第18話 騎士団合同演習会(3)
《どういうことなの、すべて順調に運営しているじゃないの……!》
クラウディアのつぶやきを、アンネマリーは歯噛みをしながら聞いていた。
二人は、騎士科棟の人気のない廊下でひっそりと話している。
朝に宮廷学校についてから、二人はずっと馬舎を中心とした巡回をしていた。
だが馬舎にいるのは、朗らかに、だが粛々と仕事を進めるまじめな職員たち。
更衣室にも、演習会場にも、いるのは健全な交流を交わす男女や、仲間たちと青春を堪能する騎士たちの姿ばかりである。
変態が醸し出す何とも言えない空気は、片鱗すらも見つけられない。
その上、場所が騎士団の演習会場である。
それは、国中の騎士たちが集まる魅惑の園。
殿方同士ラブの嗜好者たちには垂涎必至のその場所で、殿方の観察をあきらめ、居もしない来世の姉妹を探さなければならぬというこの状況は、いやでも二人のフラストレーションを誘う。
《全くどこで何をしているの、ここに筋骨隆々の騎士たちがいるのよ。さっさと変態行為しなさいよ、ネリ……!》
クラウディアがやけになったようにつぶやく。
アンネマリーには彼女の気持ちが痛いほどわかる。
姉妹は大切だ。
それも、殿方殿方ラブへの道を共に邁進した、かけがえのない戦友である。
だが、それを見つけることは、果たしてこの場にいる殿方たちを無視してまで行わなければならないことなのか。
他の令嬢方は、演習会場の見物席で歓声を上げながら動向を見守っているのに。
自分たち以上に、殿方達への興味にあふれた令嬢などいないと自負しているというのに。
目先の快楽に、二人はつられつつあった。
《ネリお姉さま、いったいどこにいるんでしょう……》
悔しさのあまり涙目になったアンネマリーのつぶやきに、クラウディアがびくりと肩を震わせる。
《ねぇ、アン。私達、もしかして前提条件が間違っていたのではないかしら》
その言葉に、アンネマリーは顎に指を当てた。
《……私たちは男女が上品に交流する舞踏会場や、外賓向けの休憩部屋などは、ネリお姉さまは歯牙にもかけないと思って省略し、あくまでも筋骨隆々の騎士や馬がいるところを中心に探索していました。それが、間違いだということですか》
《ええ、今わたくし、ちょっと思いついてしまったのだけれど……》
クラウディアが頭痛を抑えるように、こめかみに手を当てて言った。
《あの子、本当にまだ変態なのかしら》
アンネマリーは、すぐにはその言葉を理解できなかった。
ゆっくりと一語一語をかみ砕き、やがて頭に両手を当てて首を振った。
《待ってください……》
《でも、わたくしたちこれでも一応逆転生したのよ。あなたは少し気弱になり、わたくしは少し見栄っ張りになったわ。あの子に何の変化もないと言い切れる?》
《でも、それじゃあ――》
アンネマリーは頭を抱えたまま、悲鳴を上げた。
《ネリお姉さまを見つけることは不可能です。だって、変態じゃないネリお姉さまなんて、ネリお姉さまじゃないもの――!》
――それは、絶望であった。
ネリの性質は、一言で言えば「変態」であった。
逆に言えば、彼女が「変態」ではなくなってしまえば、それはネリに特徴がなくなることと同義である。
――これは、詰んだ、かもしれない。
二人はうつむいたまま黙り込んだ。
どれくらいたっただろう。アンネマリーがぽつりとつぶやいた。
《まだわかりませんよ》
アンネマリーは顔を上げた。
《まだわかりません。単純に、たまたま今日ここにいなかっただけかもしれません。ネリお姉さまだって、何か緊急の事態があれば、こんな機会を逃すこともあるはずです》
クラウディアも顔を上げた。
《……そうね。わたくし達、ネリならこんなイベントは、世界の果てからだって来るだろうと簡単に思っていたけれど、世界の果てからここに来るのって、普通に大変だものね》
《だから、気長にやるのです》
アンネマリーは頷いた。
《私たちは焦っていました。気長にやっていたら間に合わないからです。でも、前世で来世の姉妹と会うなんて、一般的にあり得ないことです。そもそも、最初から亡びかけていた国です。見つからなくてもともと、会えたらもうけ。全く期待せずに、かつ全力を尽くしましょう》
《というか、もはやそれしかないわね。探索を続行しましょう、アン》
《あ、それなんですけどね》
アンネマリーはクラウディアの目を見て言い切った。
《私達、少し理詰めにやりすぎたと思うのです。ネリ姉さまの行動を予測したこの計画は、決して間違っていない。でも、人間とは感情で動く生き物です。……どんなに違う人間になっても、追っているものはただ一つ――萌えです。私たちは萌えを探し求めて生きるからこそ、また出会えると思うのです》
――それは、ネリ探しをいったんおいて、目先の欲に華麗にダイブするための、堂々たる言い訳であった――
クラウディアはしばらく考え込むと、くっくっと笑って白のボンネットを取った。
《……わたくし、胸勘定にとらわれすぎていたようね》
そして、白い付け襟を外すと、元の令嬢モードの姿に戻った。
《アン、わたくし気負うのはやめたわ。わたくしたちは萌えを追う。そして、その過程で出会えたからこそ、わたくしたちは戦友なのよ》
アンネマリーは満面の笑みで立ち上がった。
《私、騎士たちの更衣室の周りに潜みます。あそこ、休憩中の騎士たちが談笑しているんです。スキンシップも見たい放題》
クラウディアも満面の笑みでうなずいた。
《わたくしは、騎士たちの試合を見るわ。ギルの試合、ちょうど今からなのよ》
そういえば、と前置きしてから、クラウディアは言った。
《まぁ、《受け》だわね》
《突然、何の話ですか》
《ギルよ。ずっと考えてたんだけれど、あの生真面目で頑張り屋さんなところは、《健気受け》の代表格よ》
《何故それを今言いますか。というか、馬車の中で腐海から弟を守り抜くためなら、何だってしてやるっていいましたよね》
《うるさいわね。その件は、私に考えさせたあなたのせいよ。もう全部、あなたのせいよ》
《それで、《受け》認定の理由はそれだけですか》
《もちろん、ほかにもあるわ。騎士っていいじゃない、王族の守護もできるわ。あとはわかるでしょ》
《姉さまってば、相変わらず身分差が大好きなんだから》
《専属護衛っていいわよね……なんか腹黒な王子様とかにつかまって、一生大切にされてほしい》
《私は《攻め》ですね、ギルベルト様》
《貴様、裏切ったな》
《だって、ギルベルト様は結構上背があるじゃないですか。見た目より筋肉ありそうだし。ここは魔術科の優男と付き合ってほしいです》
《アンってば、相変わらず身長差が大好きなんだから》
アンネマリーは見透かすように微笑んだ。
《とりあえず、お姉さま。ギルベルト様受けの小説、楽しみにしていますよ》
《駄目よ、それこそギルに見つかったらわたくしは死ねる》
《まぁまぁ、そう言いながら結局作っちゃうのが私達》
《ちくしょう、だからこの話は嫌だったのよ》
《始めたのお姉さまですよ―》
《そうね、やめだ、やめだ。この話は終わり》
《話に付き合ってあげた、優しい妹に、何て言い草でしょう。でもまぁ、いいです。これからが佳境ですものね。では、お姉さま――》
アンネマリーは鋭く叫んだ。
《散!》
そして、二人はそれぞれ追い求めるべき萌えの地に向かって、走り出した。
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