第5話:ゲームスタート

『キキキ、それでは質問はないようですので、次の説明に入りたいと思います』


 喜多嶋はそう言うと、一瞬画面外に手を伸ばし水の入ったコップを取りだした。それをグイっと一息に飲み干し、佐久間との会話で剥がれかけていた気色の悪い笑みを再び浮かべた。


『まず、これから皆様が戦うこととなる舞台についての説明を致しましょう。殺戮の舞台となるその場所は、名前を『血命館』という一風変わった建物でして、円形の二つの建物がやや長めの連絡通路を介してつながった、上空から見たら眼鏡型に見える建物なのです。この円形の二つの建物は便宜的にそれぞれ本館と別館と呼び分けておりまして、今皆様がいる方が別館となります。別館はこのシアタールーム以外には皆様がお休みになられる客室と物置のみ。お風呂や食堂、その他図書室や娯楽室などは本館にありますので、お暇な時間は是非本館でおくつろぎください。それから本館と別館をつなぐ連絡通路の中間には、温室と、地下へつながる階段の二つがございます。温室にはかなり希少な植物が多数栽培されていますので、血命館での殺し合いに疲れ癒しが欲しくなった時にお立ち寄りください。また、地下には皆様の死体を収容するための霊安室と、肉や魚などの食品を保存している巨大な冷凍庫がございます。こちらも適宜ご使用くださいませ。

 それから、血命館唯一の出入り口には鍵がかかっているため基本的には外へ出ることはできません。が、もし仮にキラースペルを利用した脱出方法を思いついても実行しないでいただきたい。血命館の外へ出ることは反則と見なし、即刻殺処分とさせていただきますのでね、キキキキキ。

 いろいろ申しましたが、建物に関しましてもご自身の目で確認するのが一番でしょう。この説明が終わりゲームが始まったら一度建物中を探索してみるのがよろしいかと思われます。因みにこの館の館内図は皆様が今お座りになっている椅子の後ろ側に置いてありますので、それもぜひご活用ください。また滞在中の皆様のお部屋につきましては、各客室の横に皆様のお名前を記しているのでそれをご参考ください』


 この館の見取り図。そんなものがあるのなら説明の前に教えてくれればいいものを。

 喜多嶋の段取りの悪さに若干腹を立てつつ、明は手を椅子の後ろに回して館内図を取り出した。

 喜多嶋が言っていた通り、円形の二つの建物が連絡通路を介して繋がった図が描かれている。本館別館とも円の外縁部分に隙間なく部屋が敷き詰められており、さらに円の中央部分にはこれまた円形の部屋が一つ存在していた。

 より分かりやすく説明すると、まず中央に円形の部屋が一つ。その部屋を囲うようにぐるりと廊下が広がり、その廊下をさらに囲うようにして部屋が隙間なく並んでいる、といった構造だ。そんな形の建物が二つあり、それらを繋げる連絡通路が一つだけ存在している。

 因みにこのシアタールームは、別館中央の円形部屋であるらしい。

 一通り見取り図を見終わったところで、喜多嶋が再び口を開いた。


『さてさて、続きましては先程見てもらった本ルールとは別の、ちょっとした補足ルールを説明していきたいと思います。

・補足ルールその1:午前七時の質問タイム

 ゲームが始まったら外部との連絡は一切なしで、何か問題が起こっても皆様方だけで処理してもらいます。が、どうしても必要な質問が生まれた場合。その時は午前七時に今皆様がいるこのシアタールームへといらしてください。答えられる範囲でしたら、好きなだけ質問にお答えしますので。

・補足ルールその2:連絡通路の閉鎖時間

 本館と別館をつないでいる連絡通路ですが、こちらは夜の十時になると自動で扉が閉まり鍵がかかってしまいます。次の日の朝二時になると再び解錠されますが、その間は本館/別館移動は行えませんので、お風呂などは十時までに済ませて置くのがよろしいでしょう。因みに、その時間帯に本館にいたからと言って特にペナルティはありませんので、その点はご心配なく、キキキ。

・補足ルールその3:殺処分の優先順位

 本ルール③において、『前日に誰一人として死亡者がいなかった場合、運営がランダムで一人殺害させてもらう』と書かれていますが、殺処分の対象は完全にランダムではありません。その日までに特に動きがない、生き残っていても盛り上がらなそうな人から優先して殺させていただきます。ですから、ただ部屋に籠って10日間を過ごそうなどとは考えないようにするべきかもしれませんね、キキキキキ。

 と、以上の三つが補足ルールとなっております。これらもうまく利用しつつ、このキラースペルゲームを勝ち残れるよう皆様には健闘していただきたい。さて、最後に今一度このゲーム全体の質問タイムを設けますので、何か質問のある方は――』

