Act.17 心配(アンナ)
❀.*・゚
瑞希はすぐに校舎裏に駆けつけた。
ボロボロになって木の幹にもたれかかるアンナを発見すると目を見張る。
「どうしたの!? 誰にやられたの!?」
「さあ、分かりませんわ」
アンナは
瑞希はそんなアンナの思いを汲んでか、それ以上は尋ねなかった。黙ってアンナの身体に手を当てて、治癒魔法をかけていく。
「……これだけは約束して。──もう無理しないで」
「別に、無理してませんわよ」
「してるよ。こんなに傷ついて……どうせ異世界人だからとか勇者の末裔だからとか因縁つけられたんでしょ?」
「……」
図星で何も言えなかった。気まずくなったアンナは目を逸らす。瑞希がアンナの胸の辺りに手を当て、内臓の治療をしていると、アンナはゴホゴホッと咳き込んで血の塊を吐き出した。
「どうして硬化魔法を使わなかったの? どうしてやり返さなかったの?」
「わたくしの魔力は人間ではなく魔物に対して振るうものですわ」
「……バカだねアンナは、ほんとに」
「言われ慣れましたわよ。瑞希さんこそ、お節介だと言われたことはありません?」
「あるかもね」
アンナと瑞希は顔を見合せて笑った。瑞希もアンナがまっすぐで強情なのはわかっていたし、アンナも瑞希が自分を心配して小言を言ってくれていることは百も承知だった。
瑞希はアンナの身体の治療を終えると、泥まみれになっている彼女の髪を
「さ、終わったよ。寮に帰ろ?」
「ありがとうございます」
「いつでも……って言いたいところだけど、これっきりにして欲しいな」
「善処しますわ」
アンナはそう言いながら立ち上がると、腕をぐるぐると回してみる。まだところどころ鈍い痛みがあるものの、傷はほとんど塞がり、内臓のダメージも修復されていた。身体も嘘のように軽い。
「相変わらず瑞希さんの治癒魔法は素晴らしいですわね」
「誰かさんのせいで無駄に上手くなっちゃうのよねぇ」
「あら、誰かさんとはどなたでしょうか?」
「お前じゃボケぇ!」
瑞希は笑いながらアンナの頭を叩いた。もういつもの二人だった。
二人は寮に戻るとアンナはもちろん瑞希も何事も無かったかのように装ったので、同室のメンバーも怪しむことはなかった。
全員が揃ったことを確認すると、かなでが待ちきれないとばかりに話し始める。
「ねえねえ、みんなは
「あー、なんかね。あたしはガタイのいい1年生に声掛けたけど、あっさりフラれちゃった」
「玲果は怪しすぎるからね。それ正解」
「ちょっとそれどういう意味ー? 聞き捨てならないぞー?」
かなでの言葉に玲果が口をとがらせて抗議する。と、すぐになにかに気づいたように顔を上げた。
「わざわざ皆に聞くってことは……かなでまさか……」
「そう! 姉妹決まっちゃった!」
「はやっ!」
「相手は誰!?」
「こんな命知らずのバーサーカーと組みたがるなんてどこのどいつ?」
かなでが小さな胸を張って宣言すると、玲果だけでなく瑞希やみやこまで興味津々の様子で詰め寄ってきた。かなでは「まあまあ落ち着いてよ」ともったいをつけてから、胸元に下げていたドッグタグを見せつける。
銀色のドッグタグには『大黒真莉』と名前が刻まれていた。
「1年4組の大黒真莉ちゃん」
「あ、聞いたことある。……すごい固有魔法持ちみたいで、やたらと背の高い子だったから覚えてるよ」
「瑞希は背の高い子がタイプなんだよねー? ──そうそう。その真莉ちゃんだよ」
「へぇ……よくそんな期待の1年生がかなでなんかと組んでくれたね」
瑞希が腕を組みながらそう口にすると、かなでは「なんかとはなんだなんかとはー!」と瑞希の胸の辺りをポカポカと殴りつけた。すると、玲果とみやこがかなでを小突き始めて、しばらく四人は戯れていた。
「……あんなに姉妹について否定的だったかなでさんが、いったいどういう風の吹き回しですの?」
四人をぼんやりと眺めていたアンナがポツリと呟く。
「そうだよ。かなで、『かなはもういいかな姉妹とかはさ』って言ってたじゃん。なんで急に組もうなんて思ったの?」
「あー、それはね……恥ずかしい話なんだけど模擬戦に負けたんだ……」
「へぇ、その話詳しく聞かせて!」
恥ずかしそうに顔を伏せるかなでに、玲果が詰め寄った。かなではもじもじと両手の指を合わせたりしながらも、語り始めた。
