第4話:キラースペル

 さして多くもないルール。

 すぐに全員が紙に書かれてあることを読み終えた。


「説明が足りなすぎるな。もっと具体的に教えてもらおうか。特にこの『キラースペル』とやらについて」


 低めの尖ったような声で、参加者の一人が発言した。

 『キラースペル』。その名の通りであるのなら、対象を殺す呪文ということになるのだろうか。

 具体的な能力は別紙に参照とあるが、一体その紙はどこに? 

 明はごそごそと自分の服のポケットを探り、何か紙がないかを探してみる。右のポケットにもう一枚別の紙が入っているのを発見すると同時に、喜多嶋が耳障りな笑い声を発しながら説明し始めた。


『キキキキキ。キラースペルとは、その名が示す通り人を殺すための呪文ですよ。キラースペルを声に出して唱えると、その通りのことが現実で起きるのです。まあ百聞は一見に如かずと言いますしね、実際に見てもらった方が早いでしょう』


 すると喜多嶋は立ち上がり一旦画面から退場した。そしてすぐに、両手両足が縛られ顔を袋で覆われた男を一人連れて戻ってきた。連れてこられた男は必死にもがき、逃げようとしているみたいだが、厳重に拘束されているため全く身動きが取れていない。結果として、袋の中から「ウーウー」という低いうなり声だけが聞こえてくる。

 隣に座っている神楽耶がその光景を見て辛そうに顔を歪めている。

 その表情は嘘をついているようには見えなかったが、喜多嶋の話が真実であれば彼女も人殺しのはず。この程度のことで動揺などしないように思えるが、演技だとしたらなかなかのものだ。

 そうして明が神楽耶の横顔を盗み見ていると、喜多嶋の準備が整ったらしい。耳障りな笑い声を上げながら、二枚の紙を提示してみせた。


『さてさて皆様見えますでしょうか。『空中浮遊』と『大脳爆発』と書かれたこの二枚の紙。今から私がそこの拘束された男に向かってこの二つのスペルを唱えます。するとあら不思議。彼の身に私が唱えた言葉通りの現象が起きるのです。それでは、目を瞑らずにじっと見ていてくださいよ』


 喜多嶋は少し体を移動させ、拘束された男と自身が均等に見えるように立ち位置を変えた。

 明を含め、この時ばかりは全員が画面に注目した。正直まだ喜多嶋の話に対しては半信半疑である。まさか本当に言葉を唱えただけでその通りのことが起きるとは思えない。だが、もしそんなことが現実に起こったのなら……。

 一同が固唾を飲んで見守るなか、喜多嶋は『空中浮遊』と書かれた紙を左手に構えながら、大きく叫んだ。


『空中浮遊!』


 その呪文が耳に届くと同時に、縛られた男の両足が地面から離れた。

 勿論男がジャンプしたからなどではない。まるで無重力空間に放り出されたかのように、くるくると体を回転させながら宙を漂い出したのだ。

 縛られた男も何が起こっているのか分からないといった様子で、体を震わせながら唸っている。

 目の前で起こっている現象に対し、明が真っ先に考えたのは彼がワイヤーか何かで吊り上げられているのではないかということだ。喜多嶋が呪文を唱えると同時に、画面には映っていない死角から男を吊り上げたのではないかと。

 しかし、画面に死角となるような場所はない。加えて宙に浮かぶ男の動きは、まさにふわふわという言葉が当てはまるようであり、そこに人為的な力を感じることはできなかった。

