Act.9 新たな家族(佐紀)
❀.*・゜
警察立会のもと、両親の遺体の身元を改めて確認したり、遺族奨学金の説明を受けたり、集団葬儀の日程を説明されたり、遺産の確認などをしたり、一通りやることを済ませた佐紀は流石に
身体の疲労というよりも、精神的な疲労が大きいのだろう。今まで自分を支えてきてくれた家族を一瞬のうちに奪われてしまったのだから。佐紀はいまだに心の整理がつかずに、『家族が死んだ』という事実を完全に受け入れられずにいた。
が、両親が遺してくれていた
抜け殻のようになってやっとのことで征華の寮に戻った頃には、日はすっかり落ちていて、門限は過ぎていた。
寮母に事情を話して寮に入れてもらうと、101号室に向かう。同室の奴らは佐紀に今日のことについて説明を求めてくるだろう。彼女らに対してどういう反応をしたらいいのか、佐紀には分からなかった。
重い扉を引いて部屋に入ると、同室の4人は揃って佐紀を迎えた。
火煉が複雑な表情を浮かべながら声をかける。
「おかえり」
「……あぁ」
「遅かったね」
「ちょっとな」
4人は何も言わず、佐紀が話し出すのを待ってくれた。そのことが今の彼女にとってはとても有難かった。
「……ダメだった」
「っ!」
「遅すぎたんだ」
「佐紀ちゃんっ……」
火煉が悲痛な面持ちで佐紀を抱き締める。黙って近づいてきた紫陽花が背中から抱きついてくる。小柄な少女2人に挟まれるようになりながらも佐紀は抵抗しなかった。むしろ、そうされることによって2人の少女の温もりを感じて安心感を覚えている自分がいることに気がついた。
(……オレって結構弱いのかもしんねぇ)
そんなことを考えた。両親を失って心が弱っているのだろうか、それともずっと張り詰めていた緊張の糸が切れたからなのか、それともその両方が原因なのか。佐紀は、自分の涙腺が緩むのを感じた。
「ぅ……うわあああっ!」
佐紀は大声で泣いた。こんなに感情を爆発させたのは生まれて初めてだった。佐紀にとって『泣く』というのは自分の弱さをさらけ出す行為でしかなかったから、強くあろうとする佐紀が誰かの前でこんなにも感情を爆発させて泣くなんてことはしたことがなかったのだ。
「辛かったよね……もう大丈夫だよ……」
火煉が佐紀の頭を撫でながら言う。その言葉を聞いて、佐紀は余計に涙が止まらなくなった。
「ひぐっ……うわあああん!」
佐紀はまるで子供のように泣き続けた。そして、しばらく経ってようやく涙も止まりかけた頃になって、今度は恥ずかしさが襲ってきた。
(みっともないところ見せちまった……)
佐紀は顔を真っ赤にして、火煉と紫陽花の身体を押し退けるようにして距離をとった。
「ごめん……ありがとな」
「ふふっ、可愛い」
「……うるせぇ」
「怖いヤンキーかなと思ってたけど、意外と可愛いところあるんだねぇ」
「……お前なぁ」
紫陽花はヘラッと自嘲気味の笑みを浮かべると、ゆっくりと話し始めた。
「さかまき、うんと小さい頃にパパとママとお姉ちゃんを魔物に殺されたんだよ。……目の前で」
「……それって」
ずっと遠巻きに様子を見ていた真莉が口を挟むと、紫陽花はこくりと頷く。
「みんなにはまだ話してなかったけどね。目の前で家族が魔物に食われていくのを見たんだ。さかまき、何もできなくて……辛くて……だからね。佐紀ちゃんの気持ち、分かるよ」
そう言って彼女は微笑んだ。いまいち掴みどころのない紫陽花だったが、佐紀は彼女の笑顔が今まで見たどの表情よりも優しくて温かいものだということに気が付いた。
「……てめぇにこの気持ちが分かってたまるかよ」
「……そうだね」
照れ隠しの佐紀の言葉に紫陽花が寂しそうな表情を浮かべる。すると、火煉が何かを思いついたように言った。
「じゃあさ、こうしよう! 私達5人で家族になろうよ!」