「授業が終わってから、1年生がやってきて『模擬戦してください』って言うもんだから、いい度胸だな分からせてやろうと思ってOKしたんだよ……それで、『わたくしが勝ったら姉妹組んでいただけますか?』って聞かれて、どうせかなが勝つから別にいいよって答えたんだよ。……そしたら」
「ほうほう、なかなかのフラグの立てっぷりですなぁ!」
玲果は何故かとても愉快そうだ。
「自分以外の周囲の魔力の無効化に、対象の魔力の吸収なんて聞いてないよ……ほんとにあの子1年生なの? チートじゃない?」
「へぇ、かなでさんが手も足も出ないような1年生……少し興味がありますわね」
「やめときなよアンナ。恥かくだけだよ? 本人も『対人戦では必ず勝ってしまうので普段は模擬戦なんてやらないのですが、今回は姉妹関係が関わっているので致し方なく』って言ってたし」
「そうそう、序列3桁のかなでが負けたならまだアレだけど、序列23位の3年生最強候補のアンナが1年生にボコボコにされたってなると学園中が大騒ぎになるよ?」
かなでと瑞希がアンナを制止すると、みやこがふと思い出したように柏手を打った。
「そういえばさ、そろそろ新人戦と実地演習があるじゃん? うちの班もどこか1年生の班を指導しなきゃいけないんだよね?」
みやこの言葉に他の4人も「あー、あったねそういうの」などと口々に呟いた。
「だから、かなでー」
「なぁに?」
「うちの班は真莉ちゃんの班を指導してあげようよ」
「えっ?」
かなでは首を傾げる。
「この班は仮にも3年生のエリート班だよ? それが真莉ちゃんの班を指導したらバランス崩れたりしない? そもそも真莉ちゃんは指導するまでもなくめちゃくちゃ強いし」
「わかってないなぁかなでは……」
「なにおぅ!」
「入寮時の班はバランスよく割り振られているんだよ。つまり、強い子がいる班にはその分イマイチだったり問題児がいたりするってこと。あたしはそれに興味があるなぁ……」
「なるほど、確かに一人だけ強くても新人戦や実地演習でいい成績をとることはできない……わたしたちの班みたいにね」
瑞希も頷いた。
今でこそ3年生で特に優秀と言われている神田班だが、1年の当初は酷いものだった。単独で突っ込んでいくアンナやかなでをサポートすることができず、班対抗の新人戦では他の班に容易く各個撃破され、早々に脱落してしまった。実地演習でも連携が上手くいかずにロクな結果を残せず、それは瑞希やみやこなどのサポート要員にとって苦い思い出となっている。
「つまり、真莉ちゃんの班にはあたしたちの二の舞になってもらわないように、しっかりと連携を仕込んでおきたいなぁって思うんだけど、どうかなぁ?」
「いいんじゃない? 骨が折れそうだけど、経験者だからやりがいあるかも」
「あたしも賛成。問題児大好きだし、あわよくばそのまま姉妹にしちゃおうかなー?」
みやこに瑞希と玲果がすぐさま賛同し、残りの二人をうかがう。かなでとアンナは微妙な表情をしていた。この二人はそもそも誰かに物事を教えたり、1年生の前で頼れる先輩として振る舞わなければならないということに少なからずストレスを感じるタイプだった。なので、適当に理由をつけてこの話を無かったことにしたかったのだが……。
「1年生のうちはやりたいようにやらせてやった方がいいんじゃない? それで失敗しても、そこから学ぶものがあるし」
「連携は一緒に過ごしていれば自然とできるようになるものですわ。それを上級生が手取り足取り指導するのはかえって良くないと思います」
「失敗から学ばないバカと、いつになっても仲間と連携をとろうとしないアホに言われても説得力ないんだよ……」
「はい、じゃあ班長権限で決定とします。早速真莉ちゃんに会って、OKが出たらそのまま申請出してくるね!」
「よっろしくぅ!」
既に班員の過半数を味方につけているみやこ、瑞希、玲果の三人は半ば強引に少数意見を揉み消してしまった。意見を無視された形のかなでとアンナが数時間ほど不機嫌だったのは言うまでもない。だが、みやこと瑞希が腕を振るって作った夕食を食べると二人は機嫌を治した。なんだかんだで単純なのも二人のいいところだった。
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