 何とか目の前で起こっている現象に理屈がつけられないか考えていると、喜多嶋が今度は『大脳爆発』と書かれた紙を右手に構えながら、再び大声で叫んだ。


『大脳爆発!』


 バンッ

 叫び声と同時に、宙に浮いていた男の頭が弾け飛ぶ。

 おびただしい量の血が画面内のいたるところに飛び散り、一瞬にして見るに堪えない凄惨な殺人現場が誕生した。

 不気味なことに、男が死んだ今でもキラースペルの効果は続いているらしく、首から上を無くした人間だったもの・・・・・・・が血をまき散らせながら宙を漂い続けている。

 その光景に誰もが唖然とし、顔を背けることもできず画面に見入っていた。

 そんな中、唯一こうなることを始めから分かっていた喜多嶋は、キラースペルがうまく発動したことに満足したのかにんまりと笑顔を浮かべながら、再び画面の中央に立った。


『さてさて、皆様いかがだったでしょうか? 今私が実践してみせたように、キラースペルを唱えるとその通りのことが現実に起こるのです。疑り深い方の中には何かしらのトリックが使われたのではないかと考えていることでしょうが、よおくお考え下さい。そんな嘘をつく必要性など私には一切ないのです。こんなところで皆さまを騙したところで私には何の利益もないのですから。まあ、どうしても信じないというのならそれはそれで構いません。キラースペル無しにこれから行われる殺し合いをどう切り抜けるのか、実に興味深くもありますからね』


 キキキと耳障りな笑い声をあげ、喜多嶋の顔が醜く歪む。先程死んだ男の返り血を浴びたため、顔のあちこちに真っ赤な点が飛び跳ねており、不気味さは最初よりもずっと増している。隣に座っている神楽耶なんかはこの光景に耐えられなくなったのか、先程から体を震わせて下を向いていた。


『それでは、皆様にキラースペルがどういったものかお見せしましたし、次はもう少し詳しい手順を教えたいと思います。

 先の実例を見ていただいて分かったと思いますが、キラースペルを使うためにはそのスペルを声に出す必要があるのです。ただし、今回私は演出のために大きな声でキラースペルを唱えましたが、キラースペルを発動する際にそこまで大きな声を出す必要はありません。最低限自分の耳に聞こえる大きさであれば、キラースペル発動の条件を満たします。

 続いて、キラースペルには使用に際してもう一つ重要な点がございます。それは、具体的なイメージです。キラースペルを唱えると同時に、それによりどんなことが起こるのか明確にイメージできて初めて効果が発揮されるのです。例えば先程私が唱えた『空中浮遊』などは、イメージの仕方を変えればふわふわと漂うだけでなく鳥のように自由に飛ぶこともできたでしょう。まあ空中浮遊という言葉からかけ離れたような動きは流石にできませんがねえ。

 というわけで、以上の二つ。『キラースペルを声に出して唱える』ことと、『そのキラースペルにより何が起こるかの具体的なイメージを持つ』ことがキラースペルを発動するための条件になります。さてさて皆様、キラースペルについての質問は何かございますか? あっと、どんな原理でキラースペルが成り立っているのかなんて質問は無しですよ。私達もそれが分からないから、皆様に協力していただきサンプルを集めているわけですので。それでは、質問をどうぞ』


 ニヤニヤとした笑みを崩さず、喜多嶋が興味深そうにゲーム参加者を見渡す。

 しかし、質問を行おうとする者はおらず、誰もが黙したまま視線を手元に落としていた。

 明も他の参加者と違わず、視線は手元にある一枚の紙を見つめていた。

 明が見つめるその紙には、『自殺宣告』という文字と、その文字に関する簡潔な説明が書かれている。

 『自殺宣告:任意の対象一人を、好きな方法で自殺させることができる』


「これが、俺のキラースペルか」


 好きな方法で、と書かれているが具体的にどんな方法が可能なのだろうか。他人を巻き込むような自殺をさせられるのならかなり強力そうだが。いや、それより気になるのは、何を支配し・・・・・自殺させるのかということだ。それ次第では使い道が随分と変わる。ルールで告げられたことが正しいのならこのキラースペルを使えるのは一度きり。一旦誰かに使わせてその能力を詳しく知ることができればベストなのだが……。

 自身に割り振られたキラースペルの活用法。生き残るためにいつ使うのが最も適しているのか。そして、他のプレイヤーにどんなキラースペルが与えられているのか。それらを頭をフル回転させながら模索し続ける。