「家族?」
「そう。佐紀ちゃんはわたしたちの家族になるの。それだけじゃない、班の5人全員が家族! それでさ、いつか誰かに大切な人が出来た時に、その人を迎え入れてあげるの。どう? 素敵じゃない!?」
火煉の提案は突拍子もないものではあったが、不思議とその提案は佐紀の心に深く染みた。だが、頭では受け入れられても、佐紀のプライドがそれを許さないのも事実だった。彼女は首を振った。
「悪いが、他人に必要以上に深入りするつもりはねぇ」
「それは、また大切な人を失ってしまうので怖いからでしょ?」
「……っ!」
火煉に図星をつかれて、佐紀は言い淀んだ。
「大丈夫! わたしたちさいきょーだから、そう簡単に死んだりしないよ! ね?」
「まあ確かに、普通の人よりは強いかもね」
「これでも一応魔導士の卵ですから」
「佐紀さんより先に死ぬことはないと約束しますわ」
火煉の言葉に紫陽花と莉々亜と真莉が力強く頷く。その様子に佐紀は思わず吹き出した。
「ぷっ……ははははははっ」
「あははっ、やっと笑ってくれたぁ」
「てめぇら……ほんとにおめでたいな」
佐紀は改めて4人の少女の顔を見渡した。少々鬱陶しいが、自分にはもったいないくらいのいい仲間だと思った。
「……ありがとよ」
小さく呟いた言葉に、4人はそれぞれ微笑んだ。
「まあ、独断専行が多そうな佐紀さんが家族なんて心底うんざりですけど、班行動は基本なので仕方ないですね」
「別にオレが頼んでるわけじゃないんだから、嫌なら別にいいんだぜ? お前のことは家族じゃなくて家畜とでも思っておくわモヤシ」
「なんですって!?」
早速喧嘩を始めてしまった莉々亜と佐紀を見て、残りの3人は顔を見合せて笑う。
「まあ、『喧嘩するほど仲がいい』といいますしね」
真莉は苦笑しながら部屋の照明を弱めた。
「さぁ、夜も遅いですしそろそろ寝ませんと。明日は入学式ですわよ?」
「そうですね。……では、おやすみなさい」
真莉は一つだけ空いていたベッドを指さす。示されたのは二段ベッドの上で、下のベッドには既に莉々亜が潜り込んでいた。
「あそこが佐紀さんのベッドですわ。荷物は近くに置いてあります。──選ぶ権利がなくて申し訳ありませんが早い者勝ちですので」
「おう。別にどこでも構わねぇよ」
「おやすみー、佐紀ちゃん」
真莉と佐紀と火煉はそれぞれ挨拶を交わすと、布団を被った。
「……ねぇねぇ、佐紀ちゃん」
「なんだ?」
しばらく沈黙が続いていた中、隣の二段ベッドの上から紫陽花が小さく声をかけてきた。
「佐紀ちゃんにとって、家族ってどんな存在?」
「……」
紫陽花の質問に、佐紀は黙ってしまった。自分にとって家族という存在は特別であり、話したところで他人に理解できるはずがない。そう思ったのだ。
「……さぁな」
「そっかぁ」
紫陽花はそれ以上何も言わなかった。ただ、佐紀の答えが気になっていたのか、彼女は天井を眺めていた。
「……てめぇはどうなんだよ」
「ん?」
「てめぇにとっちゃ、家族ってのはどういうもんなのか聞いてんだよ」
「うーん……そうだねぇ」
紫陽花は少し考える素振りを見せると、ポツリと言った。
「家族はね、とても大切なものだよ。かけがえのない、大切なものだよ」
「そうかよ」
「ほんとはさかまきも、火煉ちゃんに『みんな家族になろう』って言われて嬉しかったんだ。すごく……でも、失うのが怖いっていう佐紀ちゃんの気持ちもよく分かるの」
そう言う彼女の表情がどこか寂しげだったことに、佐紀は気が付かないふりをした。どうせ分からないなんて決めつけてもよかったのか、佐紀は悩みながらも眠りについた。
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