第34話

 国境の関所では大勢の兵士が商人達の積み荷を取り調べたり、旅行者の身体検査をしたりしていた。

 関所にはいくつもの門があり、それぞれに兵士が配置されている。


「行くよ、マイカ」

「はい!」


 誰も並んでいない門の前に馬車を走らせた。


「おーい、止まれぇー」


 ふたりの兵士が両手を振りながら道を塞ぐ。

 馬車を停めると、兵士達が側にやって来た。


 緊張と不安が襲ってくる。

 大丈夫……大丈夫だ……。


 自分に言い聞かせていると、マイカがそっと手を撫でてくれた。


「練習通りに」

「うん」


 僕は小さく頷き、兵士が来るのを待った。


「二人か? 通行証は?」

 まだ若い兵士だった。


「申し訳ございません、火急のため通行証を持たずに来てしまいました」

「なに? なら、通すわけには……」


 僕は兵士の言葉に被せる。


「私は御用薬師のシチリーニ、こちらはフランドル家のマイカお嬢様です。パランティアの御親戚のためにラクテウスブルーを至急届けなくてはなりません! どうか、お通し願いたい!」

「フランドル家……」


「どうした? 何をやってる」

 年配の兵士が様子を見にやって来た。


「いえ、どうも貴族様のようでして……」

 若い兵士は年配の兵士に耳打ちをした。


「ん? フランドル家……聞いたことがないな」

 訝しげに僕を見る年配の兵士が、

「あー、申し訳ない。貴族様とはいえ、決まりは決まりです。通行証をご用意いただけませんとお通しできません」


「積み荷を調べてください! ラクテウスブルーがあります、どうしても届けなくてはならないのです!」

「……」


 兵士達は顔を見合わせる。


「しかし……勝手に通したとなると、我々の責任問題にもなりますので……」

「そこをなんとか!」


「そう言われましても……」

「――お黙りっ!」


「「ひっ」」


 マイカの一声に、兵士達がすくみ上がった。


「わたくしが誰だかわかっていて? いいですか、早急にパランティアのピウスおじさまに薬を届けなくてはなりません。もし、手遅れにでもなったとしたら……貴方達、責任を取れまして?」

