1-5 武器屋



 朝九時、俺はゲームを開始した。



 ログインすると、道具屋の店内だった。

 セニャはもう来ているだろうかと思い、顔をキョロキョロとさせる。

 すでにそばにいて、



「トキト、おはよ!」

 そう言って、俺の肩に手を置く。



「お、おはよう、セニャ。早いな」

「早くないよ。もう午前の九時だよ。今日はいーっぱい狩りをして、いーっぱい強くならなきゃいけないんだから」

「そうなのか?」

「そうなのか? っじゃっなーい。お互い命がかかってるんだから、もっと真剣になろうよ」



 ……朝からテンションの高いやつ。



 だけど、癒された。



「あ、ああ。すまんすまん」

「まあいいけどさ。それよりほら、今日はまず武器屋さんに行こう」

「武器屋? それってどこにあるんだ?」

「まだ地理が分かんないの? こっちよ、ついてきて」



 セニャが背中を向けて歩き出す。

 俺はその隣に並んだ。



 ふと気づいたことがある。



「今日は人が多いな」

 つぶやいた。



 村の広場のプレイヤー数が昨日よりも格段に多い。



「昨日は夜だったからね。八時間のプレイを終えて、ログアウトした人が多かったんだよ」

「そういうことか」



 納得した。



 歩きながら人々の表情をのぞき見る。

 デスゲームをやっているというのに、一般の世界の人々よりも、生き生きとした笑顔がいくつも映る。



 ……どうしてだろう?



 俺はそのことをセニャに訊いた。

 ちっちと人差し指を振って、セニャが答える。



「それはスリルだよ」

「スリル?」

「うん。他人や自分が死ぬかもしれない恐怖を覚えて、逆に心が楽しくなっちゃうんだよ。人間って言うのはさ」



 ……なるほど。



「分からんでもない」

「そうでしょ」

 セニャが口の端をつりあげて笑った。



 歩いていくと、武器屋の露店にたどり着いた。

 赤茶けた顔のおやっさんが、品物の武器に囲まれて、どんと座っている。

 たぶん、この人はNPCだ。



「すいません、武器を買いたいんですが」

 セニャが話しかけた。



 ギロリ。



 おやっさんは鋭い眼光を光らせる。

「娘さん、魔法使いだな」



 セニャは体をすくませる。

「ど、どうして分かるんですか?」

「見りゃ分かる。何年も冒険者を見てれば分かるようになる。欲しいのは何だ? 杖か?」

「はい、魔法攻撃力の上がるような、スタッフが欲しくて」

「これだ」



 おやっさんはわきにあった棒を手に取った。

 スタッフと言うには心細い杖だった。

 足の悪い人や高齢者が使うものにしか見えない。

 色は黒い。



 セニャは顔をひきつらせた。



「あ、あの。もう少し、丈夫そうな杖が欲しいかなー、なんて、えへへ」

「他にはねえよ」

「あ、はい。じゃあ、もらいます」

「銅貨十枚だ」



 セニャは肩に提げてあったカバンをあける。

 そこから銅貨を取り出し、数えておやっさんに渡した。

 杖を受け取る。

 振ったり、地面に突いたりして、杖の丈夫さを確かめはじめた。



 今度は俺が前に出る。

「あの、剣が欲しいんですが」



 ギロリ。



 やはり眼光が光る。



「おめえ、両手剣の剣士だな」

「そ、そうなんですか?」

「見りゃ分かる。何年も冒険者を見てれば分かるようになる」



 おやっさんはセニャにも言ったセリフを繰り返した。

 セリフのレパートリーが豊富ではないようだ。

 すぐそばにあった小さな刃物を取り、俺の前の地面に置いた。



 ……包丁にしか見えない。



「銅貨十枚だ」

「あ、あの、このお店には、他にも、剣、いっぱいありますよね?」

「他にはねえよ」

「い、いや、ありますよね」



 俺はすぐそばの地面に刺さっている大きな剣に触ろうとした。



「商品にさわんじゃねーっ!」



 ひっ。



 俺は手を引っ込めた。



「銅貨十枚だ」

「は、はいぃ」



 俺はしぶしぶとカバンから銅貨を取り出して、支払ったのだった。

 包丁を拾う。

 太陽の光にかざしてみるが、やはりそれは俺の母親が台所で使っていたものと同じような、包丁だった。



 隣ではセニャが吹きだして笑っていた。

「ぶすすっ、やったねトキト。これでお肉もお野菜も切れるね」

「笑いごとじゃねーよ。お前こそ、今後足を怪我しても、平気そうだな」

「くぷぷっ、バカにしてる?」

「こんな武器を買ったなんて、バカ話にしかならん」

「まあいいじゃん。他に売ってくれないみたいだしさ。それより、せっかく武器を買ったんだから、狩りに行こうよ」

「あ、ああ、分かった」



 俺たちは村の出口に向かって歩き出す。

 昨日と同じ方向を歩いていく。



「また、あの原っぱで狩りをするのか?」

「うん。お金をいっぱい貯めて、今度は防具を買おうと思うの」

「そうだな」



 村を出て、原っぱに行く。

 そこには昨日とは違う光景があった。

 出現しているモンスターは同じなのだが、違うのはプレイヤーの数である。



 昨日は俺たちしかいなかったが、今は10数名ほどがそこで狩りをしていた。

 武器を持っている者がほとんどだ。

 包丁で戦っている者もいる。

 そのことに少し安心してしまった。



 ……なんだ、みんな同じ武器を買わされるんだな。



「どうしよう……」

 セニャが困ったような声を出した。



「どうした?」

「人がこんなにいたら、狩りがしにくいよ」

「そうか? むしろ、俺はやりやすいと思うけどな。人がたくさんいるぶん、モンスターの数が少ないだろうし。やられる危険性が少ないんじゃないか?」



 ちなみにモンスターを倒したら、一定の時間を置いて同じモンスターがリポップする。



 セニャが俺の背中を軽くたたく。

 小声で言った。

「プレイヤーに後ろから斬りかかられたらどうするの?」

「は?」

「は? って、君ね……」

 セニャは肩を落とす。



 言われてみれば、そんなこともありそうだった。

 昨日の赤のローブを思い出した。



 体に鳥肌が立つ。



「じゃ、じゃあ、どうするんだ? 場所を変えるか?」

「そうするしかないわね」



 セニャが山の方を見上げる。

「山に、行ってみましょうか?」

「そんなに遠くに行くのは良くないんじゃないか?」

「強いモンスターが出るから?」

「ああ、もしかしたら、そうだろ?」

「大丈夫よ」



 セニャは微笑む。

「僕たちには、ポーションと帰還水晶があるから」

「ま、まあ、言われてみれば」



 帰還水晶を使えば、すぐに村に帰還できる、はずだ。



「僕たちだけしか知らない、とっておきの狩場を見つけましょう」

 セニャは杖をくるくると回す。



 俺は好奇心がわいた。

「そうだな」

「うん、行きましょう」



 俺たちは山の方角へと向かって歩き出す。

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