1-3 セニャと初めての狩り



 村の噴水広場。



 そこにはたくさんのプレーヤーがいた。

 ここならひとまず安心である。

 荒事が起こってもすぐに姿をくらませられるだろう。



 とりあえず、自分の姿を確認することにした。



 鎧、そんなたいそうな物は着ていない。

 異国風の平民服とでも言ったらいいのか? 

 安っぽそうな茶色い服にズボンと靴だった。

 武器やカバンは持っていない。

 ポケットの中も空だ。



 舌打ちをする。



 これはゲームだ。

 だけど、これから俺はどこに行けばいいんだ?



「ねえねえ、キミキミ」



 ふと、一人の女性が近づいてきた。



 なんだろう? 



 俺は顔を向ける。

「はい?」



「キミも、このゲームに来たばっかりでしょ? 見たところ何も持ってないし」



 髪の長い女性だった。

 腰まで届いている。

 服装は俺と同じ平民服。

 スカートではなくズボンだった。

 武器は持っていないようだ。



 顔立ちは、高校のクラスで言えば、上級層に入りそうな可愛らしさがある。

 ちょこんとした鼻と唇に、目はたれ目だった。



「キミも、ってことは、お前もそうなのか?」

「そうなのそうなの。良かったら協力しない?」



 彼女は胸の前に両手をかかげてにぎる。



「協力って、具体的に何をするんだ?」



 彼女はさらにこちらに接近する。

 こそこそと話した。

「お金が無いの」

「俺も無いな」

「モンスターを倒したら手に入るみたいだよ」

「そうなのか? だけど、俺は武器を持っていないぞ」

「僕も武器がない。だから、素手で殴るか蹴るしかないと思うの」



 彼女は人差し指をたてる。

 女なのに、自分のことを僕と言うようだ。



「確かに、そうするしかないか」

「だけどね。ここだけの話にしてね」

「あ、ああ」

「僕、魔法が使えるの」



 ……まじか!