「はい! 僭越ながらこの佐久間めに質問の一番手をお与えいただきたい!」


 この質問タイムをずっと待ち望んでいたのだろう。佐久間はスクリーン越しの喜多嶋に飛び掛からんばかりの勢いで席から立ち上がり、声を張り上げた。

 またこいつかといった様子で喜多嶋の顔が面倒そうに歪む中、意気揚々と佐久間は喋り始める。


「おお喜多嶋様、そのように嫌そうな顔をしないでいただきたい! 先程とは違いそこまで多く質問をするつもりはありませんので。ですから私以外の参加者の皆様も遠慮せずに質問をしていただいて構いませんからね」


 にこやかな笑顔を振りまきながら、佐久間はくるりとその場で一回転する。ほとんどの参加者が彼と目を合わせないようそっぽを向いたが、神楽耶は運悪く目があってしまったらしい。パチンと音がたつくらい豪快なウインクを決められ、どうしていいのか分からず困惑顔になっていた。

 そんな憐れな被害者はともかく、佐久間の質問が始まる。


「最初の質問は、主催者の皆様がどうやってキラースペルの発動を確認するのか、ということです。もしこれが不十分であった場合、キラースペルを使って殺したにも関わらず反則と見なされ殺されたり、キラースペルを使っていない殺人を容認されてしまう恐れがあります。そんな反則行為や誤解により殺されたのでは、私のように真面目にゲームをクリアしようとしている者があまりに不憫ではありませんか! できることならその点は明確にし、万が一にもキラースペルの発動を察知できないというのなら今この場でハッキリと申していただきたい! さすれば私も戦いかたをようく考え、不憫な終わりかたを回避するよう誠心誠意努力いたしますので!」


 相も変わらず大袈裟な語り口調。喜多嶋はもう諦めた様子で苦笑いを浮かべている。だが、明はやや考えを改めて佐久間の言葉を咀嚼していた。

 その大袈裟すぎる話し方が故にどうにも馬鹿っぽく聞こえるが、彼の発言はかなり核心をついていた。キラースペルの使用を主催者側が関知できるのか。それは今この場にいる参加者の多くが気になっていた内容である。明を含め、ここにいる者は素直に主催者の指示に従おうと思っているわけではない。隙あらば主催者どもを殺し、自由の身を手に入れようと画策している者達である。そんな彼らからしたら、主催者側がどこまでキラースペルについて認識し、その力を管理できているのかは非常に重要なファクターとなる。

 こいつ、ただの馬鹿ではなく意外と厄介な相手かもしれない。明が佐久間への認識を改める中、そんな参加者の内情に全く気付いていない喜多嶋は警戒した様子もなく頷いた。


『この答えが佐久間様にとって喜ばしい答えになるのか分かりませんが、私共といたしましてもキラースペルが発動したのか否かを百パーセント察知することはできません。皆様を監視しているカメラの映像と音声から、誰がいつどこでキラースペルを使ったのかを判断させていただくこととなります。なので相当巧く、カメラの映像からでは分からないような殺し方をすれば、私どもも気づかず見逃してしまう可能性もありますな、キキキキキ。まあ、キラースペルを使えば普通ではありえないことが起きますので、それを使ったと誤認させるのは無理だと思いますけどね』


 これは嬉しい情報。キラースペルを使ったかどうか、その結果からしか判断できないらしい。だとすれば、頭を少しだけ過ったあの作戦が使えるかもしれない。

 このゲームを攻略するためのイメージがやや形作られ、明の表情が少しだけ緩む。

 一方、明同様この回答から得るものがあったのか、佐久間は喜色満面の笑みで天を見上げていた。


「そうですか。そうですか。とするとキラースペルを使う以外にもいろいろと戦い方があるというわけなのですね。……と、御安心ください! 勿論私は反則行為など決して、決していたしませんとも! ルールは絶対遵守! この館内ではキラースペル以外の暴力・殺人は何があってもしないとお約束いたしましょう! 当然皆様も私と同じく、反則行為などいたしませんよね!」


 他の参加者の顔を一人ずつじっくりと見回していく佐久間。しかも今回は相手が頷いてくれるまでガン見してくるスタイルだ。あまりに鬱陶しい佐久間の視線に耐え兼ね、最初は無視をしていた参加者も結局は渋々頷いていく。

 わざわざ反抗する必要性もないと考えていた明は、佐久間の視線が自身を捉える前に「反則行為はしない」と宣言しておいた。

 全員が反則はしないということに同意を示したのを確認し終えると、佐久間は画面へと向き直った。


「どうですか喜多嶋様! この通り私以外の参加者もとても物分かりのいい方ばかり! 皆様も絶対に反則行為はしないということに同意してくださいましたよ! これで安心してゲームを進行することができますね!」

