第36話 あい
土曜日、私は電車で二駅先の繁華街にあるショッピングモールに来ていた。ここならばお店もたくさんあるし、目当てのものが見つかるかも知れない。というのも、遥に告白するのは決めたのだけれど、手ぶらではなんとなく締まりが悪いと考えた。プレゼントを渡して「付き合ってください!」と言う。うん。なんだかしっくり来るし、何となくやり易い気がした。それに私は遥からもらったクリスマスプレゼントのお返しをまだ出来ていない。遥は手編みの手袋だったが、私に手作りなんて無理だ。私は不器用だし、時間がかかり過ぎる。だからと言ってプレゼントに手を抜く訳ではない。遥が喜ぶものを間違いなく渡したい。そのために助っ人を連れてきた。
「響さん。これなんかどうです? お姉ちゃん料理好きですし」
愛ちゃんは雑貨屋のマネキンに掛けてあったエプロンを指差す。
「んー。可愛いけど、タイミング的にどうかな?」
「あー確かに。告白のプレゼントにエプロンは無いですね!」
「愛ちゃん…ちょっと…大きい声で言わないで…」
「え? なんでです?」
遥の好みを一番知っているのは愛ちゃんだろうと思い、協力をお願いした。私の家に一人で来た時の恐ろしい少女は影を潜めていた。あの時の愛ちゃんは本当に怖かった。だが今、愛ちゃんと仲違いする理由はない。むしろ遥を好きなもの同士仲良くしていきたい。愛ちゃんも同じ考えのようで私の提案には大変喜んで即座にOKしてくれた。
「でも、本当によかったです」
愛ちゃんは棚からパンダの絵が描かれたマグカップを手に取って言う。
「ん? 何が?」
「お姉ちゃんと響さんがうまくいって」
「…告白が成功するまではまだ分からないよ…」
愛ちゃんはキョトンとした顔でこちらを見ると、笑い出す。
「あははは! 響さんてちょっと抜けてますね!」
「え」
「あはは。ごめんなさい。何でもないです。でもきっとそういうところがいいでしょうね。分かります」
「え、う、うん? そうなの?」
「はい! あはは。あ、そうだ。他の店も見てましょう?」
「あ、うん。そうだね」
私たちは雑貨屋を後にしてモール内をふらつく。
「あ、今日のこと、遥には…」
「もちろん言いませんよ。響さんとデートしたなんて」
「え!? これってデートなの?!」
「あはは。冗談ですよ。でもお姉ちゃんに言ったらどんな顔するかなー」
「本当にやめてね…」
「あははは」
何だろう。私、何だか愛ちゃんに弄ばれている気がする。まぁ嫌な気分にはならないので良いか。正直、最後に会ったのは私の家から追い出した時なので来てくれるかどうか半信半疑だった。プレゼント選びもあるが、仲直りしたいと思って誘った面もあった。愛ちゃんにそれを気にする様子は全く無くて肩透かしだったのだが。喧嘩した理由が消えた今、根に持つこともないのだろう。こんな聡明な子がいることに驚く。ただ、愛ちゃんが気にしているかいないかは関係ない。言うべき事は、言わなきゃならない。
「愛ちゃん」
「はい? 何です?」
「この間はごめんね。怒鳴って、追い出したりして」
「…いえ。良いんです。それに私の方こそ勝手でした。響さんの気持ちも考えずに。ごめんなさい」
「ううん。私が悪いの。愛ちゃんの言った通り、ずっと遥から逃げてた。自分からも」
「…でも、今は違います。今日、響さんから誘われて嬉しかったです。お姉ちゃんのこと想ってくれてるんだなーって」
「うん。想ってるよ」
愛ちゃんは遥とよく似た美しい笑顔を見せる。
「それだけで全部オッケーです。完璧です。よし! 良いモノを見つけましょう! 多分響さんからもらったモノならお姉ちゃん何でも喜ぶとは思いますが!」
「そんな事ないと思うけど…」
「そんな事あります! 多分そこらへんの石ころでも喜んで部屋に飾りますよ!」
「いやいや、それはないでしょう…って…あ、それ良いかも」
私は愛ちゃんの言葉で閃く。
私と愛ちゃんはショーケースに並んだアクセサリーを眺めて唸る。石と聞いて、宝石が思い浮かんだまでは良かったのだが、何せ高い。もちろんモール内のアクセサリーショップなのでたかが知れてはいるのだが、バイトもしていない高校生の身分では高級品と言わざるを得ない。かと言って雑貨屋にあるような千円ぐらいのものでは流石に気が引ける。