「魔法使いなのか?」

「しー! しー!」



 彼女は人差し指を口元に当てる。



「す、すまん」



 驚いたが、魔法が使えるというのはRPGで言えばありふれたことである。



「だから、二人でモンスターを狩りに行こう。それで、がっぽがっぽ稼ごう」

「わ、分かった」



 これからどうすれば良いのか分からない俺にとっては、願ったり叶ったりの提案だった。



 右手のひらをさし出す。

「トキトだ」



 彼女は握手におうじる。

「セリハよ。セニャでいいわ」

「セニャ?」

「高校ではそう呼ばれてたの」

「そうか。じゃあセニャ、よろしく頼む」

「うん! それじゃあ行こう」

「だけど、どこへ行けばいいんだ?」



 俺はまだ、この村の地理を把握していない。



「こっち」

 セニャが歩き出す。

 その背中に俺は続いた。



 村の出口には看板があった。

 木製のプレートがあり、プートゲールと書かれている。

 この村の名前のようだ。

 俺たちは外に出て行く。



 原っぱがあり、そこにはモンスターがいた。

 プニョプニョと動き回るスライム。

 のんびりと散歩をしている鹿のようなモンスター、というより、ただの鹿だ。

 他には緑色の顔をしたゴブリンがいる。



 セニャは立ち止まった。

 こちらを振り返る。



「それじゃあトキト、行って」

「行って、って? モンスターに殴りかかればいいのか?」

「うん、そう。あまり無茶しないでね。トキトはレベルが低いんだから」

「俺のレベルは1なのか?」

「後で色々説明してあげるから。とにかく行って!」

「わ、分かった」



 ……男は度胸だ。



 俺は温厚そうな鹿に向かって行った。

 悪い気がしつつも腹を蹴りつける。

 よろめいた鹿が怒ってこちらに突進してきた。



 ……そりゃあ怒るよな。



 俺は鹿の頭突きを避けながら、セニャを振り返った。



「おい! どうすればいい?」

「倒して!」

「倒すっつったって」



 鹿の突進が迫る。

 もうやるしかない。

 格闘技なんてやったことの無い俺は、喧嘩殺法で向かって行った。



「ボコボコにしてやるぜ」



 鹿の頭をかわし、顔面にパンチをたたき込む。

 鹿はキュンと悲鳴を上げた。



 ……可哀そうだな。



「ファイアーボール!」

 セニャが両手を突き出した。



 そこからは火の玉が飛び、鹿に命中する。

 鹿は黒焦げになって地面に倒れた。

 じたばたと地面をあがき、赤い光になって消える。



 ……なんか生々しいな。



 気分の良い光景ではなかった。



 地面に銅貨が落ちていた。

 拾う。



「これは?」



 銅貨が三枚。



 セニャが近づいてくる。

「やったね」

「やったけど、なんか後味悪いなー」

「気にすることないよ。はい、落とすと悪いから、お金持っててあげる」



 セニャが手をさし出す。

 俺はちょっと躊躇したが、金を預けることにした。

 動き回れば金を落とすかもしれない。



「よし、どんどん行こー!」

 セニャが右手を空に突き上げる。



「わ、分かった」



 それから俺たちは狩りに熱中した。

 原っぱのモンスターは弱く、こちらがやられそうになる場面は少なかった。

 そしてダメージを受けても、セニャがヒールで回復をしてくれた。

 やがてセニャのポケットは銅貨でパンパンになり、引き上げることにした。



 プートゲールの村の道具屋で、金を均等に分配した。

 二人ともカバンを買った。

 他にもポーションや帰還水晶を買った。

 道具屋のNPCの話だと、帰還水晶を使えば瞬時に、一番近い村や町に戻れるらしかった。

 この水晶があれば、死にそうになっても安心だ。



 セニャは、このゲームのシステムについて色々と教えてくれた。



 それは例えば、右手を上げてステータスボードと唱えると、目の前に半透明な板が出現する。

 それをいじると、自分のステータスやスキル、アビリティを確認できた。

 他にもログアウトをする項目もあった。

 ちなみに、俺はスキルやアビリティを何も覚えていない。



 しかし、先ほどの狩りでレベルは3に上がっていた。



 俺のステータスを確認しておこう。



 名前  トキト

 レベル 3

 HP  28

 MP  このゲームにMPというものは無いようだ。その代わりにスキルにはクールタイムがある、とセニャが説明をくれた。

 攻撃力 6

 防御力 2

 素早さ 8

 魔法攻撃力 0

 魔法防御力 2

 会心率    2%

 会心ダメージ 1,1倍

 スキル   なし

 アビリティ なし



 以上である。



 これもセニャが教えてくれたことだが。

 レベルが1上がるごとにステータスポイントを10振れるらしい。

 レベルが2ほど上昇した俺は20振れるということだ。

 何に振ろうかと迷っているとセニャがアドバイスをくれた。



「トキトは素早さが高いんだから、全部素早さに振ればいいんじゃない?」

「そ、そうかな」



 素早ければモンスターの攻撃を回避しやすいだろう。

 こちらも攻撃を当てやすい。

 そう考えた俺は素早さにステータスポイントを全部振ることにした。

 俺の素早さは28になった。



 セニャもステータスボードを出して何か操作していた。



「お前のステータスも見せてくれよ」

「いいよ。トキトのエッチ」

「え、エッチ? エッチじゃないだろ」

「トキトのえっちっちー、仕方ないわねえ。これが僕のステータスだよ」



 名前  セリハ

 レベル 4

 HP  17

 攻撃力 2

 防御力 1

 素早さ 5

 魔法攻撃力 48

 魔法防御力 17

 会心率    2%

 会心ダメージ 1,1倍

 スキル   ヒール ファイアーボール

 アビリティ なし



 気づいたことがある。

「お前、魔法攻撃力にステータスポイントを全部振ってるのか?」



「当然」

 セニャは両手を腰にあてた。

「一撃でモンスターをほうむりたくってさ」

「なるほど、ただ、どうやってヒールとか、ファイアーボールを覚えたんだ?」

「え? 最初っから覚えてたよ?」

「そうなのか?」

「うんうん」



 彼女は頷いて、それから眉間に若干のしわを寄せる。



「現実はもう夜10時だね。そろそろ、僕はログアウトしようと思うけど」



 ステータスボードには現実の時間も表示されていた。



「そうだな。俺もそうするか。確か、初日は八時間をプレイしなくても良いって話だったよな?」



 俺たちには一日八時間以上のプレイが義務づけられている。



「うんうん。それじゃあトキト。明日も、一緒に狩りを、お願いできるかな?」

「ああ、分かった」

「約束」

 彼女は小指をさし出す。



「え?」

「早く」



 ……俺も小指をさし出せということだろうか?



 小指をさし出すとセニャは絡め合わせた。

 上下に振る。



「ゆーびきーりげーんまーんうーそつーいたーらはーりせーんぼーん、のーます!」



「……なんか、子供みたいだな」

「これは死活問題だからさ」

 セニャがウインクする。



 この世界でモンスターに殺されれば、人生は終わる。

 セニャにとっても、俺にとっても、協力者がいるかいないかということは、命にかかわる問題だった。



「それじゃあ、明日の午前九時に、この道具屋に集合、いい?」

「おーけー」

「うん。それじゃあ、おやすみ。トキト」

「ああ、おやすみ、セニャ」



 俺たちはステータスボードのログアウトボタンを押した。

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