第二話 司と楓の会合


楓の訪問から三日後。


朝日奈医院の客間に二人の影が伸びる。



「楓さん、あなたは、分かっているでしょう? いまの名隊めいたいに日向を入れたら、必ず『阿修羅あしゅら』を使わせる」


 日向に関する事情聴取の後、司は楓を真っ直ぐ見つめた。


「新しい死獅を調査するための生け捕りですから」


 当たり前のように肯定する楓。




「……暴走が止まらなければ、日向は殺されるんですよね」


「分かっているんならええです」


 資料に目を戻す楓。



「……すぐに殺されないだけ、日向が生きることができるだけで良いんです……そう、日向が望んだから」


 自分に言いきかせるように苦しそうに言う司は、意を決したように準備していた箱手を伸ばす。



「これは、最後の最後の手段にしてほしい」


 机の上に置かれた箱に入っていたのは、三つの黒い液体の入った小さな瓶だった。


 その液体の用途を、楓はもう知っている。



「なぜですか?」

 あくまで形式的に丁寧語を使う楓は、手元の資料から顔を上げ、司を見た。


「これは……日向の命を削るからだ……」


「ほぅ」

 興味深そうに目を細める楓に、ぐっと拳を握る。


 黒い液体の入った箱を手元に置くと、楓は司を一瞥した。


 司はうつむいたまま、じっと何かを考えて、それから、首元に手をあてた。



「……日向の命を、少しでも長引かせるため」


 そう呟いて、胸元から、首から下げた小さな布袋をとりだした。


「楓さん、あなたは日向の責任を負っている。だからこそ、日向の存在価値を名隊で認められたら、あなたの立場も少しは良くなる」




 三日前、楓は日向に、

―― 「わたしとあんさんの存在は、愛知国の敵や。排除はされても、歓迎はされん」 ――

 と言っていた。


 関西州出身の楓がどのような経緯で名隊に入隊したのかは知らないが、大阪国との衝突の激しい今、楓の立場が良いと言えないことは司もわかる。


 大阪国のスパイと疑われることもあるだろう。



 司は、手の中に納まる小さな布袋をぎゅっと握った。


「日向は、死獅じゃない、詳しくはおれも知らない。でも、それは確実なんだ」


 司はいま言える限界を言葉にする。


 そして、ぐっと拳を握って口を開く。



「日向は……このまま阿修羅を使えば、近いうちに


 楓の眉が少し上がった。


「どういう意味ですか?」


 司は、手元の布袋を見つめた。



「阿修羅は、日向のことで現れます。その阿修羅をのにもまた、命を削ります。なぜかはわかりません。でも、確実に日向の身体を蝕んでいます」


 悔しげに唇をかみ、布袋を机越しに楓のほうへ置いた。



「薬を飲んでも、暴走が止まらなかったり……心臓に異変があったとき、これを使ってください」


「これは……」


 布袋を開くと、中に入っているものを見て楓がバッと顔を上げた。




「なぜ、こんなものをお前が持っている?」


 いままでとは違う、鋭い冷たい瞳に警戒の色を浮かべた楓に、司はゆっくりと目を閉じて、首を横に振った。



「詳しくは言えません」


 そんな司に、楓は冷ややかに目を細めた。


「……お前を調べても、ただの平民に過ぎなかった。どこで、薬やこの袋の中身を手に入れた? あいつの阿修羅をどこまで知っている?」


 冷たい声だった。


「おれは、ただの平民です、ただ医療を学び、日向を助けるために必死に今できることをしたまでです」


 楓の目は細まったまま、表情一つ変えず、手を動かした。


 ふっと風が吹いて、司が眼を瞬いたときには、司の首筋に鎌があたっていた。




「あくまで、隠そうとするんやな」


 流れるように、息をするように人を殺すことができる人だと、司は頭の片隅で変に冷静に考えてしまった。


 司は、そのままうつむいたまま、何も言わない。


 楓は無表情に戻り、鎌を引いた。




「まあ、ええ、時間あるとき、また聞きます。次は日向の命でも握って聞き出します」


 楓は客間の時計をちらりと見て立ち上がる。


 布袋を懐にしまい、箱を持つ。




「あの男に、これだけの価値があるかは知らないが、死ぬぎりぎりまでは利用することは約束しましょう」


 そう口にした楓は、若草色の羽織を翻して客間を出ていった。




 司は膝の上の拳を握って、唇をかんだ。


「日向、おれはお前のそばで守ることはできない」


 眉を寄せて、熱くなる瞳に肩を震わせた。




「だから、どうか、必死にあがいて生きてくれ」






 


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