お年玉を殆ど使っていなくて良かった。買えるものもあるにはある。だが高い。簡単には手が出ない。
「結構しますね」
愛ちゃんが言う。
「…うーん」
「響さん無理しないでくださいね」
中学2年生に気を使われている。色々と眺めていると一つのネックレスが目に止まった。
「何かお探しですか?」
スーツ姿の女性店員が柔和な笑みで話しかけてくる。
「あの、ちょっと、見させてもらってます」
「恋人さんへのプレゼントですか?」
「え、ああ、まだ、恋人というか、まぁ、そんな感じです…」
「ふふふ、そうなんですか。でしたら」
そう言うと店員は奥の棚からペアリングを数点出してくる。もちろん片方は男物だ。
「あ、いや、あの」
「こちらなんてデザインもすっきりしていて学生さんでもつけ易いと思いますよ」
「いえ、あのー。ちょっと事情がありまして」
「ご予算ですか? でしたら、片方だけの販売も承っておりますよ」
店員は笑顔で、男物の指輪を私に差し出す。
何だこれ。こんな形でいきなり現実を突きつけられるとは思わず私は狼狽した。それはそうだろう。女性の恋人は普通は男だ。だが、私は違う。私の好きな人は…。
「ちょっと! 何なんですか!! 失礼じゃないですか?!」
愛ちゃんが強い口調で言う。
「え…」
店員は酷く驚いたようだった。当たり前だろう。この人は普通の接客をしていただけなのだから。怒られる謂れは無い。
「愛ちゃん。いいから」
私は愛ちゃんを制止する。愛ちゃんはまだ何か言いたそうだったが、私が止めたのでそれ以上は何も言わなかった。こんなことがこれから沢山あるのだろう。でも、私は決めたんだ。それも受け入れて前に進むと。私は精一杯の笑顔で言う。
「ペアリングはいらないです。それよりも、そこにある青い石のネックレス見せてもらえますか?」
「…え、はい。かしこまりました」
私の好きな人は女の子です。だから男物の指輪なんていらない。そう言っても良かったけれど、別にこの店員さんが何か特別悪いことをした訳ではない。ついこの間まで、私はこの人と同じだった。落ち度が全くないとも言い切れない。だが、彼女を責めるのは、私の中では何かが違った。
店員が少しどぎまぎしながら、私の指定したネックレスを台にそっと乗せる。ネックレスに石がワンポイント。それは青白く輝いていて、まるでシリウスのようだった。これにしよう。そう直感的に思った。少し恥ずかしいが値札を確認する。まぁ、ギリギリ許容範囲だろう。
「愛ちゃん。これどう?」
「いいと思います! お姉ちゃんに!! よく似合うと思います!」
店員が「ん?!」と驚いた表情をする。まったく愛ちゃんは…。物怖じという文字はこの子の中にはないのだろうか。でも心強いとも思った。
驚きと気まずさに狼狽える店員に私は笑顔で言う。
「これください!」
意外と時間がかからずプレゼントが決まってしまったので私達はモール内にあるカフェに入った。プレゼントのおかげで財布は寂しい状態だったが、今日のお礼にここのお代は持つことにした。愛ちゃんは紅茶とシフォンケーキのセット。私はブレンドコーヒー。窓際のカウンター席に並んで腰掛ける。
「愛ちゃん今日はありがとうね」
「いえいえ、楽しかったです。今度はお姉ちゃんとも一緒に買い物しましょう!」
「うん。そうだね。…振られなければ…」
「響さんわざと言ってますよね?」
愛ちゃんがジトっとした目で私を見つめる。分かっている。振られる確率の方が低いことは。でも私はネガティブなのだ。これは私の性だ。変えることはそうそう出来ない。「可能性はゼロじゃない」と、言いかけたがこれ以上言うと愛ちゃんに怒られそうなのでやめた。
「まぁいいか。で、いつ言うんですか?」
「んーー、近いうち?」
「適当ですね…」
「適当じゃないよ! 本当に、できるだけ早く…言います…ほんと」
と、言いつつ、決めかねている。バレンタインデーは過ぎてしまったし、イベント事に乗じることも出来ない。ホワイトデーは来月になってしまうし、ホワイトデーに告白っていうのも何だか。どうしたものだろう。私は頭を悩ませて頭を掻く。
愛ちゃんはシフォンケーキをフォークで大きく切って、大きな口で食べる。
「うん。私、何となく響さんがどういう人か分かってきた気がしました」
「え」
