Act.8 非常事態(佐紀)
「早速魔物のお出ましとは……わたくしたちも歓迎されているようですわね」
「でも、まだ正式に入学していないわたしたちに出撃許可は出ていないし、行ったとしても足でまといになるだけだよ」
「魔物は先輩たちに任せて、さかまきたちは乳首当てゲーム総当たり戦でもしよっか。
真莉も火煉も紫陽花も、呑気に振る舞いながらもどこか落ち着かない様子だ。きっと皆、早く戦って先輩たちの役に立ちたくて仕方がないのだろう。
すると、携帯端末を確認していた莉々亜が眉をひそめた。
「妙ですね。伊豆の国地区に避難指示が出ています」
「……伊豆の国だと?」
「あっ、ちょっと何するんですか!」
「うるせえちょっと貸せ!」
佐紀は莉々亜の端末を奪い取り、確認する。確かに、地図アプリの伊豆の国周辺に赤い避難指示のマークがついており、『魔物襲来警報』と赤い太文字が踊っている。
(嘘だろ……安全地帯じゃなかったのかよ!)
佐紀はすぐさま莉々亜の手に端末を押し付けると、部屋を飛び出そうとした。すると、その手を莉々亜が掴んだ。
「佐紀さん。どこに行く気ですか!」
「どこでもいいだろ」
「まさか、魔物の迎撃に加わるつもりでは?」
「だったらなんだよ! 邪魔するんじゃねぇ」
佐紀は莉々亜の瞳をキッと睨みつけ、掴まれた腕を振り払おうとした。が、莉々亜も手を離そうとする気配はない。
「勝手な行動は許しませんよ? だいたい、入学前の生徒に参戦の許可は出ていないんです。後で連帯責任で罰を受けるのは私たちなんですよ!」
「知ったことか! 罰でもなんでも受けてやるさ」
「私たちが巻き添えを食らうことについてはなんとも思わないんですか!」
「……あのな、知りたきゃ教えてやるよ。伊豆の国の山間部にはな、オレの実家がある集落が位置していて、大切な家族がいるんだよ。見殺しにできるか!」
必死の形相の佐紀に、莉々亜は一瞬たじろいだが、すぐに携帯端末を制服のポケットに仕舞い、佐紀の腕を両手で掴み直す。
「気持ちは分かりますが、規則は規則です! それに、入学前の私たちが行ったところでできることはなにもありません!」
「どーしてそんなことが分かるんだよ? てめーは教官かなにかか!?」
「そんなことはどうだっていいでしょう! とにかく、私たちは待機です。これは命令ですよ!」
「……なんでてめぇが命令すんだよ」
再び佐紀と莉々亜が睨み合ったところで、2人の間に割って入る者がいた。小柄な紫髪の少女──紫陽花が素早く薙刀のような武器を展開して莉々亜の喉元に突きつける。
「なっ、なんの真似ですか紫陽花さんっ!?」
「行かせてあげて」
「えっ?」
「行かせてあげてよ」
紫陽花は先程の口調とは打って変わって、淡々とそう繰り返す。彼女の全身から闇属性のオーラが溢れ出し、薙刀を禍々しい光が包んだ。
「し、しかし……」
莉々亜が言い淀むと、紫陽花の表情が一変した。
「行かせてあげて言ってるんだけど?」
「ひっ」
莉々亜は怯えたように後退り、火煉の背後に隠れた。
「しよちゃん落ち着いて?」
火煉が紫陽花を宥めようとするも、彼女の表情は変わらない。
「佐紀ちゃん、ここはさかまきに任せて行って。家族を助けるんでしょう?」
「……あ、あぁ」
佐紀はちらりと班長の真莉を窺う。ことここに至ってもいまだに真莉は何の行動も起こさない。佐紀はそれが不気味だったのだ。が、佐紀の視線に気づくと、にこりと微笑んだ。
「静観です」
「……?」
「この件に関して、わたくしは一切関知しませんわ。止めることも、行けということもありません。佐紀さんは勝手に行動し、わたくしたちはそれを知らなかった。──ということにいたしますわ」
「真莉さんっ!?」
莉々亜が焦ったような声を出すが、真莉の意思は変わらなかった。
「……分かった。恩に着るぜ、みんな」
佐紀は背を向けると、駆け出した。
❀.*・゜
避難指示のせいか、伊豆の国方面へ向かうバスは止まっていた。沼津に位置している征華周辺はそこまでパニックにはなっていないが、町は異様な空気に包まれ、道行く人は立ち止まって伊豆の国方面の山を見上げて不安そうにしている。
佐紀はひとまず実家を目指して走ることにした。先程からずっと携帯端末で自宅に電話をかけているが全く通じない。嫌な予感が徐々に佐紀の心の中に広がっていく。
(クソッ! 走ってたら家に着くのはいつになるか分かったものじゃねぇ……)
佐紀は車道を走っていた自転車に乗った高校生と思しき制服姿の少女を呼び止めた。
「ちょっと、そこのお前」
「……?」
少女は佐紀の見た目と切羽詰まった様子に驚きながらも自転車を止めて振り返る。
「悪いが、その自転車貸してくれないか?」
「えっ、でも……」
「頼む! 非常事態なんだ! すぐに返すから……!」
気圧されたように少女は自転車を降りると、佐紀にハンドルを差し出す。佐紀は一言「ありがとな」と呟くと、自転車にまたがって颯爽と走り出す。それを少女はただ呆然と眺めていた。
佐紀の家まではくねくねと曲がる長い山道を通らなければならない。山道の入口には案の定警察官が立っており、封鎖されていた。
「君、危ないからここから先は行ってはいけないよ」
「通せ、家族の命がかかってるんだよ!」
「そんなこと言われても、魔物相手じゃあお嬢ちゃんが駆けつけたところで……」
佐紀を追い払おうとしていた中年の警官は、なにかに気づいた様子で沙紀の制服を凝視していた。
「……その制服は確か」
「オレは征華の魔導士だ。悪いが通らせてもらうぞ」
呆気にとられる警官の脇をすり抜けて、佐紀は実家を目指す。頼むから生きててくれと両親の無事を願いながらペダルを漕ぎ続ける。
やがて、山の向こう側から地響きのような音が響くようになった。戦闘が始まっているようだ。
(征華の強襲科3年生は魔物戦のエキスパート。あの人たちなら必ず集落の人間を救ってくれているはず!)
