第22話

「ルネ。すまない、起きてくれ」

「んん……」


 ルネは目を擦ってゆっくり起き上がる。少しだけ眠るつもりが、すっかり夜になってしまっている。


「ごめんなさいミカエル様、私寝すぎて……」

「大丈夫だ。それよりもホーンベアが動き出した。こちらに気付くのも時間の問題だから、テントを一旦仕舞いたい」


 いつになくミカエルが早口だ。ルネはそれ程ひっ迫した状況なんだと気付く。急いで寝袋を片付け、持ってきた鞄を肩にかける。

 その間にミカエルは火の後始末をして、テントを魔法で片付けた。


「ミカエル様……」


 不安になって声をかけると、ミカエルは自分の口に緩く指をあてた。それからその指をルネの唇にあてると、目を閉じて魔法を施す。


(な、なに?)


 戸惑うルネのことはよそに、ミカエルは閉じていた目をゆっくりと開いた。


「もう話しても大丈夫だ」

「何をしたんですか?」

「ルネの声が私にしか聞こえないようにしたんだ。私の声も、君にしか聞こえない」

「そんな魔法があるんですか?」


 ルネは驚いて声を上げてしまう。だがそれも今はミカエルにしか聞こえていない。


「音魔法の応用だ。音魔法は風魔法と似ているから、ルネもきっと使えるようになる」

「ほ、本当ですか?」

「ああ。私が教える」

「嬉しいです!」


 お互いに微笑みあっている間に、ホーンベアが吠える声がルネの耳にも届いた。体も震える程の振動が恐怖と共に伝わってくる。


「っ!」

「ルネ、こちらに」


 差し出された手を取ると、昨日と同じように引かれてまた木の上に浮遊魔法で運ばれた。

 あまり動くなと言われたので、ルネは木の幹にしがみついて下の様子を見る。

 ミカエルが武器を取りだし両手にはめ、ルネから見て右側を睨めつける。そちらから数頭の大型の獣が歩いてくるような足音が聞こえ始めていた。


「ミカエル様、どうかご無事で」

「ああ。ありがとう」


 4体のホーンベアが姿を見せた。昨日と同じ、額に2本の角、顎の下に赤い光が見える。


(今度あの光がなんなのか、ミカエル様に聞いてみないと)


 ルネはごぐりと息を呑む。

 戦闘が始まった。ホーンベアが動き出す。ミカエルは攻撃に備えた。守りの体勢を取る。

 ホーンベアの長い腕がミカエル目掛けて振り下ろされる。ミカエルはそれを難なくかわし、地面に叩きつけられたホーンベアの腕を足場に一気に駆け上がった。

 翠色の光がミカエルの体を包み込んだ。


(あの魔法、きっと身体強化魔法ね。昨日も使っていたわ)


 ルネはじっとミカエルの動きを観察する。腕から駆け上がったミカエルは、その勢いのまま鉤爪を下から振り上げた。鉤爪の切っ先がホーンベアの赤い光の元から顎までを砕く。ホーンベアは背中から倒れた。


「まずは1体。次は誰かな」


(か、格好良いですわ!ミカエル様!)


 鉤爪をはめなおすミカエルのもとに2体のホーンベアが襲い掛かる。ミカエルは頭上高く飛び上がり、まず手近な1体を物凄い勢いで踏み潰した。

 砂ぼこりが舞う。それをかき分けてもう1体が腕を振り下ろす。鞭のようなホーンベアの腕を両腕で防御し、ぎゅっと鉤爪のベルトを握ったかと思うと、一気に腕を広げホーンベアの手首を引き裂いた。聞いたこともないような腹に響く悲鳴を上げ、そのホーンベアは1歩引いた。その隙に相手の間合いに入り込み、ホーンベアの顔前まで飛びあがると高速で1回転し、顔面から胸までを鉤爪で切り裂いた。

 ミカエルは静かに着地すると、残りの1体と対峙する。

 彼の戦い方は、足音こそしないものの少々荒く、容赦のないものだった。

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