第33話 聖女の肖像画と歯車と隠し通路
壁には肖像画が飾られています。
それも一枚や二枚などではなく、古いものから比較的新しそうなものまで十枚ほどありそうです。
絵の下にはプレートがはめ込まれ、なにやら文字が書かれていました。
美術館の絵画を鑑賞するときのような気持ちで絵を眺めていると、一枚の古びた絵が目に留まりました。その絵には美しい黒髪の女性が描かれています。彼女の穏やかな微笑みは、こちらの心まで癒されるようでした。
わたくしは何気なくそのプレートの文字を読み上げました。
「創始の聖女。……あッ、これって創始の聖女様!?」
たしかに、よく見れば面影があります。
今ではすっかり白髪になってしまいましたが、お若いときは美しい黒髪だったようです。絵画の中での年齢は、二十歳になるかならないか――今のわたくしと同じ年頃でしょうか。
もう何十年もこの異世界で過ごされているのかと思うと、なんだか胸のあたりが苦しくなるような、切なくなるような、そんな心持ちになります。
「なるほど、これは歴代の聖女たちの肖像画なのですな」
わたくしはあらためて一枚一枚の絵を眺めました。
どの人物もどことなく聖女らしい雰囲気があり、かと思えば気の強そうな女性もいます。中には男性の姿もありました。髪の色や顔立ちからして日本人でしょうか。
そういえば、この世界にはもともと『聖女』という呼び名はなく、この世界にやってきた何人目かの異世界人が自分たちのことを『聖女』と名乗り始めたことがきっかけだという話を聞いたような気がします。
つまりこの世界でいう『聖女』とは、わたくしが思っているような、傷を癒したり聖なる力で国を守ったりするような存在ではなく『異世界から召喚された者の総称』なのかもしれませぬ。
多くの聖女はそれぞれ役目を終えて元の世界へ帰っていったと聞いているので、今この世界に残っている聖女はほんの一部なのでしょう。
いずれわたくしの肖像画も同じようにここへ並ぶのかもしれないと考えると、なんだか不思議な気がしました。
護衛をしてくれるはずの騎士から「足手まといだから帰れ」と言われて追いかけられている身としては、とても想像がつきませぬ。
わたくしは物音を立てないよう気をつけながら部屋の奥へと進みました。
外へ出られる抜け道があればと思ったのですが、残念ながら行き止まりのようでした。
しばらくここに身を隠すか、あるいは他の場所を探そうかと考えていると、肖像画の下に奇妙なメモを見つけました。
『聖女をご招待。ボタンを押してね!』
小さな紙切れに、異世界の文字でそのような言葉が書かれています。
メモ周辺の壁を観察すると、たしかに小さなボタンのようなものが埋め込まれていました。
「なんぞこれ? こっ、これは押すべきなのでしょうか!?」
ええい、ものは試しですぞ!
思い切ってエイヤッと押してみると、どこからか小さな物音が聞こえてきました。
キリキリキリ……
ガコンッ ガコンッ
ぱったん ぱったん ぱったん
注意深く聞いていると、その音はどうやら壁の中から聞こえてくるようです。
やがて壁の一部がゆっくりと動き始め、旅行鞄ほどの空間がぽっかりと姿を現しました。
その空間を覗き込むと、大小さまざまな歯車が並んでいるのが見えます。
小さいものだと手のひらサイズ、大きいものだとパン皿くらいあるでしょうか。
そこにもまたメモがあり、こう書かれていました。
********
それぞれの数だけ歯車を回してみてね。
・1の歯車:曜日の数
・2の歯車:うるう年の2月の日数
・3の歯車:ジョーカーを抜いたトランプの枚数
・4の歯車:占いに使う星座の数
・5の歯車:惑星の数
********
わたくしはその言葉のひとつを読んでみました。
「曜日の数……って、日曜日とか月曜日とかのことでしょうか? それともこの世界にも曜日みたいなものがあるのでしょうか?」
でも、その次には『うるう年』と書いてあるので、たぶん元の世界の暦でよさそうですな。
だとしたら曜日は7で、『うるう年の2月の日数』は29ですか。
それにしても、このクイズみたいなものはいったいなんでしょう? いったい誰がなんのためにこんな仕掛けを作ったのでしょう。
歯車には大きく「1」とか「2」とか書かれています。それぞれがメモにある「1の歯車」「2の歯車」ということなのでしょう。
そして、歯車の歯の部分にもひとつひとつ数字が書かれています。
壁には▼模様が描かれており、つまり歯車の歯の数字をこの模様に合わせればいいようです。
わたくしはそれぞれの歯車をぐいぐいと回しながら、それぞれ『7』と『29』を▼に合わせました。
そして引き続きメモを読んでいきます。
「ジョーカーを抜いたトランプの枚数は、えっと、13枚×4組で52枚。『占いに使う星座』って12星座のことでしょうか? 惑星の数はたしか、水金地火木土天海の8個でしたな」
ひとつずつ丁寧に、歯車の数字と▼模様を合わせていきます。
すべての歯車を正しい位置に合わせると、また壁の奥から音が聞こえてきました。
ギリリ ギリギリ ギリギリ ギリリ
ばったん がったん どったん
きゅるるるる~
ゴゴゴゴゴゴゴ……
音はどんどん大きくなってゆきます。
なにが起きたのか戸惑いながら見つめていると、重い音を立てながら壁の一部が回転扉のようにゆっくりと動き始めました。
その奥に、見慣れない廊下が続いています。
「ややっ、これは隠し通路ッ!」
もしかしたらここから城の外へ出られるかもしれませぬ!
期待に胸を膨らませ、わたくしは意気揚々と通路の奥へ向かって歩いていきました。
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