第4話

 高ランクの装備に使う素材となれば兎も角、初心者が最初に揃えて強化していく装備に必要な素材は楽に手に入る。


 三人が向かう道はのどかなもので、その道々、セコはヨウとの出会いを説明した。


「オープンの方だったから、群れに追われてるのが見えたから」


 依頼にはいくつか種類があり、オープンワールドを駆け巡り、他のプレーヤーと出会えるものもあれば、設定したパーティに限定されるものもある。


 ヨウが選んだのが、他のプレーヤーも介入できる依頼だったからこそ、セコは助けられた。


「助けてもらえたの、すっごい偶然だったんですね」


 と、ヨウは自分を納得させるように、大きくゆっくりと頷く通り偶然である。


 しかも飛びっきりの偶然であるから、モモも目を丸くして聞き返す。


ねえ様がお兄ちゃんと知り合ったのは、初依頼だったんですの?」


 セコは「そう」といいながら、ヨウへ顔を振り向かせた。


「ヨウくんのね――あぁ、君付けで呼んでいい?」


「はい、それは別に」


 快諾するヨウは、セコは年上だと感じている。キャラクターメイクのできるゲームなのだから、キャラクターの外見と本人の年齢が一致している訳ではないが、セコの話し方からだろう。


 セコは「ありがとう」といい、


「新しい飛行機を作ったから、そのテストに出てたら、下にいた。たまたまだよ」


 慣熟飛行に敵が少ないクエストを選ぶのはセオリーでもあるから、これがセコとヨウの出会いを結びつけてくれた。


 しかしセコの新型といわれると、モモはそちらに食いつく。


「あ、新しいのできたんですの? 今度は複合翼にするっていってた、アレ」


 軽く飛び跳ねるように近づくモモへ、セコは「できた」と頷いた。


 モモは「いいなぁ」といったところで、ハッとした顔をヨウへと向け、


「なら、お兄ちゃん、見たんですの?」


「見まし……見た。ドラゴンの鱗みたいな外観で、赤と白の。そういえば、翼が6枚?」


 ヨウの中で鮮明に残ってるセコの愛機。ゲームならではの現実離れしたデザインに、助けられたという体験が印象を強くしていた。


 セコにとっても自慢の愛機である。


「いや8枚ある。遊動式の前翼が2枚、主翼は可変翼。だから主翼はスピードによって角度が変わる。尾翼は上2枚は遊動式で、下の2枚が安定翼。推進ノズルもベクタードノズル」


 何の事をいっているのはヨウにはさっぱりであるが、セコが自信と興味を全身で表現しているのは分かった。


 それ程までの航空機であるから、モモは自分より先に見たヨウへぷっと頬をふくらませる。


「じゃあ、うちのメンバーも見てないのを、お兄ちゃん、先に見ちゃったんですわね」


 モモに対し、ヨウが「それは……ごめん」としかいえずにいると、またセコが笑った。


「いずれ見せるよ。何にでも使えるように調整してるから」


 セコはモモの背を押し、目標地点まで促していく。


「今は飛行機より、接近戦の方が話が早いから」


 今回は、ヨウの装備を作る素材集めがメインだ。


「素材は依頼の報酬で手に入る物の他に、モンスターを倒して採取してしまう方法もある。飛行機で爆撃したり銃撃したりすると、採取は徒歩のキャラしかできない」


 だから徒歩で行くというセコに、モモが付け足す。


「最近は、飛行機でとっとと済ませて、もう一回、依頼を受領して繰り返すっていうのが一番、手っ取り早いっていわれてますの」


 武器を持って彷徨うろつくのは、採取で取れる素材がレアだった場合、確率を増やすためくらいだ。


「でも、姉様が飛行機で掃討して、それを私とお兄ちゃんが採取していくっていう手もありましたわね」


「時々、味方に当たると思うけどね、それは。弾丸だけで旋回し続けるの面倒だし、爆弾使って誤爆って、ちょっと嫌」


 そこにヨウは苦笑い。


「ははは、確かに撃つのも撃たれるのも、気持ち悪そうです」


 仲間を撃ってもダメージは通らないが、それをセコたちが許容できるのは、初依頼のヨウを助けた時のように、緊急時のみだろう。


 そこでセコは立ち止まり、顎をしゃくる。


「まぁ、やる事は簡単。雑魚を倒すと、一定確率でボスが出てくる。それを倒せば終了」


 目的地だ。


 セコは「三人で行こう」という。


 セコにとっては、効率よりも優先すべき事があるのだ。



「その方がよ」



 効率的に進めるのも楽しいだろうが、非効率的な事すら楽しめるのがゲームというもの。


「ゲームをするんじゃない。んだよ」


 セコは右手に剣を、左手に槍を構えた。しかし分厚い大剣と、身長を超える長大な槍は、どちらも両手で扱う武器である。


 その異様な姿は、またヨウの気持ちを持っていく。


「二刀……流?」


 目を瞬かせるヨウに、セコは苦笑いして首を横に振った。


「いや、呼び方は知らない。スキルは、片手持ちってスキル。両手持ちの武器を、片手で持てるようになる」


 凄いように聞こえるヨウが、素直に「凄いですね」というより早くモモが茶々を入れる。


「持てるだけで、スピードは上がらないですのよ」


 手数で圧倒するのが二刀流ならば、その長所を活かせるスキルではない。


 そういう装備こそ、セコが好むもの。


「そう、!」


 格好だけだ、と笑いながら、セコは「行くよ!」とヨウを引っ張った。


 このセコとモモならば、ヨウも存分にプレイできる。


「はい!」


 ヨウはナイフの刃越しに、眼前のモンスターを視界に捉えた。逆関節の足を持つ二足歩行のモンスターは、小型の肉食恐竜を思わせる。


 ――ラプトル。


 ゴーグルにモンスターの名前が表示され、急所の位置は、セコがいった。


「急所はイノシシと同じ。大丈夫?」


 セコの声は、ヨウの記憶を刺激する。セコに助けてもらう直前、モンスターのスタンピートを引き起こしたのはクリティカルヒットだった。


 ――狙える!


