第21話

 体が強ばる程の緊張感がルネの喉を鳴らす。

 2人は今、ホーンベアの住処を見張っている。

 ミカエルと一緒に足跡を辿っていった先に、案の定彼らの住処があった。そこは森の奥のちょっとした洞穴で、約1時間ほど見張っているが一頭も見かけていない状態が続いていた。

 そろそろ腰の辺りが限界を迎えそうになって、ルネはミカエルの服を引っ張った。


「ミカエル様、本当にここなんですか?」


 万が一のことを考えて、できるだけ声をひそめて訊ねる。

 ミカエルはこくんと頷いた。


「間違いない。匂いと、声がする」

「私には何も感じませんが……」

「人間には感じられない。猫の私だから分かる。それに、ここに来るまでに何匹かの動物を見かけたが、ここを見張ってからは見かけていない」


 確かにここは不自然なほど静かだ。鳥のさえずりも聞こえない。

 だが時刻はもうすぐ夕方になろうと言う頃。この前まで深窓の令嬢だったルネには、体力的に限界が近い。体が休みを求めている。


(でもミカエル様の邪魔をしたくない)


 心と体のジレンマを抱えながら、もじもじと指を組む。

 ルネは我慢してミカエルの後ろに控えることに決めた。彼の後ろ姿を見つめた。背中が上下してして、呼吸していることが分かる。ただそれだけなのに、どうしてか視線を外せない。


(私、ミカエル様が近くにいると凄く安心するんだわ。だからこうして見つめているのが好きなのよ。ね、きっとそうよね。最近ミカエル様のことばかり考えてしまうのも、夜中に泣いている時に顔を思い出すのも、そのせいだわ)


 家を出る前から夜中に起きては静かに涙を流す、という習慣はまだ治ってない。でもそれが最近変化を見せるようになった。

 泣いているとミカエルの顔を思い出すのだ。彼の表情、投げかけてくれた言葉、抱きしめてくれた感触。ミカエルが今までルネにしてくれたことが頭をよぎって、いつの間にか眠っているのだ。

 心が落ち着いていくのが、ルネ自信でも分かるくらい、ミカエルはルネの「心の安全地帯」になっている。


「ルネ、疲れたか?」

「あ、えっと……」

「少しここを離れようか。まだ動きそうにもないし、戦いは恐らく夜になるから」

「すみません」


 思わず謝ると、頭に優しく手を置かれた。


「いや、私こそ気付かなくてすまない。少し戻ったところに簡易テントでも張ろう」

「テント?私上手くできるかしら」

「心配ない。私の魔法なら一瞬だ」

「まあ、頼りになりますわ」


 ルネが微笑むと、ミカエルも笑みを返した。

 それから2人はホーンベアの住処から少し離れた場所にテントを構え、ルネはその中で仮眠を取った。ミカエルは枝葉を集め、火魔法で火をつけ暖を確保した。

 テントの中の様子を見に行くミカエル。ルネは静かな寝息をたてて眠っている。

 まだ彼女は夜に起きることが毎日のようにある。この後もふとした瞬間に飛び起きてしまうかもしれない。

 ミカエルは洞穴の方にも注意を向けつつ、ルネの様子も気にかけるようにした。


(早く穏やかに眠れる日がくるといいんだが。私に何か出来ることはあるだろうか)

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