「じゃぁ、明日にしましょう」
「え!!」
「善は急げです。はい。お姉ちゃんに連絡して下さい」
「ちょっと待って! 無理無理、いきなりそんな!」
「いきなりじゃないですよ。明日です」
「いや! そうじゃなくて! まだ準備できてない!」
「プレゼントも買ったじゃないですか」
「そうだけど、気持ちのほうがさ!」
「お姉ちゃんのこと散々待たせて、まだ待たせるんですか?」
「ぐっ!」
この子はやはり恐ろしい。もう反論できない。
「場所も決めてないなら、もううちの家でいいじゃないですか? 家族は私が外に連れ出すんで、二人でゆっくりできると思いますし。はい響さん。お姉ちゃんに連絡して」
「…はい」
携帯電話を鞄から取り出す。私はもうすでに緊張し始めていた。鼓動が早くなる。「明日、遥ん家行って良い?」と、文字を打ち込む。深呼吸して、送信ボタンを押そうする。
「ふぅ…」
「あ、ちょっと見せて下さい」
「え」
愛ちゃんが私から携帯を取り上げる。
「(話があるから)って付け加えて下さい。ドキドキ感は大事です」
「あっはい」
言われた通りに文を付け加える。
「…じゃぁ、送ります」
「どうぞー」
メッセージを送った。すると直ぐに既読のマークが付く。だが返事はすぐには来なかった。数分経ってから、「良いけど。何? 話って」と返事がくる。明らかに不安がっている様子だ。
「これ遥、怖がってない?」
「逆にこれで良いんですよ!」
愛ちゃんは満足そうにしてシフォンケーキを美味しそうに頬張った。この子は本当に恐ろしい。敵に回しちゃいけない。そう思った。
「愛ちゃんてさ、恋人いるの?」
「いないですよ! クラスの男子って何だか皆んな子供っぽくて!」
「だろうね…」
この子にとってみたらそりゃそうだろう。納得しかできなかった。
響からのメッセージ。家に来たいまでは良い。話って何だろう…。良い話? 悪い話? わざわざ家まで会いに来てしたい話ってなんだ? メッセージや電話では出来ない話…。内容を再度聞いてみたが濁されてしまってそれ以上聞けなかった。
家に帰ってきた愛に相談してみる。「え、何だろう…」と不審げに言う。安心させてくれると思ったのだが、その逆だった。不安は増すばかりだった。
もう好きじゃなくなった? やっぱり同性愛は無理だった? やっぱり山中君と?
だめだ。ネガティブになっては。だが、こんな幸せは長く続くはずないと思う気持ちがあったのは事実で、その時がもうきてしまったのかと考える。
良い話の可能性だってあるはずだ。だが、良い話の例が全く思い浮かばないのが辛かった。
夜、中々寝付けなかった。
次の日、愛は映画を見に行くと朝から両親と共に出かけてしまった。お兄ちゃんも昨日から帰っていない。大学の友達のところだろう。いつものことだ。誰かにそばにいて欲しい気もしたがそれは叶わなかった。
響と家に二人きり。大変嬉しいシチュエーションのはずなのに、心が騒ついて落ち着かない。朝起きてから、テレビを付けてみたり、パソコンを開いてみたり、そわそわとしている間に時間が過ぎた。
響が来るのは昼だ。まだ1時間ほどある。
私はクッキーを作り始める。昨日のうちから生地は準備していた。あとは型を抜いて、オーブンを温め、焼くだけだ。バレンタインは数日ほど過ぎてしまったが、今からでも遅くはないだろう。ただ、響の話の内容如何では作ったクッキーたちも無駄になりかねない…
響のマイナス思考が完全に移っている。そして響を想う。
きっと…きっと大丈夫だ。
案外、大したことではなかったりするかも知れない。前にも一度こんなことがあった気もする。響に話があると言われて、理由は忘れたが、私が一人で不安がっていて。でも響が言ったのは、確か、「私も名前で呼んで欲しい!」だった。自然と笑みが溢れた。胸がじんわりと暖かくなる。
もし。もしもだが、また響に振られることがあっても、私は諦めない。諦められる気がしない。それよりもまず絶対に彼女を手放さない。私は心に深くその決意を刻んだ。
「私は重いぞ。響」
私は想いを最大限込めてクッキーをハート型に抜いていく。
クッキーが焼きあがる。それから程なくして玄関のベルが鳴った。
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