自分を奮い立たせていると、山の向こうで轟音が響き渡り、一際大きな火柱が上がった。と、地響きはすっかり収まり、穏やかな川のせせらぎのみが響くようになる。
(終わった……のか? 勝ったのか?)
とはいえ、家族の無事を確かめるまでは油断はできない。佐紀は先を急いだ。
やっとのことで集落の近くまでやってきたところで、佐紀は異変に気づいた。集落は魔物に
「……嘘、だろ?」
自分の声とも思えないようなかすれた声が響く。畑は荒らされ、家という家はことごとく魔物に踏み潰されて
佐紀は自分の実家の前にやってきた。実家は魔物によって瓦礫の山と化しており、そこにはブルーシートで覆われた2つの遺体があった。佐紀は胸が締め付けられるような思いがした。
祈るような気持ちでブルーシートをめくり、遺体の顔を確認する。
「──っ!」
紛うことなき、佐紀の両親だった。
辛い時、苦しい時、いつでも佐紀に寄り添ってくれた唯一無二の味方であった両親。佐紀の征華入学を誰よりも喜び、祝福し、入学式には必ず訪れると言ってくれた両親。魔力を持たない彼らは、魔物の前に為す術なく殺されたに違いない。
(どうして……どうしてこんなことに……!)
佐紀はただただ現実を受け入れられずに呆けていた。
(世界は残酷だ。弱い者から殺される。いつでもそうだ)
だから強くなろうと決めた。誰よりも強くなって、自分や家族を守ろうと。だが遅かった。佐紀は守るべきものを失ってしまった。それは、自分の生きる意味がなくなったも同じだった。
「……はっ、ははっ……あははっ!」
考えていたら可笑しくなって、佐紀は乾いた笑い声を上げる。が、すぐにそれは
「……あの、大丈夫ですの?」
誰かが駆け寄ってくる気配がしたので、佐紀は反射的にそちらを睨みつける。そこには同じ征華の制服を身につけた金髪の少女がいた。が、彼女は佐紀よりも歳上のようで、どこか風格がある。そして、彼女が身につけている制服がボロボロになっていることで、佐紀は彼女が戦闘に参加した3年生なのだと瞬時に理解した。
(こいつらが、両親を見殺しにしたのか……?)
佐紀に睨みつけられて金髪の少女がたじろぐ。
「……何の用だ?」
「大切な方でしたの?」
「──両親だ」
「そうでしたの……」
金髪の少女の態度に佐紀は不快感をおぼえた。1人にして欲しいのにわざわざ話しかけるのもそうだが、思い出したくもないことを思い出させようとしてくるような質問も腹が立つ。そしてなにより、口調がライバルである大黒真莉にそっくりなのも気に食わない。
「……冷やかしかよ?」
「い、いいえ。そういうわけでは……」
佐紀は金髪の少女に詰め寄り、その両肩を掴む。少女の背後から遠巻きにしていた数人の3年生が止めに入ろうとしたが、それを金髪の少女が制した。
「あんたら、3年生だろ? 強いんじゃねぇのかよ! なんで集落を助けてくれなかった!」
「それは……」
「もっと早く来てくれたら、両親は助かったかもしれないのにどうして……!」
堪えきれないとばかりに感情を爆発させながら、激しく金髪の少女の肩を揺さぶる佐紀。彼女はただ、されるがままに揺さぶられていた。
佐紀は耐えきれなくなり、下を向いた。溢れ出した涙が一滴地面に落ちた。すると彼女は一言「ごめんなさい」と呟く。
「……なんであんたが謝るんだよ」
「ごめんなさい……」
(意味わかんねぇ、怒る気が失せたじゃねぇか……)
佐紀は大きくため息をついた。両親を失ってショックを受けていたとはいえ、自分たちの代わりに魔物と戦ってくれていた3年生に対してあまりにも失礼な態度をとってしまったと少し反省したのだ。
改めて目の前の金髪の3年生に目を向けてみる。やはり目を引くのは編み込みロングの美しい金髪で、同じくらい煌めく蒼い瞳、そしてしっかりと計算して作られたような綺麗な身体つき。その瞳はまっすぐで曇りがない。
少なくとも、佐紀に嫌がらせをしていた人たちとは全く別の種類の人間のようだった。
「オレたちの代わりに魔物どもを討伐してくれてる3年生にこんなこと言っても仕方ないよな。……悪かったな」
「いえ、辛い気持ちは少しはわかりますわ」
「戦ってくれてありがとな」
これ以上ここにいると泣き声を言ってしまうかもしれない。そう思った佐紀は、彼女に背を向けてその場を立ち去った。人の顔を覚えるのは苦手な佐紀だったが、彼女の顔は覚えていようと思った。なんとなく、また出会うような気がしたのだ。
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