第11話

「ただいまー……あれ? マイカぁー? 帰ったよー」


 リビングに入っても人の気配がなかった。

 そのまま、マイカの部屋に行ってみる。


 扉をノックしてしばらく待ってみるが、中から返事はなかった。


「……マイカ? 入るよ?」


 僕は少し躊躇いながらも、ゆっくりと扉を開けた。


「……」


 中はもぬけの殻だ。

 特に変わったところはない。


「おかしいな……」


 段々と、嫌な予感がしてきた。

 僕はその予感を振り払うように、早足で畑に向かった。



 相変わらず発育の良いハーブや野菜は、日毎に品質が良くなっている気がする。

 瑞々しくて発色も良い。ハーブは香りも豊かで薬効も高い。

 町に持って行っても、最近は驚かれることが増えていた。


「マイカー? いる?」


 畑の中を歩き回って探してみたが、マイカの姿はなかった。


 どうしよう……まさか、悪い奴らに見つかってしまったとか?

 もし、そうだとしたら、どんな手を使っても彼女を救い出さなきゃ……。


「あ、シチリ? 帰ってたんですね、お帰りなさい」


 裏の乾燥室から出て来たマイカがにっこりと笑う。


「ほら、見てくださいこれ、かなり上手にできたと思いませんか? へへへ」


 マイカは粉末にした薬草を見せた。


「……えっ⁉ シチリ?」

「マイカ!」


 僕は考えるより先に、マイカを抱きしめていた。


 いきなりこんなことをして、嫌われてしまうかもしれない。

 でも、マイカは優しいから、きっと、怒ったりはしない。


「ちょ……ど、どうかしましたか? 何かあったのですか?」


 僕を気遣うマイカの声が嬉しい。

 洋服越しに伝わってくる体温が、マイカの甘い匂いが、肌に触れる絹のような髪の感触が。

 ここにマイカがいることが、それだけが無性に嬉しかった。 


「……シチリ?」

「ご、ごめん……でも、もう少しだけ、このままでもいいかな……」


 戸惑うマイカを抱きしめたまま、僕はそう囁く。


 返事はなかった。


 表情も見えない。


 ただ、マイカは僕の背中にそっと手を置いてくれた。



    *



 次の日の朝――。

 部屋を出てリビングに行くと、マイカが台所に立っていた。


「おはよう……」


 僕が目を擦りながら言うと、

「お、お、おはようございます、シチリ……い、今、朝食をつくっていますので」と、マイカからぎこちない返事が返ってきた。


「……どうしたの? 具合でも悪い?」

「い、いえ! 健康そのものです!」


 マイカは僕から目を逸らして、サラダを盛り付けている。


「……なら、いいんだけど」


 パンやミルクをテーブルに並べるのを手伝う。

 朝食の用意が終わり、お互いに席に着くと、やっぱりマイカの様子がおかしかった。


「いただきまーす……」

「い、いただきます」


 俯いてまるでリスみたいにパンを囓っている。


「どうしたの? 何かあった?」

「い、いえ! 特に……」


 目を合わせようとしない。

 もしかして、昨日の……。


「あのさ、もしかして……昨日のこと……怒ってる?」

「――⁉」


 マイカは、ビクッと肩をふるわせた。


 やはりそうか――。

 そりゃあ、いきなり抱きつくなんて、女の子なら嫌がるのが普通だ。

 あぁ、何であんなことをしてしまったのか……。


「本当にごめん! あんなことをするつもりじゃなかったんだ……。でも、帰ったらマイカの姿がなくて……もしかすると、悪い奴に攫われたのかと思ってさ、その……色々と感情が高ぶったというか、そのぉ……ごめん。いきなりだもんね、怖かったよね……これからは――」

「シチリ、違うんです!」


「え?」

「べ、別に嫌だったわけではなくてですね……その、シチリの顔を見るのが……少し、恥ずかしいというか……」


 マイカはモジモジと指先を触りながら耳を赤くしている。


「……」


 今度は僕の顔が真っ赤になった。


「そ、そっか……あ、でも良かった! 嫌われちゃったかと思ったからさ……あはは、ま、まあ、ほら、あれは……その、僕達もかなり仲良くなったって証拠だよ、うん」

「そ、そうですよね! ピウスとも毎日ハグをしていますし、特に不思議なことではないかと」


 妙な理屈をこねながら、どうにか僕達は互いの顔を見ることができた。


「……ふふっ、私達、変ですよね」

「うん、変だね」


 悪戯っぽく笑うマイカが可愛くて仕方がなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る