4章3節 陽だまりの昼下がり

 待ち合わせの場所になっている駅前ロータリーのモニュメントへは、私と喜佐美きさみ君がほとんど同時に着いた。家の方向はこの駅からだとほとんど逆だから同じ電車に乗っていることはないだろう。まったくの偶然だ。


「奇遇ですね先輩」


「本当にね。よくできていると思う」


 ほとんど同じなのは集まる時間だけでない。お互いの服装を見て、苦笑交じりの笑顔が漏れた。


 黒を基調にしたジャケットとスリムフィットのパンツ。曇り一つなく磨き上げられたドレスシューズ。


 違う所は髪をまとめているかそうでないかと。ジャケットに合わせるシャツと持ってきたカバンの種類くらいだ。


「気合いを入れた格好をすると、似ちゃうものなんですね」


「参考にしている人が同じだもの」


 趣味があった恋人同士がやるペアルック。客観視すればそうとしか思えないけれど、ちゃんとした理由がある。ファッションの参考にしている人物が、同じ喜佐美先輩なのだから。


 姉と弟だからだろう。目のまえにいる男の子は喜佐美一海かずみとほとんど同じファッションがよく似合っている。


 喜佐美君の顔つき自体は可愛い系なのだけれど。きっちりした格好をしてみるとお忍びで遊びに来た王子様みたいな。耽美な雰囲気を出すものなのか。


 それに比べれば、私なんて。


「僕が真似をしてもどうしても雰囲気が変わっちゃって。カッコよく着こなしてる先輩が羨ましいです。憧れるなぁ」


 同じ思いで今の服を纏っている喜佐美君に羨ましがられるのなら、しっかり着こなせているのだろう。服を褒められてこんな気持ちになったのは、いつぶりというほど嬉しかった。


「喜佐美君も。一海さんとはまた違った個性が出ていてとっても魅力的だと思う。落ち込まないで、しっかり着こなしてあげなさい」


 駅で合流してからは、二人で一緒に遊び通した。ゲームセンターに行って適当に選んだ機械で遊ぶ。とくに何が取れたというわけでもないし。操作方法がわかる前にまた次のマシンに移ってプレイしたけれど、とにかく面白い。


 軽く汗をかいてしまうくらいはしゃいでしまったから、外の新鮮な空気を吸って一旦休もうという話になった。ゲームセンターの近く、駅を挟んだ向こう側には大きな池のある公園があった。


 広くて綺麗な景色だから、小休憩にはうってつけの場所だろう。


 大きな池と敷地の広さで有名な公園だ。しかも駅から近い。年明けということもあって寒い中でも人々が入り乱れている。近くの喫茶店に入った方が確実だろうなと思ったときに、ちょうどよく目のまえのベンチが空いた。


 さっきまで座っていた二人組は私たちに軽く会釈をしてその場を立ち去っていく。この場所を譲ってくれたのだろう。男女のペアだったから、カップルだろうか。


 自分たちが同類に見えたから親切にしてもらえたのだろうと思うと、少し複雑だけれど。


 会釈を返して座ってみれば、確かに素晴らしい光景が広がっている。キラキラと輝く水面を、水鳥の群れがのんびりと漂っている。年始の慌ただしさから切り離された光景は、気持ちはまだ受験生の私に心地のいいものだった。


「やってみると案外。楽しめるものね」


「デートなんて初めてで不安だったんですけど。二人とも楽しかったならそれが一番です」


 もちろん、二人とも喜佐美一海への想いは変わっていない。けれど、今日のたった数時間だけはお互いでお互いの想いを満たしてみようということになった。


 あと数時間後の私たちは、喜佐美一海へ想いを告げるという一世一代の場面へと挑むのだから。


 二人で約束したのにも関わらず、告白をいまだに私はためらっているのだけれど。


「やっぱり。やめにしない。告白なんて、お互いに振られにいくようなものでしょう」


 喜佐美君の前では尊敬されるような先輩でいたかったのだけれど、どうしても不安が上回ってしまう。告白は気持ちの整理をする手段の一つにしか過ぎないのだから。


 いい方法が他に浮かぶまでの間。たまにこうやって二人で憂さ晴らしをすればいいじゃないか。


「きっと望んだようにはいかないし。結果がわかっててもこんなに怖い思いをするのに。きっと耐えられない」


「わかりますよ。僕だって道連れが欲しくて相談した卑怯者ですから」


「なら」


「でも、僕は今日やってみせますよ。失敗したら、うん。その時は慰めてくださいね」


 笑顔で言ってこそいるが、私と同じくらいこれからのことを恐れているのが伝わってくる。最近はめっきり見なくなった、無理をしている時の表情をしているのだから。


「あなたは実のお姉さんに告白することの意味。わかってるの」


 同性に抱くのも。血のつながった姉に抱くのも。どちらがと比べるまでもなく、社会的には容認されない恋心だ。


 嫌われてしまうくらいは、随分と情けのある結果だということはわかっているだろうに。


「絶対大丈夫。なんて言えませんよ。でも、姉さんはその辺ラフですから」


「わかるけども」


 確かに、喜佐美先輩は身内に甘かった。生徒会長として公私はきっちり分けていたけれど。一人の後輩に対しては少し過分なほどに甘やかして頂いた。


 惜しみなく愛情を注いでもらえたと感じたのは喜佐美先輩といたときが初めてで。だからいけないとわかっていても、彼女を愛してしまったのかもしれない。


 ほんの少し、間をおいて喜佐美君は言葉を続ける。穏やかだけれど、決まっていることを話すような確固たるものを感じさせた。


「振られたからって嫌いになるわけじゃないし。今まで過ごした時間が幸せだったのは本当でしょう。もしも本当の気持ちで接することができるのなら。姉さんと僕はもっといい時間を過ごせると思うんです」


 喜佐美君のまっすぐな視線を受けて、そういう考え方もあるかもしれないと思った。何かがストンと落ちたような心地がして池を眺めてみると、ちょうど水鳥が飛び立っていく。


「うん。なら、どっちが付き合うことになっても。恨みっこなしということにしましょうか」


 立ち上がって伸びをする。冷たい空気が肺の中に染みこんで、身体全体が日光を感じた。


 待ち合わせの時間ももうすぐだ。安全に立ち上がれるように差し出した手を、彼は握ってくれる。


 同じ痛みを抱えているのだ。辛かったとしても、いつも通りに支え合っていけば

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