「子作りできないから」と婚約破棄された騎士は引きこもり魔女を溺愛するようです
沙寺絃@『追放された薬師~』12/22発
プロローグ
第1話 「子作りできないから」と婚約破棄
ここは建国200年以上の歴史を持つ国、サンドラ王国の王宮。謁見の間。
王立騎士団の副団長を務める若きエルウッド・アスターは、国王陛下に拝謁している。
エルウッドは19歳という若さにして、サンドラ王国騎士団の副団長を務める実力者だ。
黒髪にアイスブルーの瞳。精悍で整った顔立ちは、若い女性からも人気が高い。
だがエルウッドに近付いてくる女性は少ない。なぜならエルウッドは、サンドラ王国の王女であり国王夫妻の一人娘アイリス王女と婚約しているからだ。
もっとも婚約と言っても形ばかりの関係で、二人は手を繋いだことすらない。
エルウッドは副団長の仕事に忙しく、アイリス王女は積極的な性格ではないので、婚約して1年経つがまったく距離は縮まっていなかった。
本日、謁見の間では玉座に国王が、その左右に王妃と王女が控えている。
灰色の髪に髭を蓄えた国王は、エルウッドを見下ろすと口を開いた。
「エルウッド・アスターよ。お前とわが娘、王女アイリスとの婚約を解消させてもらいたい」
「……はい?」
エルウッドは我が耳を疑った。失礼だと分かっていながら思わず聞き返してしまう。
「失礼ですが国王陛下、今なんとおっしゃいましたか?」
「お前と我が娘アイリスの婚約を解消させてもらいたい」
聞き間違いではないようだ。エルウッドは絶句して顔を引きつらせた。
「な……なぜ急に、そのようなことをお考えになったのですか!?」
今から1年前、エルウッドは邪竜を倒した。サンドラ王国の北の外れにある火山地帯、【グリゴリ火山】の深山の一角に【炎竜】と呼ばれる邪竜が棲みついたのだ。
竜族には邪竜と呼ばれる人に仇を成す種と、神竜と呼ばれる人々に恩恵を与える種が存在する。
神竜は神として多くの国で信仰されているが、邪竜は倒すべき邪悪な――時代によっては魔王とも呼ばれる存在だ。
グリゴリ火山に棲みついた炎竜は、地震や噴火を起こしては人里にダメージを与え、近隣住民を喰らっていた。
邪竜は奪った生き物の魂に比例して強くなる。だからまだ力の弱い段階での早期討伐が望まれる。
しかし1年前の騒動の時は、サンドラ王立騎士団も、神竜教の神聖教団兵の派兵も、どちらも遅れていた。
このままでは被害が拡大してしまう。そう思ったエルウッドは有志を募って少人数で炎竜討伐に向かった。
玉砕覚悟だったのだが、死闘の果てにエルウッドは炎竜を討伐した。エルウッドは戦いの最中、【スキル:竜殺し】に覚醒したのだ。
通常は一匹の竜を倒すのに、一国の軍隊をぶつける必要がある。もしくは女神教で、『封呪の儀』の使い手に竜を封印してもらわなければならない。
だが、ごく稀に、それこそ100年に一度というレベルで、エルウッドのような単独で竜殺しを成し遂げられる人間――【竜殺し】が現れる。
サンドラ王国中は新たな英雄の誕生に驚喜した。
そしてエルウッドは副団長に任命され、アイリス王女との婚約も決まった。
国王も王妃も、つい先日まで「これでサンドラ王国も安泰だ」と好意的な態度を示してくれていた。
だというのに、突然国王に呼び出されたかと思ったら、いきなり婚約破棄宣言。一体何があったのか。どうしてなのか。エルウッドは動揺する。
国王の隣には王女アイリスがいる。
金髪にエメラルド色の瞳。長い髪を編み込みにして、毛先はウェーブがかかっている。瞳は金色の睫毛に覆われていて、肌は陶器のように滑らかで白い。
アイリスは16歳。エルウッドより3歳下だ。
エルウッドは、15歳で正騎士になり、騎士団に配属された時からアイリスを知っている。初めて会った頃のアイリスは12歳だった。だから未だにエルウッドは、アイリスを子供のように思ってしまう。恋愛感情と呼べるものはないが、庇護心や忠誠心は抱いている。
