第2章「主将・セコ」
第2話
Arms Worldの世界観を一言で表すならば、ジャム・カルチャーなのだという。ジャムのように、あらゆる文化を煮詰めて作られた、という解釈である。
この世界は、それこそエクスカリバーの隣に戦車が並んでいるようなシュールな風景が当たり前のように存在しているのだから。
街へ戻ると、その言葉そのままの景色が現れるのだから、ヨウは感嘆の吐息しかない。
「はぁ……」
メイド服や、また露出度の高いセンシティブな衣装を着た女キャラが多いのは、よくある風景といえよう。
だがそんな女性キャラと一緒に、金属鎧に身を包んだ騎士、迷彩服を着た傭兵、舞台衣装を思わせる派手な羽帽子とタバードの剣士が並んでいるという風景は、奇抜といえる。
そして顔の向きを変えれば、ゲーム内のイベントに向かうのか、それとも素材を集めに行くのか、街を出発していく一団の姿も面白い。
――馬に……、あれは鳥? ダチョウ?
プレーヤーが乗り物に使っている動物も様々で、その頭上を――、
「おおー」
ヨウに歓声を上げさせる航空機が飛翔していった。その航空機も、金属系はフライトシューティングに出て来そうなデザインであるが、龍の鱗を使った機体はファンタジックな外装だった。また飛行船や飛空挺、サイボーグの龍を思わせる分類不能の「乗り物」としかいいようのないものも飛翔しているのだから、ジャム・カルチャーを最も色濃く表しているのは、頭上の光景かも知れない。
そこにいるのはプレーヤーたちであるから、景色は刻一刻と変わっていき、それに対し、ヨウは溜息ばかりになってしまう。
「はぁ……」
溜息の理由は、羨ましいからだ。
ベテランの装備は、スタートして時間のないヨウには無縁のもの。スタート直後から入手できる装備ではない。
ただ段階を踏めば、いずれ手に入るという救いはある。羨ましいならゲームを続ければいいのだから、ヨウはゲーム内イベントが表示されている掲示板を見遣った。
――依頼、依頼……と。
単発のモンスター討伐か、報酬に素材が含まれた依頼を探す。
――必要な素材は……。
しかし欲しい素材が出るものを探すのだが、ヨウは思い直す事になる。
依頼にはそれぞれクリアした時のポイントが存在し、その積み重ねでランクが上がっていくというシステムであるから、初期では受けられない依頼が多い。
選択肢が少ないという事は、迷わなくて良いとも考えられるが、頭上を行き来する航空機を見ると、先程、助けてくれたセコというプレイヤーが駆っていたものを思い出さされる。
――ああいうの、どれくらい先になるんだろう?
手っ取り早く手に入るモノではないが、そういう手段を探してしまうのも初心者故だ。
そこで飛びつけるものを見つけてしまうのは、幸運な偶然か、不幸な偶然か?
「素材狩り行きませんか~? 初心者さん大歓迎です!」
声と共に、ゴーグルにもメッセージが表示される。掲示板のあるロビー全体に呼びかけているからだ。
その内容は、今、ヨウが最も欲しているものではないか!
――初心者歓迎? 素材?
しかも初心者でもいいというのだから、ヨウは声のした方を振り返る。
「あ、はい!」
声と共に大きく手を挙げるのだが、VRの欠点は制約がないからこそ身振り手振りで目立てない点だ。
――手、挙げてもわからねェか!
先程、ゴーグルに表示された名前へ、ピンポイントでメッセージを送るのが早いが、
焦って慌てては時間をロスするが、初心者が引っ切りなしに来るような状況ではないのだから、その程度のロスは心配無用だ。
メッセージの送信者を確認し、
――
メッセージを送る。
――自分、初心者なんですけど、ご一緒させていただけますか?
相手は慣れているのだから、返答は早い。こういう呼びかけをしているし、こういう事をいうのは初心者ではない。
――はい、大丈夫です。
メッセージが返ってくると同時に、手を振っている姿がヨウからでも見える。
そこへヨウも手を振り、声を張り上げて駆け寄った。
「すみません!」
手を振っている相手の周囲には、一目で初心者ではないと感じられる男女がいる。
――忍冬さんの友達かな?
