詰め合わせ ーアドベントカレンダー2022ー 

micco

12/1 かの国の流行は今【赤いアレ】

 うーむ。

 夫が鏡を見ながら唸っている。これはいつものことで、彼は意外にお洒落なのだ。いやお洒落というか何というか、流行の身だしなみに余念がないというか。また新しい流行ブームがきたのかと、洗濯物を抱えて通り過ぎようとした。いや待て。


 二度見した。


 彼の持つ全ての下衣パンツが並べられていたからだ。

「お、オズ……?」

 動揺を隠せずに思わず名を呼んでしまい、夫ことオズワルドは私に気づいた。「マイ」と呼び返して目尻を下げる。そしてこちらを向いた瞬間、私は再び衝撃を受け息が止まった。

「君はどう思う。おかしくないだろうか」

「どうって……」

 おかしいよ。

 私は咄嗟に出かけた台詞を――夫婦間における暗黙の了解『パンツ関連はセンシティブ』を以て――意志の力で飲みこんだ。そして昔見たドキュメンタリー番組で有名デザイナーが新しい服を検分するときのような真剣さを装い、彼の姿をもう一度見た。

 いやおかしいって。


 彼シャツ状態かよ。


 長めでやや前下がりの白シャツからはよく鍛えられた太腿が伸び、固そうな脹ら脛がまた足首へと収束するラインを描く。

 オズワルドは筋骨隆々とまではいかないが体格がよく、五十を過ぎたオジサンにしては引き締まった体なのだ。腹筋も割れてる、少し分けてほしい。四日に一度はスモーの稽古と称して体を鍛えているからだろう。

 それはいい。趣味で運動するのは健康にもいい、元気な証拠だし。

 でも考えてみてほしい。太腿も脹ら脛も立派なアスリートのイケオジが、白上衣シャツ一枚だけ着たように見える姿で外を歩こうとしていたら? 残念ながら日本ならTwitterで拡散の上、タイホだ。


 私は遠い目で「他の(シャツ)はどうなのかな」と何とか返事をした。


 ――私は自宅の庭でどこからか飛んできた赤狭衣ビキニを拾ったことで、このパンツの国の世界に不思議な力で呼ばれてしまった。なんと赤狭衣は島の領主の特別な下衣。未亡人だった私はそのときのトップオブパンツだったオズワルド様と恋をして、今はこの世界で幸せに暮らしている。

 だからパンツ姿の男性なんてもう見慣れたと思っていたけれど……。


「そうか他の(パンツ)か! いや実は俺もこの狭衣ビキニではイマイチだと思っていたんだ」

 狭衣だったんかい!

 ぴらっと、白いシャツの裾を持ち上げて、青年漫画の美少女よろしく中の下衣を見せたオズワルドは照れたように頬を染めた。


 ちがうそうじゃない、と常識の壁に震えた私を余所に、オズワルドはいそいそと他の下衣を選び始めた。

 長衣ボクサーブリーフ中衣トランクス短衣ブリーフ真衣まわし――この国の全ての下衣がここにあった。いや、祭衣ふんどしはないか。


デリア叔母トップオブビキニの島ではこのシャツが大流行しているそうなんだ。さっき届いたので早速試着をしていた」

「そ、そうなの」

「見えるか見えないかが女性に人気らしい」


 へ、へぇ。私は思わず引いた。

 長め丈のシャツの裾が揺れる度、ちらっちらと下衣が見え隠れするのを想像した。「今ちらっと見えたわ。あの人は青よ!」「きゃあ! 赤の真衣ヨコヅナよ!」「オズワルド様よ!」みたいな黄色い声も想像してしまった。

 そうか、この人はパンツをチラ見せして喜びたいのか。……そうだ放っておこう。

「じゃあ私は洗濯がありますので」

 おしめは洗っても洗ってもすぐ汚れちゃうのだ。シャツの丈を気にしている場合じゃない。双子が寝ている間にやってしまわないと。

「あ、待ってくれマイ」

「嫌です忙しいの」

 何だか面白くなかった。普段はイクメンな夫で、今も「その洗濯物は浸けて置いてくれ。あとで俺が洗おう」と言ってくれた。でも無性にムシャクシャして、無視しようとした。泣けてくる。

「マイ!」

 腕を取られ、振り向かせられた。

 おしめを間に挟んだまま、ぎゅうと抱きしめられた。

「な、やめて……。おしめが、シャツも汚れちゃう」涙が触れた彼のシャツに染み込んだ。

「洗えばいい。それよりマイ……」

 抱擁が緩んで、休日らしく髪を下ろした彼が私の目を覗きこんだ。オリーブ色の瞳に自分が映っているのを見た。

「今度の、エーミル様の聖誕祭には一緒に出かけないか?」

「聖誕祭?……でも、子ども達が」

 そう、下の双子は首が据わったばかり。

 けれど私の反論に、オズワルドは悪戯がバレたときの長男のような顔をした。

「預かってもらえるように頼んでおいた。君とデートがしたくてな」

 デート? なんだか懐かしい響きに、私も思わず頬が熱くなる。とろり、と彼のオリーブが溶けた。

「デートに着ていくなら、新しいシャツがいいかと思って……だが俺にはやはり似合わないだろうか」

「そう……だったんですね」

 ちゅと軽く口づけされ「だめだろうか」と問われる。途端に溜飲が下がって、緩く抱かれるのに任せた。ヤキモチを焼いてしまったと恥ずかしくなった。

「似合わないなんてことはないですよ。ただ、他の下衣パンツにした方が……」

「じゃあ一緒に選んでくれるんだな!」

 ありがとうマイ! 大喜びの夫を前に私は苦笑する他なかった。

 だって私は夫を愛しているし、ここはパンツの国なんだから。



(了)


 ────────────────────

 たぶん、短衣。


『パンツの国〜下衣文化の異なるイケオジに溺愛されて目のやり場に困ってます〜』

https://kakuyomu.jp/works/16816927861053418625

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