第29話
秒速820メートルというのだから、発射から着弾まで必要な時間は1秒に満たない。
管制はジョシュア、トリガはセコが司っているのだから、狙いは正確無比といっていい。
1秒後に訪れる光景は、露出した急所を貫き、Criticalと表示される事だったのだが、現実は……、
――Miss.
攻撃が阻まれた事を示す表示だ。
「何で!?」
12.2センチ砲を支えていたヨウは最前列で見ていたにも関わらず、自身の目が信じられなかった。
この結果に繋げた正体は、ヨウ以外の全員が知っている。
「障壁魔法だね……」
セコが吐き捨てた言葉には、
モモが飛竜の動きを制限した盾魔法の上位で、前方だけでなく上下左右を隔てる魔法が障壁魔法である。
「バカメ」
フォートレス・エンペラーから嘲笑が飛ぶ。ノートリアス・ビッグはAIがコントロールし、声を発するようになっている。
そして嘲笑と共に、主砲に光が宿った。
「蒸発しろ、愚かな人間ども」
その主砲に宿る光は、核熱の魔法。
膨大な熱量が集束されて、あらゆるものに死をもたらす光線と化し、ヨウにも絶望の言葉を吐かせる。
「……ダメか……」
集まっている5人を飲み込む規模で照射される光線に目が眩む。
しかし光線が炸裂したのは、ヨウたちよりも先にあったもの――。
盾魔法だ。
前方のみだが、飛び立とうとする飛竜すら受け止める魔法は卓越した防御力を発揮してくれる。
ただし、モモには今、盾魔法を使うだけの余力はない。スタミナを回復させ続けたモモ姫のHPは限界まですり減っているのだから。
誰が張ったかといえば――、
「お姉様……」
モモが
しかし障壁魔法と違い、盾魔法が防御できるのはあくまでも前方のみ。フォートレス・エンペラーの光線は飛沫となりながらも、容赦なくヨウたちを灼いていく。
全員が顔を顰めさせられる中、綾音だけは手を伸ばし、ここまで自分たちを生き延びさせてきたモモへと手を伸ばす。
「もも姫」
綾音はモモの身体を抱き寄せ、覆い被さる様にして庇う。
「
きょとんとした顔をするモモへ、綾音は「小さくなってなさい」と包み込むように抱く。
「この飛沫ひとつでも、十分、あんたを戦闘不能にするんでしょ」
その飛沫にすら当てる訳にはいかないのだ。
そう長く放射し続けられる光線ではないが、その直中にいる5人は
だがどんな嵐でも、全てを賭けている5人の前には屈した。
「セコさんが守ってくれた……」
膝を着きながら、ヨウは背後に感じるリーダーの気配に感謝するが、その次が続いてくれない。
――だけど……。
ヨウは言葉を途切れさせた。光線は拡散させたに過ぎず、無傷でやり過ごせた訳ではない。
全員が瀕死の状態にされている。
「打つ手があるまい」
フォートレス・エンペラーの嘲笑は、悔しいが誰も言い返せなかった。頼みの12.2センチ砲も、障壁魔法をどうにかしなければ沈黙させられる。
――諦めんでくれよ!
そこへ飛び込んでくるイーグルのメッセージが。
「おやっさん?」
ヨウがHMDに目を走らせる。
――今、大急ぎで愛機を整えておる。何秒かでいい! 稼いでくれ!
リスポーンしたイーグルが、次の手を打とうとしているのだ。
そして何秒かを稼ぐだけで済む愛機とは、航空機に他ならない。
しかし……、
「何秒でいい、か」
その何秒かが遠いのだ、とジョシュアは歯噛みさせられてしまうも、ヨウが膝を着いていた足を突っ張る。
「いや、何秒かで済むなら!」
「ほう」
その姿にフォートレス・エンペラーは笑う。
「その大砲で、我が貫けると? 砲弾が当たるとでも? 我が力を防げると、愚直に信じて疑わぬ。それ故に、お前たちは滅ぶのだ」
AIが操っているからこそ、ノートリアス・ビッグのセリフは挑発的だ。
その挑発に乗る形で、ヨウは切り札を切る。
「たかが数秒、時間を稼ぐだけで勝てるんだからな、こんな楽な話はないだろ!」
HMDに表示されているスキルを選択する。
24時間という、Arms Worldで最長のリキャスト時間を持つスキルは――、
「女神の祝福」
周囲にいる全員のHPを全回復させるもの。
逆転に賭けるには、それしかないとはいえ、5人を全回復させたという事はフォートレス・エンペラーの狙いは二度とヨウから離れない。
「人間というのは、愚かな生き物よ。願いだの信じる心だの、下らぬものに囚われる。その様なものが、何の役に立つ? 何の役にも立たぬわ」
フォートレス・エンペラーの砲台が一斉に火を噴く。
「お兄ちゃん!」
モモが盾魔法をセコの盾と合わせてL字に展開させたが、砲弾が炸裂した衝撃は防ぎきれない。
顔を顰めさせられる攻撃の中、ヨウは――、
「でも、これで相手の動き、予想しやすくなったんだろ?」
綾音へと顔を向けた。
「……」
綾音は黙って頷くと、両手で複雑な行を結んでいく。
「ノーマクサバラ・タタギャテイビヤリ・サバラモクケイビャリ――」
フォートレス・エンペラーの速度は頭に叩き込んでいる。
「サバラタタラタ・タタラセンダ・ウンキキキキ・サバラヒサナンウン――」
動きが読める今、綾音は切り札を必中させられるのだ。
「タラタカン、ムン!」
フォートレス・エンペラーの足下から、綾音の炎魔法が発動する。
「戦術・
陸上戦艦という規模であろうとも多砲塔戦車というのならば、被弾の確率が最も低い底部の装甲は薄い。
それを狙っての魔法であるが……、
「その程度の魔法でやられと思ったのか!?」
フォートレス・エンペラーは健在。
そしてフォートレス・エンペラーの吐き出す砲弾の嵐が、遂にセコの盾魔法を突破するが、それでも尚、綾音は肩を竦めていう。
「Well,Who knows?」
敢えて和訳するならば「さぁてね?」だろうか。
AIが操っているノートリアス・ビッグだが、その主たる目的は攻略を困難にする事であり、プレーヤーの滅殺ではないからだ。
「よぅし……」
皆の耳に、低い声が届く。
声の主は、大空を飛来する航空機からのもの。
イーグルの愛機だ。
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