第26話

「本当に、ありがとうございました」


 レントが丁寧に頭を下げてルネとミカエルに礼を言う。


「力になれてよかった」

「そうですね。これで食料の調達も出来ますし」

「はい。本当になんとお礼を言ってよいか」


 レントは最後までミカエル達に頭を下げてお礼を言っていた。その瞳には若干の涙が浮かんでいた。それほどまでに切羽詰まっていたのだろうことが伝わってくる。

 街に向かう道を、手配した馬車に乗って行く。その中でルネは胸をしきりにさすった。


「ルネ、どうかしたのか」

「あ、いいえ、特にそういうわけではないのですが、その、人にお礼を言われるのって、嬉しいんだなと思って。なんだかこの辺りがむずがゆくて。変ですか?」

「そんなことは無い。良い傾向だ」

「私、今まで自分の力では何も解決できないって思っていたんです。でも、そんなこと無かった。私にも、出来ることがありました。それを知れて私、多分少し自信が持てたような気がします」

 

 ミカエルは、目を細めて微笑んだ。


「ミカエル様。私、魔法のお勉強、頑張りますね!」

「ああ。一緒にな」

「はい!」



街に着いた。約束した、街への買い出しにルネは心を躍らせる。

 御者に賃金を払って、ルネとミカエルは街に繰り出した。


「ルネ。私から離れないように」

「はい、もちろんです」


 ミカエルが差し出した手をしっかり握って頷くルネ。2人が訪れた街は、活気があるというよりも落ち着いていて、雰囲気の良いところだった。街全体が白を基調とした建物でつくられている。


「なんだか綺麗な場所ですね、ミカエル様」

「そうだな」


 ミカエルは予め必要なものをメモしておいた紙を取り出し、ルネに渡す。


「これ以外にも必要なものがあったら言いなさい。食べ物もたくさん買おう」

「ええ!楽しみです!行きましょう、ミカエル様!」


 ルネに引っ張られ、ミカエルも走り出す。

 パンに、野菜、肉と魚、ルネの服も追加で買い、体を洗う為の石鹸や、安い美容液なんかも買ってもらった。

 ルネは勢いよく飛び出したが、買い方が分からず、結局はミカエルに欲しいものを伝えて会計は隣で見て学んだ。

 途中、ルネはミカエル用のスカーフを買いたいと言ってきた。

 今のミカエルの姿は、ゆったりとしたグレーのシャツに今の毛色同じ黒のスカーフをネクタイ代わりにして、それを目立たない白く透明な石が埋め込まれたピンで留めている。


「ミカエル様に、お礼がしたいのです。本当は私のお金で支払うのがいいのですが、あいにく私はお金の使い方も分からないので……。せめて選ばせてください」

 

 特に必要もなかったので断ろうとしたが、ルネがあまりにも意気込んでいて思わずうなずいてしまったミカエル。2人で仲良く男物の服が売っている店に入り、ルネはミカエルに座っているように伝え、店員と商品を物色しに行ってしまった。


(元気だな。よっぽど先の任務でのことが嬉しかったのか)

 

 ミカエルはルネの笑顔を見ながら思案する。

 

(ルネのあの力。想像以上だ。S級魔法使いでも苦戦するようなホーンベアを一撃で倒してしまうとは。中々素質がある。これは教えがいがありそうだ)


 にやりと笑うミカエルをよそに、ルネは彼に似合いそうなスカーフを探している。


(どうしましょう、たくさんあって分からなくなってきたわ)


 目の前に広げられた何種類ものスカーフ。だがどれもミカエルのイメージには合わないような気がして、ルネは顔をあげて周りを見回す。ふと、1つのマネキンが目に留まった。


(あのマネキンが着けているスカーフ、ミカエル様の目の色と一緒だわ)


 ルネは店員に言って、それを持ってきてもらう。サラサラとした手触りの、落ち着いた緑色のスカーフだ。


「あの、これにします」


 店員は「ありがとうございます」と一礼して、奥の在庫から新しいものを持ってきた。

 ルネはその間にミカエルを呼んで、申し訳ながら会計をお願いする。


「いい物があったのか?」

「はい!きっとミカエル様にぴったりですわ」


 それは良かったと頷くミカエル。

 ルネからそれを受け取ったのは、家に帰ってからだった。

 ミカエルは受け取った時、わずかに驚いたような顔をして、それから嬉しそうに「ありがとう」と言った。

 その日から、そのスカーフはミカエルのお気に入りになった。

 

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