Arms World-趣味装備軍団はレイドを目指す-

玉椿 沢

第1章「初心者・ヨウ」

第1話

 初めて、その地に立った時、柄にもなく感動した。


 もう珍しくなくなったフルダイブ型VRのゲームで、しかも発売から2度のメジャーアップデートを経た世界は、プレーヤーが押し合い圧し合いしている訳ではないからこそ、初めて入ってきた彼に特別な景色だと映ったのかも知れない。


 このゲーム「Arms World」は、よくいえば円熟期に差し掛かったといっていいかも知れない。


「広いんだなぁ」


 そう呟く少年は、今、眼前に広がる景色を現実と見まごうばかりだと感じているくらいに、何もかもが初心者だった。


 このゲームがという訳ではなく、ゲームそのものに触れてこなかったであろう事を示すように、誕生したばかりのアバターは奇をてらっていない。


 短い黒髪の少年で、身長は平均よりは高いのかも知れないが、特段、長身という程でもない。


 名前は流石に本名ではないが、本名をもじったヨウという名前も。


「いや、いやいや」


 見取れていても仕方がないと気を取り直そうとはするのだが、景色から自分の姿に目を移しても高揚感を感じるくらい見るもの全てが真新しい。


 武器、兵器を意味するARMSという名前が付けられている通り、このゲームは敵を狩り、素材を集めて新しい装備を作り、より強い敵と戦うというローテーションを繰り返す狩りゲーだ。


 そんな景色の中で、ヨウはひとつ思い出す。


 ――スゴイのいたよなぁ。


 フィールドへ出てくる前に、街で見かけた熟練プレイヤーたちだ。騎士を思わせる金属鎧、剣士を思わせる軽装の服もあり、逆にドラゴンの鱗で作ったと思わされる刺々しい装備もあったと思えば、メイド服や水着などもいたのだから、実に多彩である。


 武器の方も、最終的には飛行機や車を思わせる乗り物まで存在する世界であるから、今も頭上には冒険に出発したであろう航空機が白い尾を引いていた。


 その軌跡が、ヨウには眩しい。


「ああ、あれもいずれ……」


 見上げるヨウは初期装備。まだ航空機や戦車は勿論、鎧も豪華な衣装もない。


 服は作業着を思わせる藍色のズボンと、群青色のシャツ、武器はナイフだった。とはいえ、そのナイフも見慣れたカッターナイフやデザインナイフとは一線を画す。


 ――ナイフとはいうけど、デカいよなぁ。


 ヨウが腰から抜き、かざして見たナイフは、刃渡り40センチから50センチ程もあるのだから、ナイフというよりもナタというべきか。


 現実では警察のご厄介になりそうな武器を携えて、ヨウはモンスターの一団に目を遣った。


 無論、初期装備でドラゴンを狩れなどという事はない。


 見えているのは、まず装備を調えるのに必要な革と、売って資金を手に入れる肉を調達できる草食のモンスターである。


「えっと……」


 ヨウはディスプレイにもなっているゴーグルに、モンスターの情報を表示させた。


 ――性格は臆病。バイタルゾーンに攻撃できれば一撃で倒せる、と。


 それでも自分と同じくらいの巨体なのだから、現実世界であったならばナイフ一本しか持たずに狩る相手ではないだろうが。


 現実であれば、斬るにせよ突き刺すにせよ技術が必要だが、ここでは刃物を振るう技術は然程、問題ではない。



 刃が触れればダメージを与えられるのがゲームというものだ。



 ――慎重に、慎重に。


 ヨウは腰丈ほどまで伸びている草むらに身を隠し、ゆっくりと近づいていく。


 モンスターがこちらに気付く要素は、二つ。


 姿を見られるか、足音を聞かれるか。この辺りも、金属鎧ならば音が立ちやすいとか、服ならば草と擦れて音がするという事がないのはゲーム的な要素といえる。


 積極的に攻撃してくるモンスターが、こちらを追ってくる場合は臭いという要素があるのだが、そのシチュエーション以外では臭いが関わる事もない。


「よし!」


 ヨウは十分な距離かどうかも分からない初心者だが、これはまず最初にこなす、チュートリアルみたいなものだと高を括って飛び出す。目標に設定されている草食モンスターは群れであるから、どれか一匹を狩ればいい。


「ッ」


 歯を食い縛ってナイフを突き出す。本能的に選んだ攻撃は、斬撃ではなく刺突だった。現実では片刃のナイフは刃を上にしなければ刺さらないが、ここはゲームの中。


 刃が下向きでも刺さる。


 そして刃が突き刺さった場所は、狙っていた一転だった。モンスターから耳をつんざく悲鳴があがる。


「――!」


 そしてゴーグルには、必殺を告げるメッセージが。



 Critical――!



