第13話
「リリィ殿……」
ぽろぽろと落涙するリリィ。落ちた涙がルネの眠るベッドのシーツにシミを作った。
部屋にリリィの鼻をすする音だけが響く。鉛のように重い空気の中、ミカエルは穏やかな声色でリリィに告げた。
「ルネは、助けてと言った」
「え?」
「ルネが握っていた鏡の破片を私が取ろうとした時、彼女は私に助けてと言ったんだ」
リリィは目の前の緑目の猫を涙目で見つめる。
「お嬢様が……助けを?」
「そうだ。私に助けを求めた。涙で頬を濡らし、小刻みに震えて何かに酷く怯えながら。それでも私に助けを求めたのだ。それはきっと、まだルネの中で生きることに僅かでも希望を持っているからではないか?」
「希望……」
「ルネはまだ、完全に絶望に堕ちてはいない」
「!」
リリィは眠るルネを見た。
(お嬢様……)
その時、ミカエルの人より何倍も優れた聴覚を持つ両耳がこの部屋に近づいてくる音を感知した。
「誰か来る」
「え?」
声を潜めて言うミカエルにつられて、2人も耳を澄ますが何も聞こえない。
「我々には何も聞こえないんだが…」
ミカエルは部屋のドアを静かに睨め付けて、聴覚を研ぎ澄ます。
(これは男だな。まっすぐこちらに向かってきている)
それから女の声が2人分聞こえる。片方の女が「ディストール様っ」と甘ったるい声で話しているのがわかった。
(ディストールは…確かルネの義兄の名だ)
「アルベルト。今
「え?あ、ああ。たしか今日はご友人方と競馬に行くと…そういえばそろそろお帰りになる時間かもしれない」
「ふむ。そいつはいつも女の使用人を2人連れているのか」
この問いにはリリィが答えた。
「はい。専属のメイドが2名は必ずついています」
「ミカエル、まさかこちらにディストール様がいらっしゃるのか」
「恐らく」
ミカエルは言いながらルネを抱き抱えた。逃げられそうな場所はないか、大きな緑の猫目を動かす。
「そんな!駄目です、これ以上お嬢様にお怪我はさせられませんっ!!アルベルト様、足止めしてくださいませ。その間に私がお嬢様を避難させます!」
リリィがアルベルトの手を掴んで必死に訴えた。
「わ、わかった。リリィ殿、お嬢様を頼む」
「……もう遅い」
ミカエルが呟いた直後、部屋のドアが乱暴に開かれた。瞬間、止まっていた空気が窓の外に向かって流れ出し、カーテンがたなびく。
「ルーネー!!お義兄様が来てやったぞ、ほら!魔法の特訓すんぞ!」
ディストールは酒でしゃがれた声で叫びながら、部屋にノックもなしに入ってきた。彼は薄めの赤い癖毛に、黒い目をした、見た目だけは麗しい男だった。
「魔法がほとんど使えないお前のために、俺が直々に叩き込んでやるんだ!早く来……なんだお前」
目の前に立ちはだかったアルベルトを見上げ、ディストールは首を傾げる。2人の距離は数メートルは離れているが、酒の匂いが鼻についてアルベルトは思わず顔をしかめた。
2人が睨みあっている間、リリィは必死にルネを逃がそうと辺りを見回す。ふと、開いているカーテンの隙間から見えた月。白い、ルネとはまた違う、黄みがかった白。今日は満月だった。
「……!」
その一瞬、
「申し訳ございませんディストール様。お嬢様は現在怪我の治療中でして、特訓は後日に」
「そんなこと関係ねえ!俺がやるって言ってんだから、俺を何よりも優先させろ!ルネ!いるんだろ!顔を見せろ!こっちに来い!」
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