ってしまった原因であり、俺の嫁と呼ばれた美和みわだった。美人で深窓の令嬢のようにおとなしい雰囲気、アメリカ人のクォーターだけあって、容姿端麗でふわふわとしたライトブラウンの髪も、青い瞳も美しかった。

 だからこそ、彼女は昔からナンパされ続けていて、変装をしたこともあった。雑誌にスカウトされることもあったが、全て断っている。

 その事情を海も、そして雄太もよく知っている。これぐらいで怒ってはきりがない、と毎回騒動を起こす海に言う言葉だ。

「私もいけないんです。変装していけば……」

「いや、美和ちゃんが悪いわけじゃない。こいつがもう少し冷静にならないといけないんだ」

 申し訳なさそうに、アイスコーヒーを飲み続ける海に、雄太は眼光を鋭くする。

「いちいちナンパしてくる馬鹿の相手してたらきりがないだろうが。そもそも今に始まった話じゃないだろうが」

 グラスの底に残ったコーヒーを吸いながら、雄太は眉間に皺を寄せたのだった。

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