第8話 クラウディアは賢くて努力家の令嬢(?)
アンネマリーの屋敷の応接室で、アンネマリーとフェリクスは向かい合って座っていた。
「で、なんなわけ。この暗号文は」
フェリクスは新聞の広告欄をたたいた。
アンネマリーが出した広告には、このような暗号文が書かれている。
アロベル
アルボニ
エトリヒ
ローザシャ
マイアロ
(以下長文)
このようにほぼ四音からなる単語が、ただひたすら羅列してある。
「これはですね、《攻め》と《受け》を表します」
「急に古代魔術語出してくるな」
「失礼。あー、うーん、えーと、えーと。つまり、愛(物理)を送り込む方の名前の二音を前半に入れて、愛(物理)を受け入れる方の名前の二音を、後半に入れるんです」
男役と女役という説明もできるが、男なのに女役とは何事なのか、自分にもよくわからない。
アンネマリーが初めてこの概念を思いついた時も、姉たちに説明するのに非常に苦労した。
何も知らないフェリクスのために、かなり曖昧な表現をしたが、フェリクスの食い付きは予想より良かった。
「何それ。俺知らない。詳しく」
「まぁ、要は、会話の省略のための文法です」
「じゃあ、これ全部、殿方同士カップルなわけ」
「そういうことになりますね」
「ちょっとちょっと、そういうのはもっと早く言ってもらわないと困るって。どれがどれなんだ」
「えっとですね……」
アンネマリーが解説を加えようとしたところで、扉をノックする音が鳴った。
「クラウディア・ツァールマン様という方がお見えになりました」
メイドの言葉に、二人は顔を見合わせた。
「友達?」
「全然」
「そうだよな。クラウディアさん可愛いけど、貴族の集まりにも滅多に出てこないし。声をかけようにも弟のガードが堅いしなー」
「あなた、なんでご令嬢方に人気があるんですか……女の子ってもっと硬派な方を好むものだと思っていました」
「いやあ、人徳だねー」
あれ、とフェリクスが首を傾げた。
「今日来ることの事前連絡あった?」
「全然」
「そんな失礼なこと、しそうな子じゃなかったけどな……」
「よほど急いでいたとか……」
二人はしばし無言でうつむく。
「待って、すっごく嫌な予感がしてきたぞ」
フェリクスが二の腕をこすりながら言った。
「私はうれしいです。早速の候補者ですね」
「とりあえず俺、席外すよ……」
「そうしてください」
別の扉からフェリクスが去るのを確認して、アンネマリーは「こちらへ案内してください」と声をかけた。
やがて、クラウディア・ツァールマン伯爵令嬢が現れた。
「急にお尋ねしてしまう非礼を、お許しくださいましね」
「とんでもないことです。直接お話しするのは初めてですね。うれしいです」
クラウディアの謝罪をいなしながら、アンネマリーは「違うな」と思った。
クラウディアは長い黒髪を垂らして、真っ白な頬を持ついかにもな知的美人である。
「来世」のアンの、ディアという姉は非常に面倒くさい人間であった。
ありとあらゆる殿方同士ラブの「証拠」や「説得力」を見つけ出すために、片っ端から書物をひも解いて、かなりこじつけな詭弁理論を捏造することが彼女の生きがいだった。
「来世」では、このようにディアとネリの仲裁をしたものだ。
『ネリ、あなたの理論はガバガバなのよ。こっちのカップルの愛の方が断然説得力あるから、ちょっと聞きなさい』
『違うもん、騎士団長は馬と付き合ってるもん。ネリ見たもん。ディア姉さんの悪辣』
『二人とも落ち着いてください。説得力があろうがなかろうが、妄想は妄想です』
……何度同じ会話をしたことだろう。
このような知的美人が、あのとちくるったディアであるはずがない。
かといって、ネリでもない。
ネリはその特殊な感性の赴くままに、奇怪な行動を繰り返す馬鹿であった。
まさか、宮廷学校ですら名の知れた優等生になれるはずがない。
その時、クラウディアは手に持っていた大きな籠を机の上に置いた。
籠の中には大量のミカンが入っている。
その中からクラウディアは、三つのミカンを取り出す。三つとも、腐っていた。
その時、閃くようにアンネマリーの来世の記憶がありありとよみがえった。
――脳みそ腐った馬鹿令嬢達
――我ら腐りし令嬢、すなわち腐女子なり。腐敗の伝染の速きこと、ミカンのごとし
「ディアお姉さまなのですね! 私、一目見た時から分かりました!」
「嘘つくなボケ」
「やっぱり分かりますか」
「舐めないでよ、長い付き合いだもの」
「分かっているのなら、なぜわざわざミカンで試すような真似したんですか」
「念のためよ。ミカン、おいしいし」
ディアは籠から腐っていないミカンを取り出すと、皮をむいてもぐもぐ食べ出した。
お持たせを自分から食べる図々しさも、来世のままだ。
「あのカップル目録を見た時から、確信はしていたけれど。あなたがアンだったのね」
「はい。まぁ、正確に言えば、一週間ほど前に思いだしたのですけれど」
「私は三年前だわ」
「酷いです、少しくらい探してくれてもよさそうなものを」
「私の頭がおかしいんだと思っていたのよ」
「まぁ事実、頭は腐ってますよね。お互い」
その時、応接室のもう一つの扉からノックの音がした。
フェリクスだ。
(どういうことなの)と目で問うクラウディアに、アンネマリーがうなずいてみせる。
やがて入ってきたフェリクスが、気さくに礼を取る。
「お久しぶりでーす。クラウディアさん、元気?」
「フェリクス様……信頼してよろしいのね?」
クラウディアの言葉に、フェリクスは遠い目をした。
「信頼してよろしいというか、巻き込まれたというか……」
「とりあえず、フェリクスさんは口が固いです。大丈夫ですよ、ディア姉さま」
フェリクスはソファーに腰かけると、背筋を伸ばす。
「クラウディアさん、率直に聞くね。一体、これからこの国に何があるの」
「ごめんなさい、ディアお姉さま。私、世情のことは何も覚えていないの」
二人の言葉に、クラウディアは頬に手を当てて、ため息をついた。
「アン、あなたが知らないのも当然だわ。私もほとんど覚えていない」
「は……?」
「当時の災いについて、当然私も調べようとしたわ。ちょうどお母様がそれに関する本をたくさん持っていたから……でも、読もうとしたらお母様にこっぴどく叱られたの」
「それは、おかしいです。お母様はむしろ、私たちが読書をすれば褒めてくれました」
「そう。だから、お母様は私達にこのことを知られたくないんだと思ったの。だから、アメルン家長女として王宮に行った時、王宮図書館に行く機会があったけれど、それに関する本を読んだのは一回だけだったわ」
「一回は読んだんですね……」
「お話し中失礼するね。王宮図書館って何かな。初めて聞いたけど」
フェリクスが口をはさむ。
「私が……来世のディアが生まれた年に作られたんです。要は、宮廷学校の名残ですわ」
「名残? まさか、宮廷学校がなくなるとでも」
「その通りです」
フェリクスは額に手を当てて、沈黙した。アンネマリーが問う。
「災いに関する本を読んだのですよね。どんな内容だったの」
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