 急所を捉えたという意味であり、残りHPを明確に表示させる機能を持たないArms Worldでは唯一、モンスターを倒した事が明確に表示される瞬間でもある。


 ヨウの心中を高揚感が駆け巡った。


「やった!」


 しかし思わず取ったガッツポーズは、ヨウの行動を遅らせてしまう。


 一撃でモンスターを狩った場所は、群れのど真ん中なのだ。



 響き始める低い轟音――恐慌を起こした群れは一斉に走り出す。



 スタンピートと呼ばれる暴走状態だ。


「!?」


 ヨウは顔を青くする。通常のテレビ画面に向かってプレイしているのならば、「あーあ」くらいにしか思わなかったのだろうが、ここは仮想現実の中。


 イノシシが突進してくるのでも怖いのに、眼前で暴走を始めたのは人の背丈ほどもあるモンスターなのだ。


 ――跳ね飛ばされる!


 ゲームであるから命に別状がある訳でもなく、こちらのHPが底を突いても再スタート地点からコンティニューするだけなのだが、それでも本能的な恐怖が呼び起こされる。


 足がすくんだ。回避行動で横っ飛びをすれば無敵時間は存在するのだが、そのタイミングは狙わなければ成立しない。


 足が竦めば動けなくなる。


 恐怖。


 それでもゴーグルに表示された文字が読めたのは幸運か。


 ――動かないで。


 ピンク色の文字はインフォメーションではなく、周囲にいる他プレーヤーからのメッセージだ。声が届く範囲でなかった場合の連絡手段として用いられる。


「誰!?」


 混乱した頭が、もう少しだけ混乱した。始めたばかりのヨウに知り合いなどいようはずもなく、そのメッセージを送ってきたセコという名前にも見覚えはない。


 そのセコから、もう一度、メッセージが来る。


 ――動かなければ、モンスターの方から避けてくれる。


 動くなというのなら、それだけは今のヨウにもできた。


 ――大丈夫です。足が竦んで……。


 ただ、ヨウは途中までしか送れない。発した言葉をメッセージとして送る機能を見つけるまで手間取ってしまった。


 そんなヨウの状態は、セコから見えているのかどうか分からないが、セコはスタンピート中の動きについてメッセージをくれる。


 ――草食モンスターのスタンピートは、襲いかかってくるんじゃなくて逃げる時に発生するんだ。だから障害物は避けて通る。邪魔しなければ良い。


 草食モンスターは、反撃ではなく逃走しているのだから、ヨウを弾き飛ばすような事はない。衝突は停滞になるのだから、避けるような挙動に設定されている。


 それでも完全という訳ではないが。


 足が竦んでいるヨウの前に、仲間の身体に押し出されたモンスターの巨大が来る。


 ――跳ね飛ばされる!


 ヨウの目を見開かせるが、ここで短い文章が連続してくる理由が分かった。


 頭上から別の音。


 風を切り裂く音は、航空機と、そこから発射される弾丸の音だ。


 ヨウを跳ね飛ばそうとしたモンスターは、その寸前でたおされる。


「!?」


 その光景は、上空へと駆け上がる赤い航空機と共に、ヨウの目を奪った。


 暫く棒立ちになっていたヨウが正気を取り戻したのは、メッセージが来た事を告げる効果音のため。


 ――間に合いましたか? 怪我してませんか?


 このメッセージを送ってきているセコの航空機なのだろう。


 一瞬、遅れて、ヨウに緊張感と高揚感が来た。


 ――大丈夫。大丈夫です。


 ヨウは肩で息をしながら返信する。セコが駆る航空機は、戦闘機という言葉から受けるスマートさはない。これもモンスターの素材から作るのだから、外装は龍の鱗を思わせるデザインで、現実離れしたものでしかなかった。


 だが未だナイフしか持っていない初心者の目からは、セコが駆るファンタジックな航空機が眩しく映る。



 Arms World――剣と魔法と銃器と兵器の世界。

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