Act.27 敗北(アンナ)
「──これで終わりね?」
次の瞬間。またしてもアンナの視界から瑠璃の姿が消える。
(まずいですわ! これ以上食らったら……)
──と、そう思った瞬間には背後から衝撃を感じてアンナは大きく吹っ飛ばされる。地面を転がりながら、なんとか受け身を取ろうとしたが、その試み虚しく地面に叩きつけられ、肺から空気が強制的に押し出される感覚に襲われて一瞬意識が飛んだ。それでも次の瞬間には、彼女はなんとか歯を食い縛って意識を保とうと努力する。瑠璃の攻撃を受けた時に廻転で内臓をやられたのか、口の中は血の味しかせず呼吸すら難しい。
しかし、それでもアンナは立ち上がり再び臨戦態勢を取ると、瑠璃を見据えながら口を開く。彼女の口元から流れる血が、彼女の凄絶な美しさをより際立たせる。
「アンナ!」
親友のかなでが叫んだ。彼女の声から、自分が皆から心配されていることは十分に伝わってくる。
アンナは咳き込みながらもゆっくりと深呼吸をすると改めて瑠璃を見つめた。
「あら。片方の肺を潰したはずなのだけど、まだ立ち上がるのね。その根性だけは認めてあげる」
「生憎、わたくしは諦めが悪い方ですのよ」
「今降参すれば、これ以上傷つけることはしないであげるわよ?」
「ご忠告痛み入りますけど、そういうわけにはいきませんの──なぜなら」
アンナは真っ直ぐに瑠璃を見据えると、こう言い放った。
「あなたに勝つ方法が分かりましたわ」
「──随分と安いはったりね。あなたの力ではアタシには勝てない。そんなこと分かりきっているのよ」
「……そうでしょうか? その慢心こそが勝機ですのよ!」
その言葉と共に、アンナは再び地を蹴った。もうロクに動かない右腕に硬化の力を集めて振り上げる。
(身体ももうもちません。この一撃に全てを賭けるしかありませんわ!)
アンナの決死の突撃を嘲笑うかのように、瑠璃はまたしてもそれをかわした。だが、アンナはすぐさま体勢を立て直して右腕を振るう。
「まるで馬鹿の一つ覚えね。ヤケになったのかしら?」
瑠璃は攻撃をかわしざまにアンナの右腕に触れて廻転を発動させた。
バキッという嫌な音。アンナの腕の筋肉や腱、骨までをも破壊していく。
だがそれでも彼女は攻撃を止めず、何度も何度も拳を叩きつけた。
そして遂に彼女の右腕は使い物にならなくなり──しかしそれは同時に、彼女の最後の攻撃に繋がっていたのである──!
「これで、終わりですわッ!」
──瞬間、まるで時間が止まったような感覚に襲われる。それはほんの一瞬の出来事だったかもしれない。
けれど、アンナにはそれがまるでスローモーションのように見えていた。
彼女は大きく右腕を引くと──瑠璃の意識が右腕に集中した所で、彼女の死角から左腕の一撃を放つ。
「な──」
彼女の渾身の左拳が、瑠璃の腹部に直撃した。その瞬間瑠璃の顔が苦痛で歪む。彼女は咄嗟に距離を取ろうとしたが、それを上回るスピードでアンナの右回し蹴りが空気を切り裂きながら彼女へと叩き込まれた。
瑠璃の身体がくの字に折れるが、それでもまだ足りない。彼女の身体が浮いた瞬間を狙って、アンナは追撃の当て身を喰らわせた。
「食らいなさいッ!」
「かはぁッ──」
瑠璃の身体が大きく吹き飛び、白線の間際まで転がっていった。だが、まだ勝負はついていない。
追い打ちをかけようとするアンナだったが全身を激痛に襲われ、その場に膝をついた。
(ま、まさか攻撃を受けた瞬間に廻転を……?)
「ふふふふふっ……」
アンナの視界の隅で瑠璃がゆらりと身を起こす。
「ほんとにバカなのね。
瑠璃の言葉通り、既にアンナが動くことすらも難しい状況になっていたのに対し、瑠璃のダメージはほとんどないように見える。確かに手応えはあったのに、その衝撃を廻転の力で逃がしたというのか。彼女の固有魔法の恐ろしさをまざまざと感じさせられる。
「この状況でもまだアタシに勝てると思ってるの?」
「……っ!」
瑠璃の挑発を受けてアンナはなんとか立ち上がってみせたが、足の筋肉も痛めつけられたのか、その足取りはやはりおぼつかないものである。
そして──次の瞬間には、既に眼前にいた瑠璃に首を摑まれていた。その細腕のどこにそんな力があったというのだろうか。そのまま彼女は地面に叩きつけられるが、まだ終わらない。
「くあっ!」
瑠璃は続けて地面に倒れ込んだアンナの鳩尾に膝を打ち付けるとそのままマウントを取り、彼女の顔に容赦なく鉄拳を食らわす。一発だけではない。何度も何度も、執拗に殴りつけていく。もはや廻転も使わない、一方的なまでの暴力。その度にアンナの顔が左右に振れ、口や鼻、額からは血が飛び散っていった。
「し、勝敗はつきました! これ以上の戦闘行為は認められません!」
教官が慌てて声を上げ、ようやく瑠璃は手を止めた。しかし、マウントポジションを解くことはなく、アンナに向かって吐き捨てるように言う。
「異世界人のくせに、調子に乗ってるんじゃないわよ」
「う……ぐぅ……」
「その程度の力でよく大口叩けるものね。身の程を知りなさい」
瑠璃の言葉が、アンナの耳に刺さる。しかし、それと共に──彼女の心の中は悔しさで一杯だった。
(……どうしてっ……どうしてわたくしはこんな弱いんですの!? 武門の名家で、勇者の末裔のこのわたくしが……)
だが、どれだけ嘆こうと現実は変わらないのである。今こうして自分の目の前で勝ち誇っている瑠璃が、それを物語っていた。
「さてと……そろそろ降参してくれるかしら? これ以上は不毛だと思うけれど?」
「──降参、しますわ」
アンナはそう言って力なく笑った。それを見た瑠璃は小さく溜息をつくと、彼女に背を向けて立ち去る。それに合わせるように、観戦していた生徒たちもバラバラと校舎に戻り始めた。
「ちょっとアンナ!」
呆然と横たわる親友の元に、駆け足で駆け寄るかなで。そして、瑞希やみやこ、玲果などのルームメイトたち。そんな彼らに向けて、アンナは力のない微笑みを見せると──
「……少し休ませてくださいな」
それだけ言って目を閉じた。
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