第32話 そして迎えた『決戦』の日!
そして決戦当日、霊気灯が淡く照らす地下道。僕はアルナへ一晩自分なりに考えたことを伝える。
「ねぇアルナ。家を離れて正解だったと思う。そこは君がいるべき場所じゃないよ」
「でも今の両親には本当に感謝しているの。あの時私を拾ってくれなかったら、その日の夜にきっと凍え死んでた」
「そうかもしれない。けど――」
言葉を遮り、アルナは静かに首を横に振った。
「ありがとうミナト。また私のために怒ってくれているんだね。ミナトが初めての友達で良かった」
「アルナはまたそんなこと言って、今度は絶対に一人にしないから」
彼女の手を握って精一杯応える。どんなことがあっても護るって決めたんだ。
例え彼女が掟に縛られ続けるなら、その時は僕自身が血に塗れよう。
などと気持ちを引き締めていたら、すっと目の前に灰色の毛並みの腕が現れる。
「貴様らっ!!」
突然後ろを歩いていたハウアさんが乱暴に寄りかかってきた。
『GUOOOOOHHHH――ッ!!』
まるで待ち伏せでもしていたかのように、《黒蠍獅》の爪が振り下ろされた。
ガンッ!! と金属同士が衝突するような鈍い音。先行していたハウアさんが鑢状大剣で受け止めている。
「獣のくせに頭が働くじゃねぇか!? 奇襲なんてな!!」
ギリギリと刃が擦れ、始まる膂力の圧合。若干ハウアさんの方が押している?
隙が生じるのも時間の問題。アルナもそれが分かっていることが象気を介して伝わってくる。
「オラっ!! 今だ!! ミナトっ!! 嬢ちゃんっ!!」
ハウアさんが腕を弾いた瞬間、入れ替わるように前に出た。
「行くよ! アルナっ!」
「うん! いつでもっ!」
僕等は《黒蠍獅》の体勢が崩れたところへ、象気を込めた拳と爪を同時に叩きこむ。僕達の最初の共震象術――【
五連の雷閃に沿って紅焔が孤を描く。紅蓮の環が何度も繰り返し、絶え間なく――。
『GUOOOOO――UAAAAッ!!』
焼き尽くされてればいいものを、象気の咆哮で掻き消された。まぁこれくらいやってくるとは思っていたけど。
「ぼーっとしてんな! 続けていくぞっ!」
空かさずハウアさんが突貫。僕とアルナは受け止め跳ね返した隙を突く。
《黒蠍獅》の攻撃を掻い潜り、矢継ぎ早に【連環紅焔】を打つこと――5度。
『GURRRR……』
一度逃げざるを得なかった《黒蠍獅》が度重なる共震象術で既に虫の息だ。
「……ハァ……ハァ……」
汗が滝のように流れて、【共震】の限界が近づいてきているのが分かる。アルナの顔も疲労の色が濃い。
あともう一息なんだっ! 戦いに集中しろっ!!
