Act.0-4 上には上がいる(佐紀)

 測定器具の前に並んだ佐紀は内心ソワソワとしていた。


(プレッシャーは慣れてるが、見せ物にされてると思うとどうも落ち着かねぇ……)


 自分の前に並んでいる少女が小柄なせいで、ガッシリとした体格の佐紀が目立ってしまっていないかも気になる。──こう見えて佐紀は意外と繊細だった。


(別の列に並ぶべきだったか。でも今から移動しても逆に目立つだけだからな)


 仕方ないと割り切ってそのまま並んでいると、どうやら測定が始まったようだ。器具にはそれぞれ教官が一人ずつつき、受験生が利き腕に器具を取り付けて測定し、その結果を教官が確認して読み上げ、手元の書類に書き込むということを繰り返している。


「はい、水と氷の第2階梯レベルねー」

「ありがとうございます」


「光の第3階梯、炎と雷の第2階梯かぁ……」

「前測った時より光の階梯上がってる! やったぁ!」


 教官の言葉に応じて一喜一憂する受験生たち。そんな彼女たちを佐紀は冷めた目で眺めていた。

 魔力の階梯なんて所詮誰かが都合よく物差しにするために決めたものに過ぎない。魔力の総量で判定されているので、高ければ高いほど強いとは限らないし、低いからといって実戦で役に立たないとも言いきれない。

 純粋な強さを追い求めている佐紀にとって、階梯の数字で一喜一憂するなんてことは理解できなかった。


 と、物思いにふけっているうちに、順番が次に迫っていた。今は目の前の小柄な少女が測定を受けている。鮮やかな紫色の髪をツーサイドアップに結っているその少女は教官の「目を閉じてお腹に力を入れて魔力の流れを意識して」という言葉に従って、魔力を発動待機の状態──つまり、あとは念じて放つだけの状態で留めているようだったが、佐紀はふと違和感を感じた。


(な、なんだこの感覚は……?)


 ゾッとすると表現した方が正しいのだろうか。嫌な寒気と全身の産毛が逆立つような、本能的な恐怖のようなものに襲われ、佐紀は反射的に顔をしかめた次の瞬間──


「だ、第8階梯ぅぅぅ!?」


 目の前で紫髪の少女の測定を担当していた黒髪ロングの教官が突如として素っ頓狂な声を上げ、何事かと他の教官たちもわらわらと集まってきた。


「お、おいどうした……?」

「受験生で8レベル……? 測定結果の間違いではなくて?」

「いや、そんなはずは……」

「とりあえずもう一回測定し直せ!」


 確か、8レベルといえば最高レベルだったはずだ。ろくに魔力を鍛えていない受験生が出していい数字じゃない。魔力総量が多いということは、それに身体が順応できなければ暴発の危険が高いということだからだ。教官たちが慌てるのも無理はない。訓練して魔力を高めるのはもちろん、その魔力を制御する術を教えるのも、魔導高専の重要な役割だった。


 教官数人がかりで再び計測がやり直されたが、結果は変わらないようだった。紫髪の少女は少し戸惑っている様子で「話、聞いていませんか?」などと教官に問いかけていたが、教官たちは首を傾げるばかりだった。


「あっ……!」


 ──バリンッ!


 その時、少女が悲鳴のようなものを上げ、何かが割れる音がした。佐紀は一瞬だけ強い魔力を感じた。辺りを見渡すと、体育館の天井近くに取り付けられた窓の一部が割れているのが見えた。

 受験生ばかりでなく、ギャラリー席で見物していた3年生たちまでもがザワつき始め、席を立って身を乗り出す者や露骨にあたふたとし始める者もいた。

 魔力の暴発だ。と、佐紀が気づくよりも早く一人の教官が動いた。最初に舞台上で説明を始めたショートヘアの教官だ。彼女は呆然ぼうぜんと立ち尽くす紫髪の少女のみぞおち付近に軽く肘を打ち込んでいとも簡単に気絶させると「こいつを保健室に運んでくる。お前らは試験を続けろ」と言い残して少女を担いで体育館を後にしてしまった。


 佐紀はショートヘアの教官を目で追っていたが、目の前の教官に「次の人ー?」と声をかけられて器具の前に進み出ると、血圧計のベルトのようなものを利き腕の右腕に巻き付けた。


「受験番号1087番、井川 佐紀」

「じゃあ井川さん。目を閉じてお腹の底から魔力を身体中に流すイメージでやってみてくれる?」

「……はい」


(やれやれ、とんだ邪魔が入ったもんだな……でもお陰で)


 教官の指示どおりに、腹の底に力を込めて魔力の流れを意識する。身体中を流れる血潮のように、熱くて冷たくて、少しビリビリとするような感覚が全身を駆け巡る。


「はい、闇と雷が第2階梯ね。測定器具が壊れてないみたいでよかったわ」

「ありがとうございます」


(2レベルか……)


 気にしないつもりでも、目の前で第8階梯の少女を目撃してしまうと、特別だと思っていた自分が平凡であることを見せつけられているようで、佐紀は無性に焦りを感じた。

 彼女は教官に軽く頭を下げ、2次試験の会場であるグラウンドへ向かったのだった。



 ❀.*・゜



 征華女子魔導高専のグラウンドは、やはり一般的な学校のグラウンドに比べるとかなり広い。そしてそのグラウンドの至るところに、何に使うか見当のつかないような鉄の壁のようなものや、水溜まり、砂山、射撃場のような場所など、いくつものエリアが存在している。