『……有難うございます。それで、次の質問は何でしょうか』


 薄笑いを浮かべるのをやめ、事務的な反応を喜多嶋が返す。対する佐久間は変わらずのハイテンションだ。


「はい! それでは二つ目、というよりも最後の質問をさせていただきます! 最後の質問はルール③についてです。ルール③によれば前日に誰一人として死ななかった場合、主催者側がランダムに一人殺すとされています。では、このルールにより殺された人物が出た場合、その日はもう誰かが死ぬ必要性はないのでしょうか? それとも、それはルール適応外ということで、また新たに一人死ななければならないのでしょうか? 最終的には生き残りが三人になるまで殺し合う必要があるとはいえ、一日に二人以上の死体を見ることになるのはとても耐えがたい事です……。たとえそれが仮初の安寧であったとしても、私は一日でも長く皆さんと生きていたい! 喜多嶋様、このルールは私の心に安息を与えてくれるのか、それとも絶望を与えるのか、一体どちらなので御座いましょうか!」

『……非常に申しあげ難いことですが、その場合は一日に二人死ななくてはなりません。前日に死ななかった分をこちらで補償しているわけですので、ルール③により死んだ方は前日に殺されたものとして判断されます。それでは他の質問は――』

「ああ、それは何という悲劇でしょうか! それでは、たったの一日も殺し合いをしなくていい日が生まれないという事! 今日から十日間、私の心に安息が訪れる瞬間は一瞬たりともなさそうですね……」


 演技なのか本気なのかは定かではないが、大粒の涙を流しながら佐久間はその場にかがみ込む。

 正直、これが演技だろうが素であろうがうざいことこの上ない。他の参加者を油断させるための策だったとしても、ここまで面倒なキャラ付けにする必要はあったのか。もし現在キラースペルを複数使える状況にあったなら迷うことなく唱えていただろう。

 喜多嶋も冷めた目で佐久間を見下ろしていたが、数秒待っても泣き止む気配がなかったので無視して他の参加者に問いかけた。


『それでは改めて。他に誰か質問のある方はいますでしょうか』


 薄い沈黙。鬱陶しいすすり泣きの声が聞こえる以外、音らしい音はせず、誰からも声が上がらない。

 明もさり気なく他の参加者に目をやるだけで、質問する意思はなかった。その理由は前回と同じく佐久間が大体のことを聞いてくれたからというのもあるが、それよりも、この場で質問することにより他の参加者にも情報を渡してしまう事を恐れたからだ。あまり深くルールについて聞いていくと、その綻びをつくような厄介な策を考える人物が現れないとも限らない。今は少し曖昧な情報を残したぐらいがちょうどいい、というのが明の考えだった。

 誰からも質問が上がらないとみて取り、喜多嶋がゲーム開始の声を上げようと口を開く――


「待ってください! 私は人を殺したことなんてありません! お願いですからここから出してください!」


 唐突に、神楽耶が叫び声をあげた。

 喜多嶋がきょとんとした表情で神楽耶を見つめ返す中、彼女の叫びは続く。


「私は、本当に人を殺したことなんてありません! 確かに、私の目の前で友人が線路に落ちて、轢かれたことはありますけど……。それは決して私がやったわけじゃない! そもそも彼女に苛められてなんていませんし、アカネを殺す動機がありません! だからこんなゲームに参加させられるなんて絶対におかしい! 今すぐ私をこの場から解放してください!」


 それは演技とは思えない必死の請願。

 場違いにも明はそんな彼女の横顔に見惚れていたが、他の参加者の彼女を見つめる目はどれも冷たいものだった。どんなに言葉を尽くそうとも、仮に彼女の発言が真実であろうとも、今この場において一人逃げようとする人物に好感を持てる者などいない。

 神楽耶自身が気付いているのかは不明だが、彼女の発言は酷く身勝手なもの。自分以外の殺人者どもがどうなろうと構わないから私だけは助けてほしいと、そう提案しているわけなのだから。

 喜多嶋はキキキと微かに笑い声をあげると、申し訳なさそうに笑顔のまま謝罪した。


『神楽耶様がそうおっしゃる気持ちも分かります。が、あなた様がご友人を殺したことに疑いの余地はないのです。それも明確な殺意を持って行為に及んだことも。ですから、神楽耶様にはこのままキラースペルゲームに参加してもらうほかありません』

「そんなの嘘です! もしあなたの言葉が本当ならとっくに警察に捕まって――」

『さて! 他には特にご質問のある方はいないようですので、そろそろルール説明は終わりといたしましょう! では、今この瞬間からキラースペルゲーム開始とさせていただきます!』

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