TRUE WHITE

O(h)

第1話

『TRUE WHITE』 



 目の前を一枚の紅葉が横切る。

スローモーションのような世界。

静かなせせらぎにそれは吸い込まれてゆき

私達がいる場所からゆっくりと遠ざかってゆく。

川辺に佇んでいる私達はその葉の行方を静かに見守っていた。


 それほど大きな川ではない。しかし湛える水流の色彩は息を飲むほどに美しく崇高で

周囲に密生している紅葉した樹々の艶やかな色を水面に映している。


三枚 二枚


 冷えはじめた空気のなかを紅葉が再び浮遊している。

この空間だけ時が止まったような感覚に私は包まれる。

ーそれは柔らかく そして儚い感覚だ。


「もう街には戻りたくなくなっちゃうね・・・こんなに静かな世界もあるんだなぁ・・・。」

先程まで私の隣に座っていた梨佳はそう呟くと

突然立ち上がって川面に向かって駆け出してゆく。


タプン


 そんな音が静寂を破って私の耳に届く。

梨佳が浅瀬の水を左足で軽く蹴り上げている。

時が再び動き始めたらしい。

(いつの間に裸足になったんだろう・・・。)

梨佳の小さな白いスニーカーと群青色のソックスが私の足元近くに無造作に

捨て置かれている。先程まで風に舞っていた紅葉が数枚、その周りに着地していた。


 暫くの間、彼女はくるぶしまで浸かった脚で水面を蹴ったり

その水流の感触を確かめるように手を浸していた。

すっかり子供の頃に戻ってしまったように無邪気に水遊びを楽しんでいる。



「パパ、絶対泣くよね。ハンカチ、忘れちゃダメだよ。」


 

 川岸から戻ってきた梨佳に突然、現実を突き付けられる。いつもの展開だ。

背伸びをした我が娘の小さな円い笑顔が私の眼を覗き込むように近づいてくる。

梨佳は明日、街の教会で結婚式をあげることになっている。


「一人娘のウェディングで泣かない父親がいたら会ってみたいもんだな。」

「なんかさ、もうこの段階で眼、うるうるしてない?」

「ばか、するか。」

鼻の奥がツンとするのを隠すように、私は手で鼻梁を掻く。



「あっ」

何かに気が付いたように梨佳が小さく手をたたく。

「これ貸してあげる。明日使ってね。もちろんちゃんと洗って返すのよ?」

少しマットなキルティングスカートのサイドポケットから、真白いFURLAのハンカチを取り出した彼女は、度重なる不意打ちに面喰う私にそれをすっと差し出した。



「ありがとう。」

 

 しっかりと、そして何かを確かめるようにそう呟いて梨佳はまた川岸の方へ駆けて行く。その背中が少し霞みはじめる。視界が再びスローモーションに切り替わる。


(私が言おうとした一言なのに・・・)


 そう想いながら、娘に手渡された四つ折りの真白いハンカチをそっと広げてみた。

ーそこには深紅の紅葉が一枚挟まっている。そしてそれにはまだほんのりと温もりが残っていた。


(了)

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