そう思いつつ、ヨウが不躾な視線を向ける相手は、男女三人。
その三人ともに、ヨウが上級者だという雰囲気を感じてしまう理由は、外見だ。
――
身長や外見を事細かに設定できるゲームであるが、ヨウがそうであるように、初心者や中級者レベルだと、そこまで凝った設定をする者は稀だ。初心者ならば性別を選んだ後、何パターンか用意されている「出来合」を少しイジる程度で済ます。好きなアイドルやゲームキャラクターを真似る者もいるが、そこまで。
慣れてきた頃、課金アイテムを使用して作り替える者が上級者と見る方法がある。
主催者の忍冬は小柄な少年モデルで、垂れ目とソフトモヒカン風の短髪が目を引いた。
その両隣にいるのは女性キャラであり、背の高い方はショートボブにメガネという姿で、もう一人は忍冬と同じくらいの背丈に、市松人形を思わせる眉の上で切りそろえられた長い黒髪が目を引く。
頼りになると思ったが、ヨウが思えたのは、ここまで。
「すみません。ご一緒させて――」
頭こそ下げたヨウだが、下げる寸前に見た忍冬の顔に、一瞬、戸惑わされている。
手を振っていた時は兎も角、ヨウが駆け寄ってくる姿に歓迎しているような雰囲気がなかったのだ。
それ決定的な形でヨウに降らせるのは、挨拶を中断させる女の声。
「初心者でも良いといわれても、限度があるでしょ」
市松人形から放たれた言葉だった。
「全く……」
ゴーグルの表示を切り替えるとウイキョウという名前が表示される女は、ヨウとは別の意味で不躾な視線を往復させる。
「服、武器、その頭のゴーグル。一体、何を狩りに行くつもり?」
初心者でも歓迎と入っているが限度があるだろう、と語気を強めていくウイキョウは、同意を求めるように忍冬へ顔を向けた。
忍冬も歓迎している風はなく、ウィキョウと全く同意見のようだが、最後に残った三人目は「まぁ、まぁ」と真ん中に割って入ると、
「いいじゃないですか。足手まといというのなら、私が二人分、頑張りますから」
この女だけは忍冬、ウイキョウとは逆に、ヨウでも歓迎している。
しかしウィキョウの不機嫌さを増させただけのようだ。
「一人で集められるくらいの装備も集めずに、他力本願で」
ウイキョウは大袈裟に、そして嫌味に見えるように努めて「はあーっ」と強く深く溜息を吐いた。
そして忍冬へ、すいと顎をしゃくる。
「……」
忍冬も溜息を吐いた後、
「はいはい、お疲れ様でした」
忍冬がそういうと、スッとウイキョウと共に姿が消えた。
ヨウは面食らった形となり、
「え……?」
そんなヨウを
「ログアウトしましたね」
女は溜息を吐きたくなってしまうが、それを
「悪い事しましたね……」
ヨウは、始めたばかりの自分は初心者ともいえないのか、と思い知らされている。
女は気を取り直してヨウと向かい合うと、
「まぁ、手伝う気なんてなかったのかも知れませんね。とりあえずマウント取りたいって気分の時に、マウント取るどころか叩ける相手が来ちゃったからかも知れませんよ」
タチの悪い教え魔もいますよ、と言葉を切り、女は「さて」と居住まいを正す。
「手伝うというか、初心者用の装備が作れそうな素材を狩りに行きましょうか」
女はヨウを手伝うと手を挙げるが、当のヨウ本人はというと、
「あァ……何か悪いですし、自分で最初の装備くらいは調えてきます。さっきも通りすがりの人に助けられたばかりだったから、何か甘えた気分になっていたのかも知れないです」
脱初心者だと意気込んだ――訳ではない。
どちらかといえばいじけたという方が正しい。
本来ならば、ここでサヨナラという場面であったのだが、女は顔を上げろといわんばかりにヨウの肩を叩くと、
「その、さっき助けたっていうの、多分、私じゃないですか?」
もう片方の手で自分を差していた。
ヨウのゴーグルにも表示されている名前は、セコ。
「さっき、飛行機で……」
「そうそう。私」
偶然なのか、それとも初心者を助けるのが趣味なのか、場合によっては両方ある、そんなセコだったからヨウは救われたのかも知れない。
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