第5話
自分で聞いておきながら、ルネは今まで感じたことがないくらい緊張していた。そしてまた、自分がどうしようもない駄目人間であることを自覚して、無性に悲しくなった。
何もできない。本当に、自分は駄目だと。皆が出来ていることが自分だけ出来ない。産まれた時から最強のタグを付けられ、いつもそれに報いようと頑張って、結局裏切ってきた。どうして自分には出来ないのかと考えない日は無い。
何だか情けなくなって、ルネはミカエルの答えを待たずに口を開いた。
「ミカエル様、やっぱり私…」
「ルネ、私と一緒に逃げよう」
「……え?」
「そんなに嫌なら逃げてしまえばいい。誰も君を傷付けることが出来ない境地まで。私のことを心配しているのなら問題ない。私は君が思っているよりも強い」
「い、いえ。そういうことではなくて、え?どうして?逃げるって、守るではなくて?」
「もちろん守る。君が傷つくのは嫌だからな。逃げるのは、君があの時助けてと私に頼んだからだ」
ミカエルがペリドットの瞳を細める。
「本当の君は、まだ希望を捨てきれずにいるんじゃないか?だから私に助けを求めた」
「それは」
そうなのだろうか、とルネは自分の胸に手を当てる。あの時は本当に、全てを終わらせようと思っていた。それで全部が上手くいくと、本気で信じていた。
でも、それと同時にとてつもない恐怖も覚えてしまった。自分を自分で傷つける恐怖、殺す恐怖。今思い出しても身震いしてしまう。
だから、あの時現れたミカエルに咄嗟に助けを求めてしまったのだ。希望なんて自分にはもうないと思っていたのに、流れ星のように唐突に現れたから、縋ってしまいたくなった。
「ルネ。私と一緒に逃げよう。君の希望は、まだ消えてない」
「で、ですがミカエル様。私魔法を使えません。それは事実ですわ。ミカエル様にご迷惑が」
「ここまで、君を無断で連れてきた責任は取るつもりだ」
「そんな、割に合いません」
「もちろんこの先ずっとという訳では無い。ルネ、君はゆくゆくは自分で自分の身を守れるようになるんだ」
ルネは戸惑いを露わにした。ミカエルが言っていることが理解できない。今さっき、自分は魔法がてんで使えないと伝えたばかりなのに。
(まさか、信じてないのかしら)
「ミカエル様、私本当に…」
「ルネ。私には君が持っている魔力量が分かる」
「え?」
「今までは触れずにいたが、君の話で確信した。君には私をも超える力が秘められている。うまく使えば今まで君を害してきた者達を排除できるほどだ」
「で、ですから私には才能がないのです」
ルネはミカエルの表情を見た。だが元々あまり感情が顔に出ない質の為か、本当に何の考えがあって発言しているのか全く読めない。混乱を深めるルネには構わず、ミカエルは話を続けた。
「才能は初めから持っているものではない。勿論人それぞれ得手不得手はあれど、初めから決められた才能など無いと私は考えている。これは私の歩んできた過去からの自論だ。だが、的を得ていると思っている」
ミカエルはさらに続ける。
「根性論をとくつもりは無い。それは今も苦しんでいる君を更に苦しめることになるし、私も根性でどうにかしようなどと思ったことは無い。だが、人は考えることを止めると、退化する。退化と言っても物理的にではなく、回りから必然的に置いていかれるということだ。ルネ、君は自分が駄目な人間だ、何も出来ない人間だと思い込んで、考えることを止めたんじゃないか?」
ルネが身を強ばらさせるのが見えた。
俯いて、両腿の上で拳を握る。
ルネ自身最初は、このままでは駄目だと、父の期待に応えなくてはと努力してきた。だが駄目だった。何も上達しなかった。そのうち努力することに疲れてきて、周りからの期待だけが重く思えて、ある時を境に全てを辞めた。何もしない方が楽だと知った。
けれど、そのうち別の苦しみがルネを襲った。努力も何もしていない罪悪感、継母と義兄からの虐待、父の無関心、またルネは苦しんだ。それを内々に我慢し続けた結果、考えること自体が苦しみの原因だと気付いてしまった。だから止めた。
それの何が行けないというのだ。
「だって、そうしなければ私はとっくに壊れていました。全部私のせいだって、私が魔法が使えないから。私は初代当主の生まれ変わりなのに。そのはずなのに。どうして出来ないの、どうして皆と同じことも出来ないのって考えれば考えるほど苦しくて苦しくて……だから、止めたんです」
「でも今も苦しんでいるだろう、君は」
「っ」
それを言われた瞬間、箍が外れたようにルネの意思とは関係なく涙が溢れ出した。止まらない。
どうして泣いてしまうのかも分からない。ただ、悲しくて悲しくて、それを自覚していないルネの心の代わりに泣いているかのように、溢れて止まらないのだ。
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