第2話 『2年前』まで田舎のクソガキでした
時は聖王歴1888年、世紀末を迎えようとしている今日。
僕ことミナト=ルトラは2年前晴れて憧れの【守護契約士】になり、充実した日々を送っている。
守護契約士の仕事は、政府や市民からの依頼を受け、地域社会の治安や秩序を守ること。
専ら内容といえば、迷い猫の捜索から、危険な野生動物の対処。要人警護やら軍事教育まで幅広い。
僕は現在、【アナティシア連合王国】の【ボースワドゥム市】の守護契約士協会に配属されている。伝統来な煉瓦造りの建物が立ち並ぶ甘美な町だ。
「グディーラさん。こんな感じでいいですかね?」
「う~ん、少し右に傾いてない?」
本日は協会の支部長であるグディーラさんと一緒に、防犯を促す張り紙貼り。一番の下っ端に出来るのはこれくらいなもの。
最初から花のある護衛やらなんやらを任されるとは思っていなかったよ。勿論それは覚悟の上。でも、ほんのちょぉっとぐらいは期待していたけど……。
「こうですか?」
「そうそう! ありがとう。助かったわ」
振り返ると豊満な初夏の風が吹き抜け、グディーラさんの金髪の髪が靡いた。
目元は仮面で隠していて、いまいち表情が読みにくい。話によれば以前彼女も守護契約士だったらしく、怪我で前線を退いたのだという。
眉間あたりにその傷が残っているんだとか。
……それに本名、教えて貰ったことないんだよなぁ。捨てたとか言われて。
「いいえ、これも大事な仕事ですから」
「そうね。今は特にね」
最近は特に物騒ということもあって連日先輩三人は出払っている。
「二人ともご苦労様。はい、これ差し入れだよ」
「あ、ありがとうございます! もしかして焼きたてですか?」
なんと、張り紙を貼らせて貰ったパン屋の主人から焼きたてのパンを頂いてしまった。気遣いが胸に染みる。
「おう! みんなで食べてくれ!」
主人とは先日僕が迷子になった娘さんを家まで送り届けたことがあった。その縁で店先に張り紙を貼らせて貰っている。
「そんな悪いですよ、ご主人……」
申し訳なさそうにするグディーラさん。
「なーに、この前うちの娘の面倒見てくれただろ。そん時の、せめてもの感謝のつもりだよ。受けっとってくれ」
「ありがとうございます。じゃあ、有難く頂戴いたしますね」
不意に鐘の音がして、時計塔が【ボースワドゥム】の町に正午を知らせる。
「あぁ~お昼になっちゃいましたね。ランチにしましょう?」
「もうそんな時間? そっか……どうする? 一緒に食事する?」
グディーラさんは口元を綻ばせて、これは揶揄っているなぁ……。彼女のそんな蠱惑的な一面が正直苦手だ。
大人の女性に不敵な笑みで誘われたら、誰だってドキっとする。
自分で言うのもなんだけど僕みたいな健全な青少年なら尚更。だけど今日は残念ながら――先約がある。
「すいません。僕も予定が……」
「もしかしてあの子と? いいわねぇ~青春っていうのは」
「そんなんじゃないですよ。彼女とは友達です。でもそうです。はい。食事をする約束をしていまして……」
「ふ~ん、友達ね。いつかの大雨の日に初めて連れてきた時はびっくりしたけど。いつの間にかお昼に逢引するような関係になっているなんてね?」
「やめてくださいよ。まだそんなんじゃないですっ!」
「まだ、ね? そうだ……ついでというのもなんだけど、ミナトにお使いを頼みたいの。いいかしら?」
グディーラさんが手渡してきたのは数枚の硬貨。ざっくりと5千アウラある。
「【ルミナイタ通り】に新しく菓子店が出来たのを知っている? あそこに【ロガージュ】ってお菓子を一度でいいから食べてみたいの」
一番安いので構わないから買ってきてくれないかしら? と――。
別にそのくらいならいいけど。
彼女の言う菓子店とは1ヶ月ほど前に開店した《パティスリー・デ・アダス》という店だ。
開業当初から【ロガージュ】という丸太の形をしたケーキが連日列を成す程大人気。
ひと月たった今でこそ売切れになることはなくなったものの、毎日盛況で大評判。
「分かりました。でも5千アウラは多いですよ?」
中流層向けの品なら2、3千で手に入る。ただ、噂では何でも2、3万のものがあるとか。
評判を聞き付けた見栄っ張りな上流階級は、
「お釣りはあげる。花でも贈ってあげたらどう?」
「やめてくださいって、そんなんじゃないですよ。もう……」
しつこく揶揄ってくるグディーラさんに正直煩わしく思いながら、その場を後にした。
10分ほど並ぶだけ買えたのは運が良かった。少し遅れたけど幸い2ホール獲得できたので、彼女も機嫌を直してくれるに違いない。
「あら? ミナトさん? 今朝ぶりですね」
待ち合わせの公園に向かう途中で一人の
真昼に会うなんて珍しい。今頃って、食事の準備で忙しい時間だよね?
「あ、セイネさん。今日はお出かけですか? 奇遇ですね? どうしたんですかその荷物」
セイネさんは腕に何冊も本を抱えていた。修道服の袖からは手首から肘に掛けて生える【
色は
「えぇ、午後から新しく出来た初等学校で聖書の授業なんです」
なんだか楽しそう。セイネさん、子供好きだもんな。
「でもまだ読み書きが難しい子達もいるので、分かりやすいものをいくつか見繕ったんです。ミナトさんはお昼ですか?」
「はい。今から公園に向かうところでして」
セイネさんは僕の住まう長屋の隣にある教会の修道女。毎朝教会前を熱心に掃除していて、彼女とは朝の日課の走り込みの際によく話す仲だ。
「でもなんだか随分お急ぎですね?」
「ええ、ちょっと待ち合わせに遅れていて」
「あぁ……もしかして前におっしゃっていた【
「いえいえ、機嫌を直してくれそうなものも買いましたから」
「う~ん……でもダメですよミナトさん。女性との約束を破っちゃいけません。あと最近物騒ですから、仕事が終わったらすぐに帰ってくださいね」
「はい、セイネさんもお気をつけて」
「心配いりません。私なんて誰も襲いませんよ。ほらほら早くいかないと」
とセイネさんは笑顔で背中を押して送り出してくれた。う~ん、大丈夫じゃないから言ったんだけどなぁ……。
最近世間では《雨降りの悪魔》という名の殺人犯が現れると専らの噂。文字通り雨の中人を殺害する殺人鬼だ。
別れ際にセイネさんと互いに身を案じた理由もそこにある。
実際、さっきグディーラさんと張り紙をしていたのは、その注意喚起のお知らせ。
足早に向かうこと数分後、待ち合わせ場所である噴水公園の手前に到着。渡ろうとした目の前の道路を霊気バスが走っていく。
産業革命以降。【
今から70年前頃の出来事だ。
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