 と、不意に一人の男が場違いなほど明るい声で喜多嶋に質問した。


「いやー、これはこれは随分とスリリングなマーダーゲームですね。キラースペルの効果によっては駆け引きも対策も役に立たず殺されてしまうではありませんか! しかして喜多嶋様、これがただの実験ではなくゲームである以上、誰もに一撃必殺のキラースペルが与えられているわけではないのでしょう? もしもですよ。もしもそうであるのなら、このゲームはいつキラースペルを使うかのタイミングだけが重要な、ひどくつまらないゲームになってしまいますとも! それではこのゲームをご観覧になっているお客様がたも楽しめないでしょうし、何よりキラースペルの力を試す実験としては勿体ない。わざわざ私達犯罪者をキラースペルの的としてでなく、キラースペルを使える被験者として用意したのです。おそらくキラースペルを使うこと自体にかなりのリスクがあり、おいそれと自分たちで試すことができないものなのでしょう? そこで、です。モルモットの立場として畏れ多いことではありますが、このゲームを盛り上げキラースペルの新しい可能性を探るためにもどんな能力が我々に与えられているのか是非お教え願いたいのです! 例として見せていただいた『大脳爆発』のような即死系以外にどんなタイプがあるのでしょう? もう一つ例として見せてくださった『空中浮遊』のように、単純なイメージでは殺すことができないようなキラースペルも与えられているのでしょうか? 仮に即死させることのできない能力だとしたら、どこまでキラースペルを使った殺人として容認されるのか? ああ、愚鈍なる私の知能では分からないことが多すぎる! 喜多嶋様、このままでは他の参加者に為す術もなく殺されてしまう愚者を少しでも哀れに思っていただけるのなら、どうか、どうかお教えいただけないだろうか!」

『………………ええ、分かりました』


 滔々と止むことなく続けられた男の語りに流石の喜多嶋も圧倒されたのか、にやけ顔が解かれ真顔になっている。

 気を取り直すように「ゴホン」と小さく咳ばらいをすると、喜多嶋は再び笑みをたたえた。


『キキキキキ、残念ながら答えられないところもありますが、ようやく来たご質問ですしできる限りお答えしましょう。まずどんな能力を皆さまに与えたのかですが、これは残念ながらお教え出来かねます。自身が持っているキラースペル以外にどんなものがあるのかは、是非他の参加者とお友達になって直接尋ねるのが宜しいかと。とても難しいことではあると思いますがね、キキキ。でもそうですねえ、|佐久間(サクマ)様のおっしゃる通り即死系以外のキラースペルを与えられた方もいる、ということは肯定しておきましょう。それから即死させないキラースペルを使った際の殺害判定についてでしたね。あまり厳しく判定するのも面倒なので、キラースペルを使用したことによって可能となった殺人ならば、それはセーフということになると考えてください。さて、この回答で満足いただけましたでしょうかね』

「ええ、私めの不躾な質問に大変丁寧な解答を下さり本当に有難うございます! ああしかし! 愚者である私の頭ではいまだ疑問がつきません! これからさらにいくつかの質問を行う自由を与えてはくださらないでしょうか!」

『どうぞどうぞ。せっかくの質問チャンスですから、遠慮せずにどんどん尋ねてくださって構いませんよ』


 早くも喜多嶋は佐久間と呼ばれた男の話し方に慣れてきたらしい。見るからに演技がかった大げさすぎる彼の振る舞いにも動じた様子はなく、一層楽しそうな笑みを浮かべながら質問を促した。


「おお、なんと寛大な心遣い! それではこの貴重な時間を決して無駄にすることのないよう、有意義な質問を心掛けたいと思います!