 ジロリとマイカが兵士達を一瞥する。


「ひっ……」


 慌てた年配の兵士が、

「申し訳ございません、ど、どうぞお通りください!」と、頭を下げた。

 それを見た若い兵士が門扉に走り、扉を押し開ける。


「フランドル家は貴方達に感謝します。さ、シチリーニ」

「は、お嬢様――」


 手綱を引き、ゆっくりと関所の門を通り抜けた。

 しばらく馬車を走らせ、後ろを確認する。


 よし、誰も追いかけてこないな……。


「マイカ」

「シチリ」


「ふふ……」

「あっはっは!」


「やった! 成功だ!」

「やりましたね、シチリ!」


 二人で抱き合い、何度もハイタッチをした。


「いやぁ~、マイカの迫力はすごかったなぁ~」

「シチリのお膳立てがあったからこそです」


 僕は大きく背伸びをして、

「さぁて、マイカ。どこに行こう?」と訊ねる。

「シチリと一緒なら、どこでも」

 そう言って、マイカは恥ずかしそうに笑った。



    *



 アマネセル大聖堂の礼拝の間、巨大な聖女像に祈りを捧げるファレン大司教の姿があった。


「礼拝中、失礼いたします――」

 その言葉に、祈りを終えたファレンが振り返る。


「オルカン司教か……」


 ゆっくりと祭壇の階段を降りながら、「聞いたぞ」とファレンは重い言葉を吐いた。


「も、申し訳ございません!」

「浄化に失敗した挙げ句、ナイトウォーカーまでも失うとは……どうやら、君には荷が重かったようだ」


「ファレン大司教! お待ちください! この不始末は必ず……」


 ファレンはソファに腰をおろし、おもむろに取り出した煙管に火を点けた。

 もわっと紫煙がのぼる。


「どうか、どうか、今一度、私めに汚名返上の機会をお与えください!」


 その場にひれ伏すオルカン。

 その姿を冷めた目で眺めながら、ファレンは煙管を吹かした。


「機会か……。わかるかねオルカン司教、君はすでにそれを手にしていたのだよ。そして、人生を一変させる機会というものは一度きりと決まっている」

「大司教!」


 オルカンの悲痛な声が礼拝の間に響いた。

 その時、一人の司教が礼拝の間に入ってきた。


「お呼びでしょうか、ファレン大司教」

「おぉ、アッカ司教。よく来てくれた、悪いが後始末を頼めるかね? やれやれ、私は上層へ報告にいかねばならん……まったく」


「ファ……ファレン大司教、お、お待ちくださいっ!」

「オルカン君、見苦しい真似はやめたまえ。ああ、そうだった、君には明日から下層へ降りてもらうよ」


「そ、そんな……⁉」

 オルカンが狼狽えていると、ファレンが席を立ち「後は頼んだ」と言って礼拝の間を出て行く。


「万事、お任せを――」

 アッカはファレンに深く頭を下げた。


「ファレン大司教!」


 オルカンはその場に崩れ落ちた。

 そんなオルカンを一瞥し、アッカは自業自得だと鼻で笑う。


「無様だな、オルカン……分をわきまえておればいいものを」

「くっ……」


 四つん這いになったまま、オルカンは拳を握りしめる。


「フンッ、まぁもうお前と顔を合わすこともないだろうが……せめてもの情けだオルカン、私に忠誠を誓え。そうすれば中層にとどまれるよう、口を利いてやらんでもないぞ?」

「……だ、誰がお前になど……」


「そうか、では君の選択を尊重しよう」


 アッカが合図をすると、どこからともなく司教付の近習達が現れ、オルカンを引きずるようにして立ち上がらせた。


「連れて行け」

「はっ!」


 近習に両脇を抱えられ、連れて行かれる際になってはじめて、オルカンは自らが置かれた立場を理解した。


「ま、待ってくれ、アッカ司教! わかった、誓う、あなたの手足となろう! アッカ司教!」

「やれやれ、君はファレン大司教から何を学んだのかね?」


「わ、私ならやれる! そうだ、どんな汚れ仕事でもこなしてみせる! 悪い話ではないはずだ、私の能力を買っていただろう⁉」

 アッカは大きくため息をつく。


「言われただろう、機会は一度きりだと――」

「ぎ……うぅ……」


 項垂れたオルカンを見て、アッカは羽虫を払いのけるように手を払う。

 近習達は再度目礼をした後、オルカンを引きずって行った。



    *



 パランティアはヴェルダッドと違い、近代化の進んだ国だ。

 元々、他国との交易が盛んで、ドワーフを先祖に持つと言われる好奇心旺盛な国民性も影響しているのかもしれない。


「ほら、シチリ、あれ! 街が見えてきましたよ!」

 御者台から立ち上がり、マイカは両手で目の上に日傘を作った。


「あぶないよ、ちゃんと掴まってて」

「あ、はい……えへへ」


 風に吹かれる髪を手で押さえながら、透き通るような笑みを浮かべる。

 ドレスからシンプルな白シャツとスカートに着替えたマイカだったが、その輝きは増すばかりだった。


「街に着いたら、まずは薬を売って旅費を作ろう」

「そんなに簡単に売れるものなんでしょうか?」


「大丈夫、ラクテウスブルーはヴェルダッドでも希少だからね、パランティアでは欲しくてもなかなか手に入らないんだ」

「なら、きっと欲しがる人もたくさんいますね」


「うん、まぁ、安心してよ」

 僕は少し得意げに胸を張った。



「これが薬草……?」

 ターバンを頭に巻いた行商人は、訝しげな目で僕とマイカを見た。


「ラクテウスブルーですよ⁉ ヴェルダッドじゃとても希少なもので……」

「うーん、聞いたことがない、悪いが他を当たってくれ」


 行商人は薬草の入った籠を突き返してきた。


「え……」


 ――希少すぎて知る人がいない。

 これは大きな誤算だった。


「はあ……」

 ラクテウスブルーの入った籠を背負い、街の中をマイカとふたりで歩く。


「元気出してください、きっとあの人が不勉強なだけですよ」

「う、うん……」


 マイカが僕を気遣って、励まそうとしてくれるのが辛い。

 こんなかっこ悪いところを見られるなんて……。


「それより、すごいですね……こんな小さな街でも建物がずいぶんと立派な気がします」

「うん、ヴェルダッドと比べると建築技術も進んでいるし、生活も豊かだ」


「はい、それに……色々な髪色の人がいて、私の銀髪も皆全然気にしてないみたいです!」

 マイカが嬉しそうに言う。


「確かに、言われてみると……」

 すれ違う人達も、マイカの顔を二度見する人はいるが、誰も髪色を気にしているようには見えなかった。


「シチリ、あれ……何か騒がしいですね」

「ん?」


 マイカが指をさす方を見ると、大勢の人が集まっていた。

 僕達の後ろからも、人だかりに向かって走って行く人達がいる。


「あの、すみません――」

 その中のひとりに声をかけてみた。


「なんだよ、おれ急いでるんだけど」

 立ち止まってくれたのは、まだ声変わりもしていない少年だった。


「ごめんね、あそこに何があるのかな?」

「何だ? お前、そんなことも知らないのか? 汽車だよ、汽車! じゃあな!」

 手を振って、風のように走り去って行く少年。


「汽車……?」

 僕とマイカは顔を見合わせる。


「気に……なりますね」

「うん、気になるね」


 僕達は早足で人だかりの方へ向かった。

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