 ヨウはナイフを水平に構え、腰を落とす。


「はい! 胴体の中心!」


 ただしイノシシ型のモンスターは草食だったため積極的に攻撃してこなかったが、このラプトルは違う。



 肉食恐竜をモデルにしているのだから、こちらを見つければ飛び掛かってくる。



 ヨウが持つ攻撃手段はひとつ。


「こいつッ!」


 ヨウは遮二無二、ナイフを突き出した。Arms Worldは本人の動きがフィードバックされる。剣道やナイフ術などを現実に知っていれば、スキルだのステータスだのに頼らずとも敵を倒せる事もあるが……、


「うわ!」


 ヨウに、そういった戦闘能力はない。


 ラプトルの鱗が、狙いの甘かったヨウのナイフを滑らせ、体勢を崩したヨウを体当たりが襲う。


 息が詰まる思いがした。特段、痛みや苦しみはないのだが、何十キロというラプトルに突き飛ばされる衝撃を体感させられる事で息を吞んでしまう。


 倒れたところへ爪をかけられるが、それを弾く光の膜がヨウを包んでいた。


 モモの魔法だ。


「大丈夫、防御魔法があります!」


 モモの声に、ヨウは「ありがとう!」といいつつ起ち上がる。


 もう一度、ナイフを構えた所で、今度はセコの声が聞こえた。


「突進に対して突進するより、回り込んでみようか」


 セコはヨウに飛び掛かろうとしていたラプトルの側面に回り込み、首に大剣を振り下ろす。


 一刀両断とはいかないが、ラプトルに与えたダメージは相当なもの。ラプトルは悲鳴をあげて、大きく仰け反り、ここだ、とセコは左手に持つ槍を狙う。


「ここ、ここね!」


 仰け反ったラプトルの胸に、セコが槍を突き入れる。


 ゴーグルに文字が躍る。


 ――Critical!


 ラプトルの急所を貫いた。


 初心者が狩る雑魚であるが、ただ2回の攻撃で仕留める様はヨウの目を奪う。


「凄い」


 それしかいっていないのではないかと思わされるも、ヨウはそれしかいえない。


 少々、照れはするのだが、セコは見得を切るように大剣を肩に担ぎ、


「まぁ、やってみよう。ラプトルの基本的な攻撃は、ダッシュとジャンプだ。横に避ける。真っ直ぐ突く。これを繰り返して」


 セコが接近戦で狩っていく事を選んだ理由は、ヨウに基本的な攻撃を教えるためだったのかも知れない。


 ヨウは「はい!」と声を弾ませて返事をし、もう一度、慎重に構える。


 ――来い……来る!


 ダッシュしての体当たりか、ジャンプしての体当たりかは、まだ判断がつきにくいのだが、ラプトルが自分を狙ってきたという事は分かった。


 横に飛び退き――これにはゲームの補正で回避能力が活かされる――着地と同時に相手の胴体へ……、


「慣れてねェ!」


 ヨウを舌打ちさせたラプトルは、既にヨウへ向き直ろうとしていた。


 しかしヨウが一人ならば攻撃失敗だが、今はセコの援護がある。


「まぁ、狙ってみて!」


 大剣で斬りつけるのではなく、剣の重量を活かし、鈍器のように叩きつける攻撃だ。


 ウェポンバッシュ――相手の行動を制約する一撃が発動する。


「――!」


 ラプトルが悲鳴を上げて仰け反り……、ここだとばかりにヨウは目を見開いた。


「こう!」


 初めて狩ったモンスターの手応えと、セコがラプトルを倒した瞬間とを重ね合わせるヨウは、体勢を低くする。


 そこから一気に加速をつけて突進し、身体ごとナイフを突き立てれば……、


 ――Critical!


 一撃死を意味するメッセージがゴーグルに表示された。


 歓喜の瞬間である。


 ナイフを持っているが故にガッツポーズはないが、ヨウの声だけは弾む。


「やった!」


 ラプトルの身体に対し、垂直に突き立てられたナイフは、鱗による受け流しが効かなかった。


 歓声はセコも同じ。


「よーし、よしよし!」


 まさにその時だった。


 二人の頭上に大きな影。一瞬、ヨウは呆けた。


「?」


 大きな影はラプトルよりも明らかに大きいのだから、ボスモンスターなのだろう。なのだろうとしか思わないのだから、ヨウの声には疑問符がついてしまう。


「ボス? こんなに早く?」


 狩ったのは二匹なのだから、明らかに早い。


 ――いや、確率で出てくるから、一匹目や二匹目で出てくる事もある?


 首を傾げるのはヨウが初心者だからだ。


 事態は違う方向に進んでおり、熟練プレーヤーのモモは知っている。


「お兄ちゃん、違います!」


 援護するために、少し離れていたモモは悲鳴に近い声を上げさせられていた。



「ノートリアス! ヤバい奴ですの!」



 一際大きいモンスターは、ボスモンスターの中でも、通常とは違うレアポップの強敵なのだ。

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