 さて、今一度確認させてほしいことなのですが、このキラースペルというものは一度使用したのならそれ以降二度と使えなくなるのでしょうか? それともキラースペルの種類によっては連続使用が可能なものもあるのでしょうか?」

『基本的には全てのキラースペルが一度きりとなっております。が、なにぶん私達もキラースペルについて完全に理解できているわけではないのです。使い方次第ではもしかしたら複数回の使用が可能となるのかもしれませんので、是非ともいろいろな使い方を試みてほしいですね。キキキキキ』

「ふむふむ。今の口ぶりからするとこれまでの実験では二回以上の連続使用が成功した例はない、と考えてよさそうですね。では次に、キラースペルの効果範囲についてお尋ねさせていただきます。キラースペルの発動条件はスペルを口にして唱えることと、それによって起こる現象を具体的にイメージすること。では例えば、今私が自身のキラースペルを唱え、喜多嶋様が死ぬ具体的なイメージを持ったとしたのならキラースペルは発動するのでしょうか?」


 思いがけない佐久間の発言に、その場がピシリと凍りつく。ある意味当たり前のことだが、犯罪者に――それも殺人を犯した犯罪者相手にこんな特殊な力を与えて、指示通りに動くわけがない。こんなところで下らないゲームをしている暇があったら、さっさと主催者を殺し自由を取り戻そうと考えている人間ばかりだろう。

 だが、主催者側がそのことを予想していないわけもない。喜多嶋はこの状況を楽しむかのように、ますます笑みを深くしつつ両手を挙げた。


『キキキキキ、突然随分と物騒なことを言い始めましたね佐久間様。もし可能だと私が答えたのなら、あなたはそれを実行するのですかね?』

「まさかまさか! キラースペルなどと言う素晴らしい力を与えてくださった崇高なる御方々を殺すはずがないではありませんか! ちょっとした例として語ったに過ぎませんので、もし不安に思われたのならご容赦を」


 佐久間はわざわざ立ち上がると、深々とお辞儀をし謝罪の意を表明した。一々芝居がかった男である。


『キキキ、そこまで深く謝罪をする必要はありませんよ。結論から言わせてもらえるなら、皆様から遠い地にいる私をキラースペルで殺すことはできませんのでね。現在確認が取れているキラースペルの最大効果範囲は約一キロ。それもあくまで最長距離でして、平均的には約十から百メートルが効果範囲と言ったところです。まあ試してみたいというのなら止めは致しませんがね、キキキキキ』


 喜多嶋の言葉を真に受けたのか、佐久間は体をよろめかせて椅子に倒れ込んだ。


「ああ、そんな意地の悪いことを仰らないでください。貴方様を例に出したことに本当に他意は無いのです! 私の軽率な発言によりこんな羞恥を味わうことになるとは。もし私のキラースペルが時間を逆行させるものであったのなら、躊躇うことなく今! この瞬間に! 呪文を唱えていたことでしょう!」


 天にも轟かんとする悲哀なる絶叫。

 この男の発言にもだいぶ慣れた様子だった喜多嶋も、ここまでのリアクションは想定していなかったのか、しばらく口を開けずに黙り込んでしまう。およそ一分近くの間が開いた後、ようやく喜多嶋は口を開いた。ただ、その声には先程までの楽しげな色はなく、さっさとこいつとの話会話を終わりにしたいという疲労の色が強く出ていた。


『……それは惜しかったですね。それで、まだ何か質問はございますかな』

「あまり喜多嶋様のお手を煩わせるのも申し訳ないですし、キラースペルについての質問はあと一つだけ、としたいと思います。ズバリ、キラースペルの効果範囲外でキラースペルを唱えた場合、それは不発という形で使用したとみなされるのでしょうか? それともいまだ使用していないものとして、再度唱えることが可能なのでしょうか?」

『最後の御質問であるのに申し訳ないですが、それはお答えしかねます。もし知りたいのなら是非ご自分で試してみるのがよろしいかと。まあ、効果範囲内であるならどこで唱えようと結果は変わらないわけですし、不安ならば相手の目の前で唱えればいいと思いますが。と、他に質問のある方はいらっしゃいますか? もし無いようでしたら、ルールとは別にちょっとした説明を行いたいと思うのですが』


 喜多嶋の問いかけに対し、誰からも質問の声は上がらない。佐久間の聞いた疑問がそれなりに的確であったため、ほとんど疑問は解消されていたようである。

 明もいくつか疑問は残っていたものの、どうせ答えは返ってこないだろうと考え、黙って喜多嶋の話を待つことにした。

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