第26話

「よっ!」


 掛け声と共に最後の木箱を荷台に載せ、首に掛けた手ぬぐいで額の汗を拭った。


「できちゃいましたね……」

「やればできるもんだなぁ……」


 マイカと二人でうんうんと頷きながら、荷台に並ぶ木箱の山を眺めた。


 今日、マーカスさんに頼まれた薬の最初の100個が完成した。


 納期まではあと一週間ほど余裕があるが、早い方がマーカスさんも安心するだろうし、納品ついでに先日行き損ねた劇場に行こうということになったのだ。


「喜んでくれるといいですね」

「大丈夫、今までにないくらい良いものが作れたからね。マイカのお陰さ」


「私はお手伝いしただけです」

「僕だけじゃ絶対に無理だったよ。ありがとうね、マイカ」


「そんな、お手伝いするのは当然ですから。それに、シチリと作業をするのは楽しいです」

「マイカ……」


 少し照れた表情がたまらなく愛おしく感じる。

 マイカは急に恥ずかしくなったのか、

「あ、あの、そろそろ行かないとですね」と話を逸らした。


「そ、そうだね、じゃあ、行こうか」

「はい」


 僕とマイカは荷馬車に乗り込んだ。

 結局、あれから自分なりに調べてみたが、家に忍び込んだ何者かの手がかりは分からずじまいだった。


 こんな状況でマイカを置いていくわけにもいかない。

 最悪の場合、この家を捨てる覚悟もできていた。


 だが、それには先立つものがいる。

 来年の夏市までに、自由に旅に出られるお金を貯めるんだ。


 何が起きてもいいように……。

 僕はピウスの手綱を引きながら、そう考えていた。



 街に着き、マイカにはモーレスさんの店で待っていてもらうことにした。

 アンナさんもいるし、あそこなら安全だ。


 マーカスさんとの待ち合わせ場所に急ぐ。


「たしか、この辺りだよな……」


 馬車を停め、御者台の上から辺りを見回した。

 すると、道の向こうでマーカスさんが手を振っているのが見えた。


 僕は大きく手を振り返し、再び馬車を進めた。


「おぅ、調子はどうだ?」


 馬車を停めると、酒瓶を片手に持ったマーカスさんが近づいて来た。


「あ、はい! 絶好調です!」

「ははっ、そいつはいい」


 僕は御者台から降り、荷台に回って木箱を見せた。


「へぇ、やりゃぁ出来るじゃねぇか。かなり早かったが……モノは大丈夫か?」

「もちろんです、確認しますか?」


「いいや、お前は嘘をつくタイプじゃねぇ、このまま貰っていく」

「あ、ありがとうございます!」


「へへ、いいってことよ……」


 パンパンと僕の肩を叩き、マーカスさんは近くにいた体格の良い男の人達に向かって顎をしゃくった。

 すると、一斉に男達が荷を運び始める。


「よぉーし、てめぇら! 手早く、丁寧にだぞ! 」


 酒を呷りながら、マーカスさんは男達に発破をかける。

 しばらくすると、手帳を持ったリーダー風の男がマーカスさんに報告に来た。


「マーカスさん、きっちり100ありました」

「よし、ご苦労だったな」


 マーカスさんは小さな革袋を男に投げ、「また頼むぜ」と酒瓶を持った手を軽く上げた。


「じゃ、どうも」


 男は頭を下げると他の男達と笑いながらどこかへ歩いて行った。


「これはお前の分だ、受け取れ」


 ずっしりと重い革袋を渡される。

 こ、こんなに……。


「ありがとうございます」

「礼を言うのは俺の方だ。お前は堂々と受け取りゃあいいんだよ」


「は、はい……」

「よし、どうだ? 一杯行くか?」


「すみません、今日はちょっと約束がありまして」

「ん? なんだ、そういうことか。はーっはっは!お前もやるこたやってんだな、安心したぜ」


 バシバシと僕の背中を叩きながら、マーカスさんは楽しそうに笑った。


「シチリ、次はもっとゆっくりでもいいぞ、じゃあまたな」

「あ……ま、またよろしくお願いします!」


 マーカスさんの背中に言葉を返すと、振り向かずに手を振り、酒を呷りながらその場を去って行った。


 僕は残った積み荷を少し整理しておくことにした。

 薬草と予備の薬など諸々の片付けを終えて、ぐぐっと背伸びをする。


「さて、行くか」


 荷馬車に乗り、モーレスさんの店に戻った。



 モーレスさんの店の近くに荷馬車を停めると、マイカが駆け寄ってきた。


「お帰りなさい、シチリ。どうでしたか?」


 少し不安げな表情、たぶん取引のことを心配してくれてたのだろう。


「うん、喜んでもらえたよ」

「わぁ! よかったです!」


「へへへ……。あ、モーレスさんは?」

「そろそろ戻ってくるだろうから、行っておいでと」


「そっか、じゃあこのまま行っちゃおうか?」

「はい!」


 荷馬車を降り、二人で劇場へ向かって歩き始めた。

 すぐそこにマイカの手がある。


 気を紛らわそうと、街の至る所に目を向けてみるが、僕の意識はマイカの白くて細い指にしっかりと握られてしまっていた。


 そっと、手を伸ばそうとするが、どうしても触れる勇気が出ない。

 もし嫌われてしまったら……いや、それはないと思うけど……でも、親しき仲にも礼儀ありというし……。


 突然、手を握られたら普通は驚くよなぁ……。


「シチリじゃないか! ちょっと寄っていきな!」


 張りのある声にビクッと肩をふるわせる。

 見ると、腕組みをして僕とマイカを見下ろすミレイさんの姿があった。


「ミ、ミレイさん……」

「ん? そっちの子は……見かけない子だね」


「あ、はい! マイカといいます、よろしくお願いします!」


 慌ててマイカが挨拶をすると、ミレイさんは僕には見せたことのないクシャッとした笑みを浮かべた。


「まぁまぁ、あんたがマイカかい! こりゃ、アンナから聞いたとおりだね」

「アンナさんから?」と僕が口を挟むと、

「あんたは黙ってな!」と一喝されてしまった。


「あたしはミレイ。何か困ったことがあったら遠慮せずに言うんだよ?」

「はい、ありがとうございます、ミレイさん」


「うんうん、良い子だねぇ。ほら、ちょっと洋服でも見ていきな」

「いいんですか?」


「当たり前さ、何でも気に入ったの持っていきな」

「ずいぶん気前がいいですね」


「何言ってんだい、あんたが払うに決まってんじゃないか、おかしなこと言う子だねぇ」

「ぐ……」


「だ、大丈夫ですかシチリ……」


 心配そうなマイカに、

「あ、ああ、平気平気」と答えて、

「まだ時間もあるし、寄っていこう」と勧めてみた。


「さ、決まりだね、案内するよ」


 ミレイさんはパンッと手を叩いた後、マイカを店の中へ案内した。

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