4章2節 決心

 しんみりとしてしまったけれど、八城やしろのお墓参りは無事に終わった。もうこの世にはいないのだから。声が聞こえたとか姿が見えたとかはうっすらともなくて。人の死に触れたという実感が湧いてくる。


 心にぽっかりと穴が開いたような気持ちがするけれど。やっと友だちだとわかったのは、死んでしまったあとでとても悲しいけれど。どこか清々しい気分も確かにあった。


 隣を歩いている喜佐美きさみくんもそうなのだろうか。そっと顔を覗いてみれば、目尻はまだ濡れていて。頬や鼻の先は赤かった。


「今日はありがとうね。久留巳くるみさんが声をかけてくれなかったら、もっと長い間お墓参りをする勇気が出せなかったと思うから」


 喜佐美くんの声もまだ少ししゃがれている。何年も同じ痛みを共有しあった悲しみは、どれだけの時間が経てば癒えるのだろう。高校生も一年しかやっていないのに。いくら考えてもわかるはずがなかった。


 けれど。いつまでも悲しい思いをしなくたっていいはずだ。新しい日々はもう始まっているのだから。今日という日にも同じことが言えるはずで。幸いに、喜佐美くんも私の提案を聞いてくれる心の余裕がありそうだった。


「喜佐美くん。このあと、何か予定あるかな。もしよかったらなんだけど。ちょっと遊んでいこうよ」


「うん。いいかも。前にここに来たときは、散策する余裕がなかったから。今日はちょっと冒険してみたいかも」


「バスで駅まで戻ってみるとして。そこからはどうしようかな」


「とりあえず検索してみようよ」


 駅に戻るバスの中で、二人でどこに行こうかお喋りする時間さえも楽しかった。カラオケ。公園。本屋さん。探してみると本当に色々な場所があって悩ましかったけれど、決まる時は一瞬だった。


 バスから降りた直後に、おもいっきりお腹の虫を鳴かせてしまったのだ。


 暖房が多少は利いている車内に少しいたとはいえ、年の瀬の空気に長い間触れている。休憩も兼ねて、駅前にあったとある喫茶店に入ることにした。


 喜佐美くんとの最初の待ち合わせに使って以来、朝野先輩とかと一緒に喫茶店を利用することは増えている。けれど、完全に個人経営のお店は初めてだぞ。



 カウンターから見える壁には綺麗なティーカップがずらりと並んでいる。鮮やかな赤い色。柔らかな色彩の花弁。精巧な彫刻のされた無地。スマホの画面で喜佐美くんが興味深そうに眺めていたけれど、こうやって一つ一つを肉眼を捉えれば。彼が行きたがった理由もよくわかる。


 お好きな席にどうぞと言われたので、奥の方の暖かそうな席を選んでメニューを開いた。喫茶店といっても紅茶のお店だったらしい。コーヒーのときみたいに、とりあえずブレンドができない私は何を選べばいいのかわからなくて、喜佐美くんに相談した。


「アールグレイとかはよく聞くと思うけど、どうかな。ミルクティーがいいならディンブラかアッサムがよく飲まれてるね」


 とりあえず。アッサムにしようかな。駄洒落で聞いたことがあるし、あっ寒ティー。


「お待たせしました。チキンバゲットサンドイッチとアッサムティーのセットです。こちらはラプサンスーチョンと固焼きクッキーのセットです。ごゆっくりどうぞ」


 写真を一目見てからそうだと思ったけれど、なかなかボリュームがあって良さそうじゃないか。


 食べやすいよう半分に分けられたバゲットはさっくりと焼けていて、中の具も零れそうなほどにギッシリと詰まっている。


「いただきます」


 期待して手に取ると、バゲットは適度に暖かくこんがりとした手触りでずっしりと重い。口に寄せると香ばしい小麦とソースの香りがして、喜佐美くんの前だけれど。思いっきりかぶりつきたいという欲に負けてしまった。


「おいしい」


 バゲットのサクフワっとした食感。シャキシャキのレタスとトマト。鶏肉もハーブかなんかで下味がつけてあるようで、ソースと合わさって濃厚な旨味を訴えかけてくる。


 美味しいものが、美味しいものと、美味しいものの中に入っている。それでいて、どれもがどれもと調和していて。味わって食べているつもりだったのに、二個あったバゲットがいつの間にか半分なくなっていた。




 誰だ食べた人。私か。


「そんなに美味しいなら、次に来た時頼んでみるね」


「あ。あはは」


 美味しいご飯を食べて、いい香りのする紅茶を飲んで、一息つくと身体が緩んでいく気がする。圧倒的な多幸感がもたらしたのだろうか、眠気とはまた違う謎の脱力感が私たちを包んでいる。


 入学したころは。生徒会に入ったばかりのころは。笑って気軽に振舞おうとしていたけれど、いつもどこか気を張っていて。こんな時間は過ごせなかっただろう。


「喜佐美くんはさ。いい感じに気が抜けて、変わったね」


「みんなと一緒にいろんなことをやって。自信がついたんだ。だから頼ったり、気を抜いたり力を抜いたり。できるようになった気がする」


「よかった。ほんとうによかった」


 喜佐美くんが白磁のティーカップに口を付けてから、また口を開く。


「僕もひとつ聞いていいかな」


「うん、いいよ」


「僕は久留巳さんの告白を断ったでしょ。なのになんで、今日まで僕のために頑張ってくれるの。わりと最初の方から、この子が僕のこと好きだってわかってて。だから頼ってたようなやつだよ僕は」


「振られたからって急に嫌いになるわけじゃないし。ぶっちゃけちゃえば、今も好きだよ」


 なんかとんでもないこと言っている気がするけれどまあいいか。嘘ついてるわけじゃないし。せっかくだし、思ってること全部言っちゃえ。


「中学は陸上部でさ。メチャクチャ頑張ったんだ。それでも、なんだ頑張ってもこんなものかって思ったらもう何も頑張れない気がして」


 似たような話。出会ったばかりのころにしたような気がする。あの時は、この話を聞いて喜佐美くんはどんなことを思うんだろうとか考える余裕。まったくなかったな。



「でも、走る以外のことも色々できるようになったんだ。喜佐美くんといて。これからもお互い、一緒にいればもっといいことがあると思う。理由が欲しいなら、二人の時間をもっとよくしたいから。っていうのが、キレイでいいね」


 自分の気持ちに嘘はつきたくないと喜佐美くんは言っていた。告白してすっきりしたから、私も彼の言葉は本当だと思う。


 でも、伝え方を工夫するのは悪いことじゃない。積極的にやるべきだと思う。


 だってほら。


「うん。僕も勇気を出そう。ありがとう、久留巳さん」

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