莫大な象力を生み出せる【共震】だけど、でもその分体力の消耗が激しく、日に何度も使えない。昨日ハウアさんとの組手でそれを知った。
訓練すれば長時間続けられるようになるってハウアさんは言っていた。だけどまだ僕等の持続時間は3分
再び【共震】するには5分弱の
『GYUOOOOOHHHH――ッ!!』
決死の、命の最期の灯を見せるように、《黒蠍獅》は咆哮を上げ突進してくる。 だが儚く、虚しく、爪は空を切る。
もう《黒蠍獅》の動きには最初の頃のキレも早さも無い。ハウアさんはあっさりと躱して後ろを取る。
「甘ぇっ!! オラっ!!」
『GUOOOOOッ!!』
燐光を纏った斬撃に、巨獣の背中から黒い血飛沫が噴水のように高く舞う。
「お前等! やっちまぇっ!!」
「これで決めようっ! アルナっ!!」
「うんっ!! 終わりにしよう!! ミナトっ!!」
僕達は息を合わせ、《黒蠍獅》へと突撃した。僕はアルナから飛刀を受け取り、お互いそれに象気を込め打ち付ける。
象気が刃物を研ぐかように二人の象気が磨き上げられていく。
やがて
第二の共震象術【
僕等は《黒蠍獅》を切り刻んでいく。
動きも心も、完全に重なる。何度も、反撃の暇も与えない。
そして詰め、【散熱極光刃】で《黒蠍獅》の腹へを貫いた。
『GYUOOOOO――GUAAAAッ!!』
極光の象気が内部を焼き断末魔の声が上がる。それでもなお《黒蠍獅》はしぶとくも腕を伸ばしてきた。
「「し、しつこいっ!!」」
「青すぎるんだよっ! 俺様を悶え殺す気かっ!?」
「お、重い……い、いきなりなにすんだよハウアさんっ!」
「奴を始末するより先に、このままキサマを笑い殺してやる」
僕はハウアさんの悶え殺人? 未遂の罰としてくすぐりの刑に処された。
「ぎゃはははははははっ!! あひゃっ!! やめっ!! 死ぬっ!! 死ぬぅ!!」
脇腹をくすぐられ、いやくすぐり殺され、地下道の床に突っ伏した。決戦の前にこんな羽目になるなんて全く予想外。
「さてと、んじゃあ。予定通り俺様が特別に時間を稼いでやるから、いいところをくれてやる。必ず仕留めろよ。ミナトっ! ちゃんと聞きやがれっ!?」
「自分でやっておいて何を言っているんですかっ!? もうっ!!」
動けない僕の代わりにアルナが怒ってくれた。
「竦んでも気負いもしてねぇ見てぇだし、そろそろ準備しろっ!」
容赦なく全力でくすぐるなんて、酷い緊張の解し方をされれば誰でもね。
「ミナト大丈夫?」
「う、うん。アルナこそ行ける?」
「私はいつでも」
僕等はお互いの手を強く握りしめ、ゆっくりと呼吸を整えた。耳を澄ませ、感じ取る彼女の息遣いに合わせ、象気を練り上げていく。
凛と心地よい【共震】を知らせる鈴の音が鳴り響いた。【天】の象気と【雷】の象気が混ざり、溶け、朱金色の巨大な力の奔流へと変わる。
「んじゃ、やるか!」
「うんっ!」
「はいっ!」
意気込み充分に突き当りへと飛び込んだ――
掴まれてたまるかっ! と一旦引き抜き、《黒蠍獅》の顔面を二人で蹴り上げる。
これで本当に最後。仰け反った《黒蠍獅》の眼に――
「「止め!」」
【散熱極光刃】を突き立て、僕とアルナは残りの全ての力を振り絞り押し込めた。内部から極光の象気が炸裂し《黒蠍獅》の全身に罅が走っていく。
『GYU――』
終の叫びは風前の灯火が消えるかのようだった。《黒蠍獅》は強烈な光とともに爆散――いや、燃え尽きた……。
僕等は《黒蠍獅》を屠った後、急いで最奥へと向かった。
ある程度の苦戦は覚悟していたけど、事前の見立てだともう少し早く片付く予定だった。
「どんどん禍々しい象気が濃くなってっ! まさか間に合わなかったのっ!?」
「喋っている暇があったら足動かせ! 祈れ! 儀式が完成していないことをなっ!」
疲労困憊の身体に鞭を打って走った。
進むにつれ、前に来た時よりも濃密で、異質な象気が纏わりつく。
冷や汗が止まらない。まるで雑巾絞りの如く絞られているみたいだ。
「二人とも見て! あそこっ!」
淡い
「ここは、いったい……」
その場所は何かの祭壇のようだった。円柱に彫られているのは恐らく碑文だ。
部屋一面には異形の彫刻の数々、例えるならイクシノ教の聖書に登場する魔族の軍勢。
その聖書は紀元前に実在したとされる救世主イクティノスが、魔王スヴドォヴァルを討つまでの
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