 測定を終えた受験生たちは、怪我をしないよう征華の制服と同じ素材の特殊繊維で作られたジャージに着替えさせられ、砂で整備されているグラウンド中央付近に集まった。すると、ショートヘアの教官がまたしても説明を始める。どうやら暴発した少女を保健室に送り届けて戻ってきたらしい。


「さっき、魔力を測定してもらったと思うが、もちろんアレだけで完璧にてめえらの実力を測れるわけじゃねぇ。てめえの魔力をどれだけマトモに扱えるか、それで魔導士としての格が決まるってもんだ。あとは──固有魔法とかな」


(固有魔法に覚醒するのは魔導士のうちでも二割程度。実戦で使える魔法ってなるとさらにその二割以下──効果も様々で器具じゃあ測定できねぇ。……それも含めて、実戦形式で見極めるってわけか)


「2次試験は1対1のスパーリング形式の実戦だ。武器もあり、固有魔法もあり、なんでもありだから、全力で目の前の相手を殺しにかかれ。特殊繊維が守ってくれるから、ちょっとやそっとじゃ死にやしねぇ。ま、どちらかが死ぬ前に止めてやるから遠慮せずに撃ちあえよ」


 強力な固有魔法を持っている佐紀は、明らかに有利。先手必勝で全力を出せば、相手に手の内を読まれる前にカタをつけることができる。ようやく見せ場が回ってきたか、と佐紀はほくそ笑んだ。


「じゃあまずは、受験番号955番、大黒おおぐろ 真莉まりと受験番号1087番、井川 佐紀。前に出ろ」


(いきなりの出番か……ってこれは!)


 佐紀が教官に促されるままに前に進み出ると、対戦相手の体格の良さに目を見張った。佐紀もガッシリとした体格で、身長以上に大きく見えがちだが、相手は恐らく身長が2メートル近くあるだろう。16歳女子らしからぬ規格外の大きさで、威圧感すら感じる。

 プラチナブロンドの髪はウェーブロングで、高身長ながらメリハリのある体型──つまり出るとこは出てくびれるところはくびれている。大事な試験の前だというのに表情が穏やかなのが、さらに只者ただものじゃない感を醸し出している。


(……なんなんだこいつは?)


 真莉と呼ばれた対戦相手は、佐紀に歩み寄ると右手同士で握手をした。身長に見合った大きな手だった。佐紀は完全に気圧されていた。


「大黒真莉と申します。よろしくお願いしますわ」

「……井川佐紀だ」

「井川さん……先に謝っておきますわ。──悪く思わないでくださいませ」

「あぁ?」


 まるで勝ちを確信しているかのような真莉に、佐紀が腹を立てたのは言うまでもない。彼女は真莉を殺気のこもった瞳で睨みつけたが、真莉の穏やかな表情に変化はなかった。


「では双方、武器を構えろ!」


 教官の合図に従って、佐紀は右手に握りしめていた魔石に魔力を込める。この魔石は『コア』と呼ばれ、異世界の技術らしい。詳しいことは佐紀にもよく分からないが、こいつに魔力を込めると、佐紀の武器が瞬時に展開されるシステムになっている。

 佐紀は、身の丈ほどもある巨大な大太刀を両手で構えた。対する真莉は、コアから重そうなメイスを展開して右手で構える。


(なんだ、隙だらけじゃねぇか……)


 相手の構えは一見して戦い慣れていないのがバレバレな、いくらでも付け入る隙のあるものだった。これでは、いじめっ子相手に立ち回ったことのある佐紀の方が場馴れしている。


(やっぱり、口先だけだったか!)


「それじゃあ──始めっ!」


 教官の声と同時に佐紀が仕掛けた。固有魔法の重力魔法を大太刀を中心に発動し、相手を引き寄せる。そして、雷と闇の魔力をまとった必中必殺の一撃を見舞う……というのが佐紀の戦い方だった。

 果たして、佐紀の狙いどおり真莉の大きな身体は重力にジリジリと引き寄せられ始める。それだけではない、佐紀の重力魔法は周囲の砂までも巻き上げ、見物していた受験生たちが息を飲むのが聞こえた。


「──終わりだ」

「それはこっちのセリフですわよ?」

「っ!?」


 真莉は重力から無理に逆らうことをせずに、自ら佐紀の間合いに飛び込んできた。


(ヤケを起こしたか? それとも……)


「──アンチフィールド」


 ただ一言、真莉がそう呟いただけで、佐紀は自分の中で渦巻いていた魔力がまるで幻のように消え去るのを感じた。

 それだけではない、立っているのもやっとというくらいの倦怠感けんたいかん眩暈めまい。力が全て吸い取られたとすら錯覚するくらいの無力感。


「な、なんだ……これ……?」

「だから言ったでしょう?」


 武器を維持することすらままならなくなった佐紀の側頭部に、容赦なくメイスが振り下ろされ、佐紀の視界は真っ暗になった。最後に佐紀が感じたのは、純粋に自分よりも遥かに強い相手に対する賞賛と、底知れぬ悔しさだった。

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