その冷酷令嬢、腐女子三姉妹のお母様につき

小津柚紀

第1話 きっかけ

アンネマリーは逃げようとした。だが、回り込まれた。


「相変わらず控えめでいらっしゃるのね。『貞淑な』アンネマリーさんは、自己表現すらお控えになるようだわ」


目の前に立ちはだかるのは、長く豊かな赤い巻き毛に、知性をうかがわせる黄色の瞳の麗しいご令嬢。


彼女の名はアポロニア・アードルング。御年十七歳の公爵令嬢だ。


誰よりも優秀で誰よりも気高く、美しく完璧すぎる御姿を持って、人呼んで「令嬢の鑑」。

誰相手にも厳しく、嫌味をびしばし言うことをいとわないお姿を持って、影で呼ばれることには「冷酷令嬢」。


アンネマリーはぐえっと潰れたヒキガエルのような悲鳴を漏らした。

別に、遠回しな嫌味に傷ついたからではない。

正確に言えば、アンネマリーのガラス製の心臓は粉々に砕けたが、ダイヤモンドの砦よりも堅牢な外面は微笑みを絶やさなかった。


思わず悲鳴を上げてしまったのは――今、思いだしたからだ。


アポロニア様は、アンネマリーの「来世」のお母様だった。

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