婚約破棄の話はアイリスにも寝耳に水だったのか、両親に質問する。
「お父様、突然何をおっしゃいますの?︎ どうしてエルウッドとの婚約を解消なさるのですか?」
「アイリス、これはもう決まった事なのだよ」
「ですが、このように唐突な形ではエルウッドが可哀想ですわ。せめてご説明を――」
「お黙りなさいな、アイリス」
父親に食って下がるアイリスを、国王の隣に座る王妃が叱責した。
「あなたは黙っていなさい。これは国の問題です」
「ですが、お母様……!」
「黙りなさいと言っているのです。聞こえなかったのですか?」
「でも……でもせめて、理由をお聞かせくださいませ!」
アイリスはまだ食い下がる。すると国王は二人を交互に見比べてため息をついた。
「エルウッドよ。お前も理由を知りたいか?」
「当たり前です!」
「そうか……」
国王の言葉に、エルウッドは首を縦に振る。しばらく言いにくそうにしていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「それはな、お前が竜の呪いにかかっていると判明したからだ」
「竜の呪い……ですか?」
「うむ」
国王は重々しく頷くと、側に控えていた臣下に調査結果報告を読み上げさせる。
「先月行われた王立騎士団の健康診断で発覚しました。エルウッド様は炎竜を倒した時に、竜の呪いにかけられたようです。詳しい解析をしたところ、エルウッド様は【血脈断ちの呪い】をかけられているようです。そのせいで子孫を作れないお体だと判明ました」
「な、なんですって!?」
国王と王妃は、蔑むような視線をエルウッドに向ける。まるで「子孫を作れないお前に存在価値はない」とでも言いたげな眼差しだ。
エルウッドは衝撃の事実に言葉を失ってしまう。
「アイリスと婚約させた時は、竜の呪いなど知らなかったのだ。こうなっては婚約を解消しないわけにはいかない。王族は子を成して血脈を繋ぐ事が義務だ。故に子を成せないお前とアイリスを結婚させる訳にはいかんのだよ」
「お、お父様……いくらなんでもこんな理由で婚約破棄はひどいのではないでしょうか……?」
国王の隣にいるアイリスが抗議する。そうだ、恥辱もいいところだ。もう少し言い方や伝え方を配慮してくれても良かったのではないか。現に控えの兵士や使用人が笑いを堪えている。
「アイリスよ、もうよいではないか。お前も良い年なのだから、いつまでも純情ぶっているんじゃない。エルウッドが相手では仕方あるまい」
「お父様……」
「エルウッドよ。お前は今までよく尽くしてくれた。婚約解消したからといって騎士団副団長の立場を追うことはない。これからも務めに励むが良い」
「お待ちください国王陛下! これは何かの間違いなのではないでしょうか!?」
「王立魔法アカデミーからの報告だ。この報告が間違っているのなら、我が国のアカデミーの研究報告はすべて間違っていることになる。まさかお前とて、国の威信を否定する真似はするまいな?」
「そんな……!」
「エルウッドよ、王国の未来を考えるとお前では駄目なのだ。邪竜を倒し、最年少で副団長に就任したお前は立派な英雄だ。しかし子を成せないのなら王家の婿として意味がない」
「陛下のおっしゃる通り、これは王家の血脈の問題ですのよ。お分かりいただけまして? アイリス、あなたも異論は許しませんわよ」
王妃がきっぱり言い切ると、アイリスは真っ赤になって俯いて、小さく頷いた。
「……はい、分かりました。お父様、お母様」
「では、これで話は終わりだ。下がって良いぞ」
国王がそう締めると、エルウッドは謁見の間から追い出されてしまう。
扉が閉ざされる寸前、必死に笑いを堪える兵士たちの顔が目に焼き付いた。
こうしてエルウッドは竜殺しの英雄で王女の婚約者という華々しい立場から、一気に哀れな立場へと転落してしまった。
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